第8話
「買うもののメモは、どこに置いたかしら。あれが無いと、忘れてしまいそうだわ。美朝が欲しいものを忘れたら、また怒られてしまいそうだし……困ったわ」
しかしすぐに、買い物のメモが無いのに気が付いてしまって、それを探すのを優先した。
部屋中を引っかき回す勢いで探しているのだが、彼女は探すのが得意ではないので、全く見つからない。
「ごめんなさい。探すのを手伝ってくれるかしら?」
しばらくそうして部屋の中が大惨事になった頃、ようやく彼女は助けを求めた。
そうすれば、実は部屋の中にいた存在が、部屋の中を一通り片付けるとメモ用紙を彼女の目の前に浮かせる。
「あら、早いわね。ありがとう。とても助かったわ」
宙に浮いているそれを、特に怖がることもせず普通に受け取った。
そしてお礼を言って、気配はさっと消えていく。
美夜はもらったメモを嬉しそうにカバンの中に入れると、そのまま買い物に行くために部屋を出ようとした。
「あら、危ない危ない。お財布を忘れるところだったわ」
しかし忘れ物を思い出して、すぐに戻った。
財布はテーブルの上の、一番分かりやすい場所に置かれていた。
美夜はほっと息を吐いて、財布を手に取った。
そして今度こそ、外へと出る。
街へと出かけた彼女は、商店街スーパーデパートを通り過ぎて、どんどん奥へと進んでいく。
周りの景色に気が多くなってきても、全く平然としていた。
「今日は、良いものがそろっているかしら。この前は、全く無かったから心配だわ。あの人は気まぐれだから、本当に困るわね」
美夜のひとり言は、まるで他に誰かがいるのではないかと思うほど大きい。
そして現在、周りに完全に誰もいないから、本当の意味でひとり言である。
不審者丸出しの行動も、見ている人がいなければ特に害はない。
そのまま一人で話し続けながら彼女が辿り着いたのは、木々に囲まれた廃屋の様な建物だった。
レンガで出来た建物の壁にはツタが生き物のように張り付いていて、今にも崩れそうなほどボロボロ。
雰囲気は完全に幽霊が出そうで、そして崩壊する危険もありそうで、常人だったら絶対に入らない。
しかし、美夜は迷いなく木で出来ている扉を開ける。
「こんにちは」
「……あんたか、いらっしゃい」
店の中は、外観と同じく荒れていた。
物が雑多にあふれていて、足の踏み場も無いぐらいだ。
その中を慣れたように歩きながら、彼女が声を掛ければ、奥の奥の方から返事が聞こえて来た。
「いつも思うが、最近来るのが早すぎないか。昔はもっと、遅い時間だったのに。眠くてかなわない」
「ごめんなさいね。どうしても子供達に時間を合わせたら、早くなってしまうのよ。材料がそろっていて、この時間にやっているのはここしかなくて、本当に助かっているわ」
「あんたとは長い付き合いだからな」
奥から大きなあくびをして出てきたのは、まるで仙人のような風貌の老人だった。
胸まである白くてふさふさとたくわえた髭、腰よりも頭の方が下にあるというような体の曲がり具合。
眉毛もふさふさで、どう伸ばしたらそうなるのか聞きたいぐらい長い。
そんな風に、まるで空想の中から出て来たみたいな老人は、名前が無くその容姿通りに『仙人』と呼ばれていた。
「それで? 今日は何を買いに来た? この前と違って、今日は良い商品を取りそろえているぞ」
「あら、良かったわ。それじゃあ、この前は買えなかったのだけれど、月光ネズミの毛皮と、地獄池草、天国の綿雲、狼男の生き血をもらえるかしら?」
「相変わらず、えぐいものばかり買うな。確か、娘が実験にハマっていたか。ほいほい高いものを買い与えるなんて、甘やかしすぎじゃないのか。まあ、別にいいが」
仙人は、ごちゃごちゃした部屋の中から、言われたものを正確に手に取っていく。
そしてそれを真っ黒な箱の中に入れると、美夜につっけんどんに渡した。
「ほらよ。全部で五十だ」
「ありがとうございます。……ええと、これでちょうど五十です」
「はい、まいど」
受け取った彼女は中身を確認すると、持ってきていたカバンから財布を取り出した。
そしてごっそりと札束を、ためらいなく仙人に渡した。彼はそれを素早く数えると、満足そうに懐にしまった。
「また材料が無くなったら、買いに来ますね」
「はいはい。……あ、そうだ。そういえば、この前あいつ見たぞ。あんたを一方的に敵視していた……えっと」
「ああ、白光さん? へえ……まだ生きていたの。ふふ、しぶとい人。せっかくこの前、入念に準備して燃やしてあげたのに。あらあら、またして欲しいのね」
品物の受け渡しをして終わるはずだったのに、仙人が思い出して始まった会話。
その名前を聞いた途端、彼女の笑みの種類が変わる。
心底楽しそうに、まるで楽しいことを考えているような顔で、くすくすと笑う。それを仙人は、面倒くさそうな顔で見る。
「俺の店では何もするなよ。もしも商品一つでも壊したら、出禁にするからな」
「それは絶対にやりませんから、安心して下さい。やる時は誰にもばれない場所で、ゆっくりとやるのが楽しいですから」
「はっ、絶対だぞ」
美夜の笑う顔は、怖い。
しかし仙人にとっては、どうでもいいものだったようだ。
「ほらほら。商品を買ったなら、さっさと帰りな」
まるで邪魔なものを追い出すかのように、手を振るジェスチャーをして追い出そうとする。
店員にあるまじき対応なのだが、美夜は楽しそうな顔を崩さずに頭を下げた。
そして黒い箱を大事そうに抱えて、店を出る。
いや、その前に仙人にメモ用紙を手渡した。
「今度、白光をみかけたら、これを渡してください。あ、あと伝言を。『また、可愛がってあげるわ』……色々と頼んで申し訳ないけど、私の前には現れてくれそうにないから。お願いします」
「分かったよ」
仙人の性格的に断りそうなものだったが、意外にもすんなりと了承する。
そのメモを乱雑に懐の中に入れた。
絶対にぐちゃぐちゃになるか、洗濯をして無残な姿になってしまいそうだ。
しかし美夜は、信じて任せた。
そして、今度こそ外に出る。
店を出た彼女は箱を抱えたまま、元来た道を戻る。
その箱はとても重そうだが、疲れた様子は全くない。
むしろ、顔は生き生きと輝いている。
「まさか、白光がいるなんて。今度は何をしてあげようかしら。色々と、準備をしなきゃ。……楽しみだわあ」
くすくすと笑いが止まらず、ついには声を上げて笑いだす。
そして満足するまで笑うと、眼のふちにたまった涙をぬぐう。
「美朝に何か作ってもらいましょ。そうと決まったら、もっと色々と買って帰らなきゃね」
そして頭の中で、色々と計画を立てる。
彼女は別に歯牙にもかけていないが、白光という女性とは長い付き合いである。
どのぐらいかというと、もう人生の半分ぐらいだ。
向こうが勝手に突っかかってきて、自爆する。
美夜も最初は面倒だと思っていたけど、今ではからかうのが楽しくなっている。
そのおかげで、彼女の実験のクオリティは格段に上がった。
向こうが仕掛けてくることも、年々こだわりが出てきているので、お互いにいい刺激になっているのかもしれない。
美夜がそう思っても、絶対に向こうは認めないだろうが。
だからこそ、美夜のことを避けているというわけだ。
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