第10話



 スーパーを出た美夜は、後ろに宙に浮いた荷物を従えながら家へと帰る。

 その道中、彼女はひとり言を話すように口を開く。


「今日のご飯は、何にしようかしら。美朝の三者面談の時間の前には、あらかた仕込みを終えなきゃね。あなたはどう思う? 何が良いかしら」


 周りの人は、その異様な光景に二度見をするが、美夜だと分かると視線をそらした。

 そのぐらい彼女の奇行は受け入れられていて、特に騒ぎ立てられることも無かった。


「あら、そうね。昨日の残りをアレンジして、少し辛めにしましょうか。今日は、みんなも文句言わないでしょ。それに、食べ物に文句を言っている余裕もないかしら。ふふふ。あなたがいてくれて、本当に助かったわ」


 夕飯を何にするのか決まった頃に、ちょうど家に着く。

 美夜は後ろを振り返り、お礼を言った。


 家の中の台所に行くまで、荷物を運んでくれた存在は、テーブルにそれを置くと颯爽と去っていく。

 何度も言われているはずなのに、未だにお礼に慣れていないせいで照れてそんな態度をとってしまうみたいだ。


 そんな初心な態度を楽しむために、美夜はほんの些細なことでもお礼を言ってしまう。



 キッチンに一人になった美夜は、来ていたワンピースの服の袖を二の腕までまくる。

 そして気合を入れると、買ってきたものを冷蔵庫に入れる作業を始めた。


 量が量のため時間がかかり、終わるころには彼女も疲れの色を見せていた。


「私も歳かしらね。こんなことぐらいで疲れてしまうなんて。嫌なものねえ」


 変わらぬ美貌を持っているはずの彼女も、月日の流れにはかなわないようだ。

 といいつつも、それは人間の型にはまったものではない。

 彼女の生きている長さを知ったら、驚く以外にリアクションをとれなくなるぐらいにはなってしまうだろう。


 彼女は大きく伸びをして、夕飯の準備に取りかかった。

 昨日の残りをアレンジするだけなので、そこまで時間はかからない。

 手際よく動き回ると、満足のいく出来になったみたいだ。


「良い感じね。これなら、みんなも喜んでくれるでしょ。うふふ」


 味見をした彼女は満足そうな顔をしているが、目の前にある料理はダークマターのなにものでもなかった。

 昨日と比べて赤味が増えている。

 そしてそれは、どう見ても要らぬ追加でしかない。


 プスプスと煙を立てて、そして何かの顔のようなものがか細い鳴き声を上げている。

 これは、まず食べ物なのか。

 そんな疑問が出てきそうなぐらい、この世のものとは思えない見た目をしている。


 しかし満足そうにしているということは、これは失敗ではなく自信作ということになる。

 にわかには信じ難いが、そういうものだと受け入れるしかない。



 さて、夕飯の支度を済ませた彼女は、三者面談までまだ時間があるのを確認すると、まくり上げていた袖を戻した。

 そしてキッチンから出て、とある部屋へと向かう。


 そこは、四畳ほどしかない広さだった。

 しかし天井までの高さのある棚が、四面に置かれているので圧迫感がある。

 その中央に置かれているのは、大きな鍋。


 美麻が、普段実験にでも使いそうな、物語で魔女が使っていそうな鍋。

 その中には、グツグツとマグマのようになっている謎の液体が入っていた。


 それが部屋の中にあるせいで、ツンとする臭気が充満している。

 それは中身が、毒などの危険物である証拠で。

 詳しいものは分からないが、下手をすれば警察が動く案件になりそうだ。


 しかし彼女は防毒マスクをつけることなく、普通に中へと入った。

 充満している空気を吸って中に滞在して、普通の人間だったら死んでしまいそうだが、彼女は平気な顔で鍋の中身を混ぜる。


「あら。いい感じね。これなら喜んでもらえそうだわ」


 そして近くにあった空の瓶に、銀のお玉を使って中身を入れた。

 銀のお玉は変色してしまったが、彼女はゴミ箱にためらいなく捨てて瓶を持って部屋の外に出た。


 謎の液体は、瓶を振れば振るほど色が変わる不思議な仕様だ。

 これが一体何なのか、それを知っているのは彼女だけ。

 色が変わっていくのをひとしきり楽しむと、彼女はそれをポケットの中に入れた。


 瓶だから割れることは無いだろうが、毒かもしれないものを取り扱うにはぞんざいすぎる。



 瓶をしまい込んだ彼女は、廊下にある時計を見る。

 そうすれば、もう学校に行っても良い時間なのに気が付いた。


「そろそろ行かないと、間に合わなくなっちゃうわね。遅れたら遅れたで、美朝に怒られちゃうわ。用意しなきゃ。困ったわ」


 彼女は頬に手を当てて、全く困っていない風に困ったと言う。

 そして急いだ様子も無く、ゆっくりと準備を始めた。


「これでよし、と。やっぱり、気合が入るわね」


 準備を終えると、鏡の前でくるりと回る。

 そして嬉しそうな顔をすると、荷物を持って家から出た。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る