第7話



 こういったように、帝は穏やかな仮面をかぶっているが、中身は底のしれない恐ろしさがある。


 そんな彼に見初められ、結婚をした美夜もまた、少し変わっていた。



 彼女の一日は、誰よりも早い。太陽が昇る前に起きて、洗濯や料理などの家事を始める。

 それがひと段落する頃に、子供達が起き出してくる。


「おはよう。ご飯が出来ているから、顔を洗っていらっしゃい」


「おはようございます。はい、お母様」


「おはようございます。お母様」


 そうすれば気配に気づいた帝も、部屋の中へと入ってきた。


「おはよう、美夜。今日もとても美しいね」


「ふふ。おはよう、あなた。お仕事お疲れ様」


 帝は、いつもと同じ挨拶をする。

 それを流さず、きちんと受け止めて挨拶のキスを彼女はおくる。


 この流れは毎日の習慣みたいなものなので、子供達は二人の空間に入る事無く、洗面所に向かった。

 そして軽い身支度を終えると、テーブルの定位置に座る。

 美夜達も食事が冷める為、すぐにテーブルに座った。


「それじゃあ、いただきます」


「「「いただきます」」」


 帝が先に言い、後から三人が声をそろえて言う。

 そして美夜が丹精込めて作った料理に、手を付けた。


 彼女が全て一から手作りしている料理は、彩りがどうしてなのだか分からないが真っ黒だった。

 使われている食材も、普通では見たことの無いグロテスクなもの。


 だから、どう考えても美味しくなさそうであるし、不味そうに見える。

 しかし全員、何の文句も言わずに一定のスピードで食べ進めていた。


「あら、そういえば。今日は美朝の先生と、お話をするのよね。どんなお話をするのかしら、楽しみだわあ」


「開始する時間は、午後五時だからね。間違っても、前みたいに早く来すぎないように気を付けて」


「分かっているわよ。でもこの前は、時間を言ってもらえなかったから。早く行った方が良いと思ったの。午後五時ね、その時間までに間に合うようにするわ」


 食べている最中、急に美夜が言った。

 そうすれば美朝が、前回のちょっとした事件を思い出して、眉間にしわを寄せる。


 それは、三者面談が行われていた時期の事だった。

 美朝の番の日に、美夜は朝から来てしまった。

 当然、クラスはちょっとした騒ぎになる。


 しかも何故か、美夜は帰らずにそのまま居座った。

 そして放課後になるまで、授業を見学していた。


 だから、いざ三者面談の時間になったら特に話すことが無くなり、すぐに終わった。



 そんな前科があるから、念には念を入れて言い聞かせる。

 そうすれば美夜も、今回は理解したらしい。

 少し残念そうにしながら、納得していた。


「いいなあ、三者面談。私も、もう少し外が暗ければ行きたかったけどね。残念だよ」


「でも、お父様は尊の方に行くでしょ。お互い羨ましいとは思うけど、自分が行く方を精一杯やりましょう。何を話したかは、家に帰ってから伝えれば良いでしょ」


「そうだな。でも次は、私が美夜の三者面談に行くからな。順番は忘れないでくれよ」


「はいはい」


 三者面談は、同じ学校に通っているのだから尊ももちろんやる。

 しかし、そちらは時間が遅いため、美夜ではなく帝が行くことになっていた。


 それは前々から、どちらが行くのか決めていたのだが、それぞれの気持ちとしたら三者面談では無くて四者面談をしたいようだ。

 だからその内、二人そろって教室に来そうで子供達としては少し心配だった。


 その理由は、先生の前でも関わらず二人の世界に入ってしまいそうだからだ。

 もし、そうなったら目も当てられない状況になるのは間違いない。


 出来る限り、阻止する。

 これが子供達の、共通の考えである。


「それじゃあ、私達学校に行ってくるから。お母様、良い? 五時だからね。ちゃんと間違えないで、来てね」


「そんなに言わなくても、分かっているわよ。きちんと間違えずに、行くからね」


「お父様は、僕が帰ってきてから一緒に行くよね。もしも仕事が急に入ったとしたら、早めに連絡してね。先生に伝えるから」


「ああ。まあ、絶対に仕事が入らないように手回しはしているから。本当に緊急事態が起こらない限りは、大丈夫だよ。起こったとしても、きちんとした教育をしているから私がいなくても何とかなるさ」


 子供達はそれぞれに釘を刺して、学校へと行くために家から出て行った。


 残った帝と美夜は、顔を見合わせて笑う。


「本当に誰に似たのか、しっかりしているなあ。気を遣われてしまったよ」


「うふふ。本当にそうねえ。手がかからなくなって、少し寂しい気もするわ」


「それでも、まだまだ子供さ。私達が、きちんと守ってあげなくては」


「親離れより、子離れの方が出来なさそう」


 子供達のいない間でも、話題に上がるのは子供のことばかり。

 それは、子供のことを心の底から愛しているからだ。

 だから過保護と言われるぐらいは、構ってしまっている。反抗期を迎えていないからこそできることだが、その時期を迎えたらどうなってしまうのか。


 その状況にならないと、誰にも分からなかった。


「私はこれから買い物に行くけど、何か欲しいものはあるかしら? あなたは、これから寝るでしょ」


「そうだな……今の所、特に必要なものは無いから、気にしないでくれ。尊の三者面談のためにも、体力は残しておくよ。完璧な状態で、話は聞きたいからね」


「きちんとアラームはかけてね。あなたも、たまに変な所で抜けているから」


 二人も食事を終えると、美夜は片づけを始める。


 その姿を見ながら、帝は大きなあくびをした。

 そんな気を抜いた行動は、家族の前でしか見せない無防備なものだった。


 仕事場や仲間には、絶対に見せない貴重な姿。

 それでもいちいち、これに対して家族は反応を返すわけがない。


 いつもと変わらない、当たり前のことだからだ。


「分かっているって。それじゃあ、お言葉に甘えて寝させてもらうよ」


「ゆっくり休んでください」


「ああ、ありがとう」


 子供達がいないのをいいことに、帝は頬ではなく唇に口づけを落とすと寝室へと戻っていった。

 それを見送った美夜は、少し名残惜しそうにしながらも、片づけを再開した。


 いつもしていることなので、すぐに終わってしまう。

 美夜は先ほど言っていた通り、買い物に行くための準備を始める。


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