第13話



 そんな風に、家族全員のみんながどこかしらおかしい黒闇家。

 しかし家族仲は、とても良かった。

 だから周りにどんなに変に思われていても、お互いがいれば大丈夫。


 そのはずだった。

 しかし、それが今脅かされようとしている。


「尊さん! 今日も一緒に帰りましょう!」


 一人の、何の変哲もない普通の少女の存在によって。



 その子は、転校生だといって尊のいるクラスに訪れた。

 女子の平均身長よりも随分と小さく、ツインテールにしている髪が妙に似合っていた。

 顔立ちも可愛いよりのものだったので、クラスは一気に色めきだった。


「は、初めまして。西園寺姫華です。よ、よろしくお願いします!」


 まるで小動物のように、ワタワタと視線をさまよわせながら頭を下げたあと、顔を上げた彼女はちょうど尊と目が合った。


 そして、しばらくの間見つめ合い、どちらか先かは分からないが軽く会釈をした。

 尊はその際、いつも通り色々な人に向ける愛想笑いを浮かべていた。

 しかし興味がある訳では無いので、直ぐに彼の方が先に視線を外す。


 だから気が付かなかった。

 姫華と名乗った少女が、彼のことをじっと見つめたまま呟いたのを。


「……私の王子様」


 いや、彼女の呟きはあまりにも小さすぎて、隣にいた先生ですらも聞こえていなかった。

 そして呟いた後に笑った顔は、とても純粋に見えるものだった。

 目の前で見てしまった生徒が、顔を真っ赤にさせるぐらいは綺麗なものに感じられた。


 しかしそれは、実際は内心の感情とは伴わないものだった。


「みんな仲良くしてあげろよ。えーっと西園寺の席は……黒闇の隣が空いているな」


 そんな彼女の様子に誰も気づかないまま、担任の先生が教室を見回して空席を探す。

 そうすると、おあつらえ向きに尊の隣の席が空いていた。


 昨日突然行われた席替えにより、教室の真ん中なのに誰も座っていなかった席。

 そこに、姫華を座るように促したのだ。


 そして先生がそう言った瞬間、クラスにいる女子全員がざわめいた。

 席替えの時も、尊の隣は争奪戦になったのだ。

 近くの席を勝ち取った女子は、しばらくの間尊の存在を感じられることを心の底から喜んでいたのに。


 ぽっと出の奴に、こんなにも簡単に奪われるとは。

 全員が何だか納得がいっていなかったが、反対するわけにもいかず渋々納得せざるを得なかった。


「えっと、黒闇さんって……」


「僕です」


 姫華は、もちろん黒闇と呼ばれたのが誰なのか、何となくは察していた。

 しかしあえて聞いたのは、話すきっかけを掴むためだった。


「あ、そうなんですね。……えっと、よろしくね」


「よろしく。何か分からないことがあったら、遠慮なく聞いて。出来る限り学校に慣れるように、サポートするから」


「あ、ありがとう」


 その作戦は上手くいき、外面を良くしている尊は無視するわけにもいかず、一応優しく話しかけた。


 そうすれば、チャンスを得たとばかりに姫華は積極的に攻める。


「そ、それじゃあ、お言葉に甘えて。休み時間に、校内を案内してくれると嬉しいな。来たばっかりだから、どこに何があるのか分からなくて……駄目、かな?」


「別に良いよ。今日は特に予定は無かったから。昼休みでいいよね」


「うん、ありがとう。すっごく助かる! 尊君は優しいね」


 席が隣なのを良いことに、妙に体を近づける。

 しかも、自己紹介をお互いにする前から、何故か尊の下の名前を呼んでいる。

 どこで彼の名前を知ったのか。尊が別に気にしていなかったから、その真相は分からないまま流れてしまった。


 ホームルームはまだ続いていて、先生が話しているのだが、姫華の勢いは止まらない。


「あ、あのね。私転校して来たばかりだから、教科書がそろっていないの。明日には届くって言われたから、今日は見せてもらっても良い?」


「良いよ。教科書が無いのは、不便だからね」


 彼女の逆隣の席は女子が座っていて、教科書は別にそちらの人に見せてもらっても良いはずなのに。

 全く眼中に入れず、尊が許可をする前から机を勝手にくっつけた。


 こんなことまで仕出かしているのだから、当然目立っている。

 ただでさえ尊は、クラスだけでなく学校中の人が憧れている存在なのだから余計にだ。


 そんな彼に対して近づこうとする者は、制裁の対象になりえる。

 それが異性であれば、なおさら。

 だから今まで、同じクラスになったはいいがお互いに牽制し合っていたのに。


 それを脅かす存在が、突然現れてしまったのだ。


 彼女達は尊と姫華が仲良く話をしている姿を睨んで見ながら、どう排除するべきか考え始めていた。

 そんな不穏な空気を感じ取りながら、男子は我関せずと知らないふりをしていた。


 触らぬ神に祟りなし、色恋沙汰の女子に関わるべからず。

 それは、今までの経験から導き出した処世術だった。


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