第16話
屋上には、すでに多くの人達は座っていた。
これは偶然では無くて、じゃんけんや話し合いで権利を勝ち取った人が、二人の様子を逐一報告するのにスタンバイしていたのである。
だから二人が入ってきた瞬間、先にいた全員の視線が集中しすぐに逸らされた。
そんなことになっているとは知らず、ちょうどよく空いているスペースに二人で並んで座った。
そしてお弁当箱の蓋を、ほとんど同じタイミングで開ける。
「わ、あ。凄く個性的なお弁当だね。お、お母さんが作ったの?」
「そうだよ。毎日朝早くに起きて、手作りしてくれている。いつも食べるのが。楽しみなんだ」
「へえ。すごいね。お、美味しそう。私のは、どうかな? 頑張って作ってみたの」
姫華は尊のお弁当箱を覗き込むと、笑っていた顔を引きつらせて固まった。
しかし、彼に変だと思われないために、何とか口の筋肉を動かし言葉を発した。
彼の持っていたお弁当の中身は、何故か全部が紫色だった。
しかも着色料を使ったとか、そういう感じでは無い。
食材なのか調味料なのか、使った物から染み出ている何かが紫色を醸し出していた。
それは絶対に美味しそうなものでは無いのだが、彼女は精一杯頑張った。
良いように思われるために、自分の気持ちを偽ってまで。
目的は不純だけど、それを成し遂げようとする力は素晴らしいといえるものだった。
やっと彼のお弁当のすさまじさに慣れたクラスメイトでさえも、未だに褒めることは難しく感じていた。
だから少しだけ、彼女のことを見直す人もいた。
しかしそれは女子ではなく、男子だけだったが。
屋上に入る権利を手に入れた女子は、表面上は気にしていないふりをしながらも内心は穏やかでは無かった。
見えないところで報告は欠かさなかったのだが、どうしても二人の様子の方が気になってしまった。
お弁当の事は脇に置いておいて、二人の近さが羨ましい。
はたから見れば、まるでカップルのようだ。
しかし絶対に認めたくは無いので、その考えを頭の中から打ち消す。
そして話をよく聞こうと、更に耳を澄ませた。
「自分で全部を作ったなんて凄いね。尊敬するよ。美味しそうに見える」
「本当に? ありがとう! 頑張って作っているから、そう言ってもらえると嬉しい」
よく聞こうとしたことを後悔してしまいそうなほどの、会話の内容。
気絶しそうな人が出てくるが、それでも気力で何とか踏ん張っていた。
しかしそれを追い込むように、会話はどんどん進んでいく。
「よ、良かったら、たまにお弁当を作るから食べてくれないかな? 一人分を作るのも、二人分を作るのも変わらないから。誰かに食べてもらった方が、モチベーションも上がって更に美味しく作れそうな気がするの。味の感想を聞かせてもらえれば、上手くなると思うし」
そして、彼女はとんでもないことを言い始めた。
自分の腕の力を上達させるためにという理由をつけているが、その本来の目的はお弁当を食べさせたいだけだと誰にでも分かった。
手作り弁当を持って来るなんて、あざとい女子のあからさまな家庭的アピールである。
そして彼女は実際に、点数稼ぎのために尊にお弁当を作ろうとしていた。
だから今日持ってきたお弁当も、朝早くから起きて作った自信作である。
既製品でないところは、彼女を評価するべきなのかもしれない。
後でバレるかもしれない小細工はしない。
その努力を別のところで使えれば、何にでも出来るかもしれないのに。
努力する方向が、とても残念である。
そういうわけで自信を持って、お弁当を作ることを提案したのだが。
「あ、ごめんね。こうして毎日お弁当を作ってもらっているから、それを無駄には出来ない。さすがに二つは、僕も食べられないから」
「そ、そうだよね。ごめんね。変な提案しちゃって。そ、そうだよね。急に言われたら困るよね」
「せっかく提案してくれたのに、本当にごめん。お弁当、食べようか」
「い、いいのいいの。気にしないで。……そうしようね」
尊から帰って来たのは、そんなつれない答えだった。
まさか断れるとは思っていなかった姫華は、笑顔を凍り付かせた。
傍で聞いていた女子は、耐えきれなくて小さく噴き出してしまった。
やっぱり、そう簡単に尊が誰かになびくはずがない。
それが分かっただけで、彼女達は安心できた。
しかし姫華の内心は、全く穏やかでは無かった。
彼女がここまでやって、落とせなかった男子はいなかった。
それなのに、まさか作戦が失敗してしまうとは。
彼女は、次は一体どうしたものかと、作戦の変更を余儀なくされていた。
お弁当を食べさせて美味しいと言ってもらえなくなり、努力していた一番の武器が使えなくなってしまった。
家にも行けない、武器も使えない。
後、今の所使える手段としては、放課後に一緒に帰る時間だけだ。
しかしそれも、尊の妹という邪魔者がいる。
二人きりでは無いのならば、攻めるに攻め切れない。
一応、世間話をしながらも、彼女はめまぐるしく脳みそを回転させていた。
そしてお弁当を食べ終える頃には、尊を落とすための次の作戦を考え付いていた。
もちろんこの時間のことも、女子の間では共有されていて、とある女子はあまりの怒りにスマホの画面を割ってしまった。
「ここは美術室で、ここは音楽室。行き方が特殊だから、移動教室の時は気を付けて。もしも迷ったら、授業に遅れてしまうかもしれないから。最初は、早めに行こうとした方が良いのかも」
「うん、分かった。気を付けるね」
お弁当を食べ終えた後、姫華は学校を尊に案内されていた。
特別教室から、体育館や、部室まで。
ありとあらゆるところまで隅々と。
中だけにとどまらず、外まで案内をしながら、二人は話をする。
「外ではウサギを飼育していて、委員の人が面倒を見ているんだ。最近、子供を産んだから、女子生徒にとても人気があって、休み時間になるとみんなが見に来ている」
「わあ、可愛い! ふわふわもこもこだ。可愛い! 名前は何て言うの?」
「えっと……毛の色のままだったと思うよ。シロ、黒、ブラウン、マーブル。そういう感じだったような……ごめんね、もしかしたら間違っているかもしれない」
ウサギ小屋の前まで来ると、彼女は網越しにウサギを撫でた。
実際は動物があまり好きではないのに、女子として小動物が好きだとしておかないと駄目だと思ったらしく、我慢して撫で続ける。
それを隣で眺めている尊は、自然と頬を緩ませていた。
彼の笑顔は珍しくは無いが、近くで様子をうかがっていた人達は、それを間近で見てしまい鼻血を出してノックアウトされた。
それぐらいまぶしくて、まるで後光がさしているようだった。
しかし向けられているのが姫華という時点で、その魅力はいつもより半減してしまう。
しばらくウサギを撫で続けた彼女は、急に立ち上がり大きく伸びをした。
その後、尊も同じように立ち上がった。
「色々と案内してくれて、ありがとう。そろそろ昼休みが終わる時間だよね。教室に戻ろうか」
「転校してすぐは、誰も友達がいないでしょ。出来るまで学校に慣れるのは大変だから、さっきも言ったけど僕に出来ることなら何でも力になるよ」
「本当にありがとう。転校してきた学校に、尊君がいてくれて良かった。もしかしたら友達が出来ないかもって、少し不安に思っていたから」
彼女は尊の顔をまっすぐに見つめて、とびきりの笑顔を見せた。
それは邪気を感じさせない、心の底からの笑顔のようだった。
だからこそ周りで見ていた人達、女子でさえも見とれてしまう。
それぐらいの魅力が、そこにはあった。
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