第11話
学校で授業を受けていた美朝は、担任の先生の話をぼんやりと聞き流していた。
頬杖をついて、窓際の席なのをいいことに外を眺める。
まだ他のクラスもホームルームが終わっていないのか、校庭には誰もいない。
彼女が通っているのは進学校なので、授業の時間が他の学校に比べたら長い方であるせいもあった。
外はまだ明るいが、あと少ししたら日も落ちる。
そうなったら暗くて一人で帰るのが怖いと、みんなは仲良しの人とかたまって帰る。
彼女はそんな人たちを馬鹿にして、一人で帰る派だが、尊が許してくれるかが問題だと考えている。
何がどう転んだのか、現在は重度のシスコンになってしまった彼が、一人で帰すわけもない。
しかも今日は、三者面談だ。
下手をすれば、家族全員で一緒に帰るという地獄絵図になる可能性がとてつもなく高い。
それだけは絶対に避けなければ。彼女の決意は固かった。
そんなわけで、三者面談が終わった後どう全員をまこうかと考えていた彼女は、校庭の真ん中を一直線に歩く人影に気がついた。
「……はあ」
そして大きなため息をつく。彼女は校庭から視線をそらして、時計を見る。
時計の針は、五時より前を指していて。
「この前よりは良いけど、やっぱり早い」
彼女は校庭に視線を戻して、また大きなため息をついた。
しかしその姿が、よくよく見えるようになった時、驚きから席から勢いよく立ち上がってしまった。
「く、黒闇さん? どうしましたか?」
彼女の突然の行動に、教壇で話をしていた先生が驚き怯える。
クラス中の視線が集まるが、そんな中でも涼しい顔で淡々と告げた。
「すみません。なんでもないです」
「え、はい。そうですか」
あまりにも堂々と言うからか、先生の方が敬語で答える始末。
そして詳しい説明を言わないため、いつもの変な行動だとクラスの全員が結論付けた。
何でもないように席に座った彼女は、窓の外を見た。
そこには、もう誰の姿も無い。
すでに人影は、校舎の中に入ってしまったのだろう。
「お母様……美しい」
彼女は先ほどまでの姿を思い出して、今度は恍惚のため息を吐いた。
校庭にいたのは、彼女の母親である美夜だった。
そしてその姿が、いつもと違うのにも気が付いていた。
髪はいつもの通り、暗めの茶髪。
しかしいつもと決定的に違うのは、その服装だった。
ワンピースの形をした、全身真っ黒のコーディネート。
それは一昔前の美夜が、好んで着ていた服装だった。
真っ黒で、まるで魔女のような姿。
美朝の大好きな、大好きでたまらない母親の姿。
久しぶりに見たおかげで、彼女の気分はすさまじく高揚していた。
それぐらい久しぶりだし、彼女にとっては特別で、尊敬しているものだった。
絶対にしてくれないと思っていた彼女は、その驚きと嬉しさから顔がにやけてしまうのを止められなかった。
そんな顔を見てしまった哀れな隣の席の男子は、顔を赤と青に交互に染めるという器用な行動をとる。
もしもそれに気づいていたら、調査と称した人体実験を行われていたところだろう。
彼女が見ていなかったことが、結果的に彼の命を救った。
こんな短時間に、一人の生死が左右されていた中、当事者であるはずの美朝は早くホームルームが終わらないかとイライラし始めていた。
早く美夜のところに行って、その姿を目に焼き付けたい。
そして許されるのならば、写真に収めたい。
なんだかんだ言って彼女も大概、家族が大好きなのであった。
早く終わって欲しいという圧力がかかったのか、先生は顔を真っ青に染めて早口でホームルームを終わらせた。
終わったと同時に、今までにないぐらいのスピードで教室を出ていった美朝。
「……今、残像が見えた気がした」
それを見ていた子がポツリと呟いた言葉に、全員が同意をして深く頷いた。
教室を出たあとも、普段の無気力さが嘘のように廊下を走る彼女は、その先に目的の人物を見つけて叫ぶ。
「お母様!」
「あらあら、美朝。廊下は走っては駄目よ」
「ごめんなさい……ってそうじゃなくて、その格好は?」
駆け寄ってくる美朝の姿を見つけた美夜は、廊下を走っていることに注意をする。
反射的に謝ったが、すぐにそうじゃないと切り替えた。
どうして急に、全身真っ黒の服を着たのか。
それを聞かなくては、三者面談なんて落ち着いて出来そうもなかった。
「その格好、ああこれのこと?」
美朝にとっては事件と言っても過言ではなかったのに、本人はいたって何てことのないように答える。
「そう。お母様、その格好もうしてくれないと思っていたのに」
「そんなことを思っていたの? 大げさねえ。今日この格好をしたのは、そういう気分だっただけよ」
「それだけ、ね。まあ、その格好をしているだけで嬉しいから、別に良いけど。……ほら、教室行こう。少し早いけど、前の番の人がいないから大丈夫でしょ」
美夜の答えは、満足のいくものでは無かった。
しかし、きちんとした答えが返ってくるとは思わなかったので諦めた。
だから彼女は三者面談の方を優先させるために、母親の手を引いて教室に向かうことにした。
ホームルームが終わったせいで、廊下には他の生徒がぞろぞろと歩いている。
そのせいで二人の姿は、とても目立った。
美朝はもちろんのこと、真っ黒の服を着ている美夜も、噂の対象になっていた。
「うわあ、真っ黒。真っ黒すぎて怖い」
「あ、あれ。黒闇さんだよね。それじゃあ、隣にいるのはお母さん? 嘘、あんなに真っ暗じゃなかったよね。怖い。さすが親子って感じ」
「嫌だ。それじゃあ、普通なのは尊さんだけってこと」
「それがさ、聞いてよ。尊さんのお父さんも格好いいらしいよ! しかも今日、三者面談に来るって!」
「本当に? すごく見てみたい!」
噂話は、違う方向へと進んでいく。
その全てを耳に入れながらも、二人は特に表情に出さなかった。
そしてそのまま、美朝の教室へと寄り道をせずに向かう。
それを帰ろうとしていた尊も見ていたのだが、話しかけることを我慢して家へと帰った。
美夜の格好にものすごく驚いていて、家に帰ってまず帝に知らせなくてはと思ったのだ。
もしも知らなかったのだとしたら、とんでもないことになってしまう。
母親のことをとてつもなく愛している父親が、全てを把握出来ずに落ち込んだ時、その被害を受けるのは子供達だからだ。
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