第18話



 授業が始まっても、尊達の距離は近かった。

 昼休みの一件があったせいで、もっと近づいたような錯覚を全員は感じていた。


 正確には先ほどまでと同じなのだが、人というのは自分の都合の良いように考えるものだ。

 一つの教科書を覗き込み、小声で話している姿は二人の顔の良さが相まって、まるで恋愛映画のワンシーンみたいだった。


 今までみんなのアイドルだった尊が、誰かの者になってしまう。

 そんな恐ろしい未来が、みんなの頭の中にこびりついて離れなかった。


 そしてその日の午後の授業も、真面目に受けられないまま終わってしまう。

 次のテストでの学力の低下、先生の不安が現実のものになってしまいそうだ。



 授業が終わってからも、きちんと顔を上げていたのは先生と尊達、二人だけだった。

 他の者は、屍のような姿でうなだれていた。


 そのままホームルームになってからも、この状態が変わることは無かった。

 そして先生は二人しか聞いていないが連絡事項を伝えて、いつもより早めに終わらせる。

 特別な連絡事項は無く、聞いていてもいなくても大丈夫だと判断したからだ。


 こうして先生が気を遣い早く終わったのだが、誰も動こうとはしない。

 まだ、終わったことに気が付いていないみたいだ。


「美朝のクラスはまだ終わっていないだろうから、昇降口で待つ事になりそうだけど大丈夫?」


「大丈夫! 妹さんと仲良くできたら、良いな。私、人見知りだから少し不安かも」


 先生がいなくなり、静かになった教室。

 そんな非日常の中でも、二人は全く気にせず変わらなかった。

 全く空気を読まないで帰る準備を始め、そして帰りの挨拶をしないまま教室から出て行く。


 残された人達はしばらくその状態だったが、時間が経つにつれて徐々に戻っていった。

 辺りを見回し、時計で時間に気づき、先生がいなくて尊達の席も空白だと理解する。


「ど、どこに行ったの? ま、まさか本当に一緒に帰ったとか? ……嘘よね」


 女子全員の心の声を、誰かが代表して言う。

 それはありえないという気持ちが詰まっていたが、実際はその通り二人は一緒に帰っている。

 放心していたため、誰もその姿を見ることは無かった。

 しかし発狂しなくて済んだのだから、逆に良かったのかもしれない。


 きっと、別々に帰っただけなのだ。

 実際にその場面を目の当たりにしなければ、どんな風に想像しても誰も責めない。

 女子はそれぞれ視線で会話すると、決定的なところを見ない為にもう少し教室に残ることにした。

 男子はそんな女子を横目に、それぞれ友人達と一緒に帰って行った。


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