第6話
黒闇帝の朝は遅い。
というよりも一家全員でとる朝食は、彼にとっては夕食と同然だった。
彼の一日は、太陽が落ちた時間から始まる。
基本的に太陽が昇っている時に、彼は光が全く入らない部屋で過ごしている。
家族との食事を終えた後すぐに寝て、子供達が帰ってくる頃に起きる。
そして、仕事を始めるのだ。
彼が何の仕事をしているのか、本人以外はよく分かっていない。
それでも儲かっていて、生活に困っていないからわざわざ聞いていなかった。
そんな秘密の多い帝なのだが、別に冷酷な性格をしているわけではなく、家族のことはとても大切に思っていた。
特に妻である美夜に対しては、並々ならない愛情を結婚してからずっと注いでいる。
「美夜。今日は子供達が寝静まってから、一緒に出掛けようか。久しぶりにドライブでもしよう」
「あら、素敵ね。行先はもちろん思い出の場所でしょ」
「ああ、もちろん。新婚旅行で行った富士の樹海さ。あのぞくぞくした感じを、味わおう」
だから子供達がいる前でも、いない時でも変わらずにラブラブとしていた。
その様子をうんざりとしながら放置していたり、たまに文句を言ったりするのだが、改善されたためしはない。
二人の世界に一度入ってしまうと、周りの迷惑など考えられないほど、お互いのことしか見えなくなる。
妻に愛情を注いでいる彼は、子供達に注ぐ愛情も異常だった。
それに慣れてしまっているから、家族の誰も変だと思っていないけどはたからみれば明らかにおかしかった。
毎日挨拶のキスはかかさないし、情報は全て知っておかないと気が済まない。
そして他の家族も言えることなのだが、誰かが危害を加えられたら徹底的に相手を潰す。
そのやり方が、一番えげつなかった。
そのえげつなさが発揮された良い例がある。
この時、傷つけられたのは珍しく尊だった。
まだ幼稚園に通っている頃で、彼の容姿の良さと大人びた性格が気に食わない子が何人かいたのだ。
それを発散する方法が、幼稚だったため全く相手にしていなかった。
しかし、それが余計に相手に火をつけてしまった。
子供だからこそ危険を考えずに、ある日とんでもないことをしでかした。
街の中には、大人が絶対に子供が行ってはいけないと言い聞かせている場所が、いくつかある。
廃工場だったり、不良がたまる公園だったり、大きくて深い池だったり、場所と理由は様々だが、その中でも特に危険な場所があった。
それは、とある空き地。
どうして空き地なのに、危険なのか。
理由はその場所にいる存在のせいだった。
多種多様の野犬、しかも人を襲う。
街でも有名で、襲われて噛まれてしまった人が後を絶たなかった。
最悪なのは、その犬たちに一応飼い主がいるせいで保健所が動けないということ。
だから襲われないためには空き地に近づかず、野犬を見たらすぐに逃げるという手段しかなかった。
そんなわけで、誰も何も出来なかったその場所なのだが。
何を考えたのか子供達は、そこに野犬がいるのを知らなかった尊を呼び出したのだ。
もちろん子供達は行かずに、彼が怪我をすればいいのだと安全な場所で笑っていた。
その結果、呼び出されたから空き地に行った彼は、小さいながらも怪我をおってしまった。
それは手の甲に出来たひっかき傷という、とてもとても小さなものではあった。
しかも、尊の手によって野犬は全て殲滅されているのを考えれば、逆にそれぐらいの傷で済んだことが奇跡に思えた。
しかし、帰って来た尊の傷を見た帝は、いつもは穏やかな表情を浮かべることの多い顔を、全くの無へと変えた。
「……それは、どうしてついたのかな?」
その表情のまま、声色だけは優しく問いかけた。
それでも奥底にある怒りが隠しきれておられず、人に恐怖を感じさせるものだった。
「お父様には、関係ありません。これは俺の問題です」
その威圧は、尊には全くきかなかったから意味が無かったのだが。
威圧を受けながらも、全く屈することなくむしろ好戦的に睨み返した。
その眼光は、すでにもう幼稚園生のものでは無かった。
「そうかい。尊がそういうのなら、無理には聞かないよ。……ほら、その怪我の手当てを美夜にしてもらいなさい。そのままにするのだけは、許さないからね」
その眼光を受けた、帝はため息を吐いて無理に聞くのを止めた。
息子の成長を感じながら、寂しさも同時に覚えていた。
そして尊の背中を押して、美夜のいる部屋へ行くように促す。
だから尊は、知らなかった。
彼の後ろにいる帝の顔が、諦めておらずギラギラとしているのを。
それから、尊を傷つける原因になった人達には、それぞれ悲惨な結末が待っていた。
まずは、空き地に呼び出した子供達。
彼等の親は、軒並み失職をしてしまい街を出ることを余儀なくされた。
その後、どこを探しても彼等の痕跡を見つけるのは不可能になり、無事に生きているのかさえも定かではない。
文字通り存在を抹消された。
そして野犬の飼い主。
空き地の近所に住んでいた、還暦をとうに過ぎた男性だったのだが、彼は現在刑務所の中にいる。
その理由は殺人や強盗や詐欺など、様々な噂がたったけど、結局真相は分からないままだった。
しかし、その刑期の長さを考えると、よほどの罪なのは確かだ。
そしてその結果、飼い主のいなくなった野犬は保健所いきになった。
おかげで空き地には、平和が戻る。
更に何故か、野犬を見て見ぬふりしていた人達にも不幸が訪れた。
しかも一番不思議なのは、全員が同じ場所に傷が出来たこと。
手の甲にひっかき傷が、時期はバラバラだけどいつのまにかあった。
原因は分からず、小さな傷だったから放置していたのだが、そのせいで数日の間熱にうなされる羽目になる。
一応命に別状は無かったけど、何かの呪いではないかと噂がささやかれた。
こうして、陰に隠れた真犯人の存在は一切気づかれずに、復讐は果たされた。
いや、当事者である尊は何となく察していたけど、聞いても答えてくれないと察していたので、何も尋ねなかった。
しかし、自分で何とかしようとしていた所に水を差されたから、そのモヤモヤはたまっていた。
だからしばらくの間、美朝がその発散の被害を受ける事となった。
そのせいで兄妹の仲が、こじれる結果となったのだが、それはまた別の話である。
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