第9話
木々の合間を抜けて、街へと戻った彼女はスーパーへと向かった。
そしてカゴを片手に、売り場を歩き回る。
少し前までの彼女の姿だったら、周りの環境に浮いてしまっただろう。
昔は娘の美朝のように、真っ黒の髪と真っ黒のワンピースみたいな服を着ていて、夜ならまだしも昼は完全に目立っていた。
その姿をある出来事があってから、少し暗めの茶色に染めて緩めに巻いている。
そして服装は、見た目の年齢に合わせたこぎれいな格好をしていた。
帝や尊には好評だったが、昔の美夜の姿に憧れていた美朝からは現在でも嫌がられている。
しかし彼女自身も気に入っているため、しばらくは元に戻す気はないみたいだ。
そんな姿だから、一般人の知り合いも増えて来た。
「あら、黒闇さん。今日の夕飯は、カレーですか?」
今日もよく会う人がいたようで、彼女に友好的に話しかけて来た。
持っているカゴの中に入っていた、じゃがいもニンジン玉ねぎを見て夕飯の予想をしてきたみたいだ。
その話しかけ方は突然だったが、驚いたり嫌な態度を取ったりすること無く、彼女は笑って答える。
「違いますわ。これは家畜用。ここは良いですわね、品質のいいエサがたくさんそろっているのですから」
「……おほほ。そうですね」
美夜の自覚の無い嫌味にも、特に気分を害さない。
それは、話をきちんと聞いていないからか。
そう考えると、案外とてもいい関係性なのかもしれない。
軽い世間話をして別れると、彼女は買い物を続ける。
そして商品がカゴ一杯になる頃、レジへと向かった。
カゴの中には野菜、肉、日用品と様々である。
その全てが、黒宮家の家族で使うわけでは無いのだから驚きだ。
しかし誰に使うのかと言えば、彼女の言う通り家畜のため。
この買い物は週に一度行っているから、それだけでも大分出費をしている。
しかし黒闇家からすれば微々たるものなので、彼女が買う量が変わることは無い。
「食べ盛りがいると、大変ですね」
「はい。この量をすぐに食べてしまうから。まあ、可愛いですけどね」
「いいですねえ。こんなに考えてくれるお母さんがいたら、お子さんも幸せだ!」
レジの人も顔見知りであり、話の好きなタイプなので止まらない。
美夜は穏やかに話を返しながら、誤解を訂正することは無い。
そのせいでレジの女性は、大食いの家族がいるのだと誤解し続けたままだ。
レジで会計を終えると、彼女は持ってきた袋に入れる。
そうすればとてつもない量になってしまい、袋を前にして困り果てる。
仙人の場所で買った商品が、入っている箱でさえも重い。
さらに考え無しに買った量も多いので、一人で持つのは絶対に無理だ。
どうしようかと思っていた彼女は、肩を叩かれるのを感じて振り返った。
そこには何もいなかったのだが、彼女はほっとした表情を浮かべて荷物を指す。
「来てくれて、本当に助かったわ。これを運ぶのを手伝ってくれるかしら?」
そうすれば台の上に置かれていた、たくさんの荷物が突然宙に浮いた。
その光景を見てしまった人から悲鳴が上がったが、彼女は荷物を引き連れてスーパーから出て行った。
彼女がいなくなった後、中に残っていた人達はひそひそと話をしだす。
「やっぱり変な人よね。黒闇さん」
「随分と昔からいるらしいけど、一体何者かしらね」
「私、生まれた時からここら辺に住んでいるのよね。だから両親も祖父も、ずっとここに住んでいるの。何かその時から、変わらない姿のまま住んでいるって話なのよね」
「うそー! そうだとしたら、今何歳なのよ。それはありえないでしょ」
「それも、そうね。少し思い違いをしているのか」
「そうよそうよ。さすがにそうだとしたら、人間じゃなくなるわ。怖い怖い」
噂の対象がいないからといって、好き勝手に話す人達。
しかし、その話のほとんどがあっているというのが、面白いところだ。
彼女達は、何も知らないから笑って話すことが出来る。
もしも事実だと知った時、どんな反応をするのか。
今の所は可能性が低いが、そうなったら見ものであるのは間違いない。
それでも平和なことが一番なので、バレないのが最善の道なのだろう。
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