第12話
学校中の視線を浴びながら、教室へといった二人を待ち迎えていた担任の先生は、何故かすでに涙目だった。
彼は赴任して来たばかりで、可哀想にも美朝のいるクラスを押し付けられていた。
それ以来、彼女の奇行に悩まされて、いつも胃薬を持ち歩いている。
そのせいで今日も、プレッシャーから三者面談が始まる前にも関わらず、ストレスで倒れそうになっていた。
しかしそんな事情なんて知らず、二人は比較的友好に挨拶をする。
「こんにちは、先生。いつも美朝がお世話になっています」
「こちらが、私のお母様です」
「は、はひ。よろしくお願いします」
その友好的な挨拶は、彼にとってはストレスにしかならなかったが。
あらかじめ向き合うように配置されていた席に、三人が座ると沈黙がその場に流れた。
普通だったら先生が話しを始めなくてはならない所を、緊張からか言葉が出ずにいたのだ。
しばらくそんな風に静かな時間が続いていたのだが、さすがに話が進まないので美朝が仕方なく口を開いた。
「先生。とりあえず普段の私の様子を、言えばいいと思いますけど。お母様もたぶん、聞きたいと思いますし」
「あ、ああ。そうでしたね。えっと、黒闇さんの普段の様子ですか。そそそそうですね。えっと、他の子とは違って突拍子も無いことをすると言いますか。いやいや、えっと独創的な考えをお持ちの様で……って違う違う。……えっと黒闇さんは、成績は優秀です。体が弱いからか、体育に参加は出来ていないようですが、座学は完璧なので問題は無いと思います」
「あら、体育に参加していないの。駄目じゃないの」
「お母様、そうは言っても。力の加減が出来ないかもしれないので。万が一、殺したりしてしまったら大変でしょ」
「それなら、仕方ないかしら」
何とか始まった三者面談。
内容は穏やかなものでは無かったが、先生はそれに気が付かないようにして話を進める。
「えっと、えっと。な、仲の良い子はいないみたいなので、もう少し友好関係を広げるのも良いのかなと思いますが。ま、まあ。それは本人の自由なので、強制はしません。一人でいるのも、別に悪いことではないですから」
「あらあら。一人でいるのは良くないことよ。人を使役していれば、色々と便利だから。魅了できる大人にならないと」
「……分かりました。お母様。何とか努力してみます」
先生が気にしなければ、会話は和やかに終わらせられる。
絶対に深くは聞かないと決めて、先生は内容を詳しくは考えないようにしていた。
そして何とか美朝の学校での様子をあらかた話すと、額に汗をぬぐって大きく息を吐く。
ようやく終わった。
そう思っていると、誰にでも分かる態度である。
「先生、今日はありがとうございます。おかげで、美朝が学校でどういう風に過ごしているのか、とてもよく分かりました」
「い、いえ。こちらこそ。黒闇さんのお母様とお話が出来て、とても良かったです」
みんなで一斉に席を立てば、大人達は頭を下げ合って中身が無い会話を繰り広げる。
それが社交辞令に似たものだとしても、礼儀としてやっておかなければならないのが社会人の面倒くさい所だ。
美朝はその様子を、ただ眺めていた。
「ああ、そうだわ。先生は胃痛に悩まされていると聞きました。それは、とても辛いでしょう? だから私、良いお薬を持ってきたの」
「え、は? えっと、あ、ありがとうございます?」
そのまま終わるかと思いきや、美夜はポケットの中を探り出し何かを手に取り先生に渡した。
それは、学校に来る前に用意していた瓶だった。
振れば振るほど、中に入っている液体の色が変わるもの。
どこからどう見ても毒にしか見えないそれに、受け取った先生の顔が引きつった。
「それを毎晩、食事が終わった後に飲んで頂ければ、たちどころに胃痛は良くなりますわ。私が丹精込めて作ったから、その効果はお墨付きです。ふふふ」
「え、えっと。そ、そんなに効きます?」
「ええ、とっても。それはもう、死んだようにぐっすりと眠れますよ」
「し、死んだように……ですか」
「ふふふ」
それでも彼は瓶を突き返すことなく、渋々胸ポケットの中にしまった。
何故だか夜、食事を終えた時に飲もうと考えていた。
普通だったら捨てるか、処分に困りながら飲まないという選択肢を選ぶはずなのに。
不思議な力に魅了されていた。
美朝の三者面談が終わった後、先生がその瓶の中身を飲んだのか。
それは本人にしか分からないことだ。
しかし、それからの彼は体調を崩し、それから治って学校に戻ってきた時には、まるで人が変わったように美朝に対しての扱いに脅えが含まれなくなった。
クラスメイトは不思議がって、そして美朝が呪いをかけたのではないかと噂が駆け巡ったが、それもいつの間にか消えた。
飲んだのかどうか分からないが、胃薬を持たなくなったということが答えなのかもしれない。
先生が体調を崩したのは、薬が関係しているのか。
実は美朝の学校での扱いを怒っていた美夜が、少し忠告をするために、わざとその成分を入れていたとかいないとか。
そして、美夜が久しぶりに着た黒いワンピースなのだが。
帝が、それを見た時の興奮具合というのは凄まじかった。
持っていたスマホで写真を撮りまくり、何故か家族で集合した写真も撮り始めた。
それに付き合ったせいで、終わった時には彼と美夜以外は疲れ切ってしまった。
それでも、みんな嬉しそうだった。
この時、みんなで撮った写真は、屋敷に入ってすぐの目立つ場所に飾られることとなる。
それを見る度に帝は顔を緩めて、美朝は誰もいない時に美夜の姿を見て嬉しそうに微笑んでいる。
この写真は家族にとって、かけがえのない宝物になった。
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