第5話

 クラスメイトに言われた井戸を探すために、誰にも気づかれること無く裏庭に向かっている美朝は、昼間であるのに薄暗い道の中を歩いていた。


 何の種類なのか、けたたましい鳥の声が聞こえてくるが、それが恐怖の対象には全くならない。

 彼女は、まるでどこにあるのか分かっているように、迷いなく道を進む。


 そして少し歩いた後、とうとう見つけてしまった。


「あれが、呪いの井戸ね。雰囲気はあるわ」


 たくさんの木に囲まれて、地面にはびっしりと雑草が生えている。

 井戸は岩が積み重なって出来ているのだが、ボロボロに崩れていて不気味な雰囲気を醸し出していた。

 しかし彼女は全くひるむことなく、むしろ嬉々として井戸に近寄った。


「一体、これをどうしたら呪われるのかしら。壊せばいい? 汚せばいい? 生贄は必要かしら? ああ、確かめなきゃ」


 そしてまじまじと中を覗き込んでいると、勢いよく背中を押された。

 その力は強くて、彼女を井戸の底に落とすつもりだったのだろう。


 しかし実際に落ちていたのは、背中を押した犯人の方で。


「きゃあっ!」


 叫び声が響き、そして少しの間の後、水の中に大きなものが落ちた音がした。

 続いてバシャバシャという音が鳴る。


「た、助けてっ! 助けてっ! 私っ、泳げないのよっ!」


 井戸の中から、少女の甲高い助けを求める声が聞こえてくる。

 美朝は背中を押された時に、その力を利用して逆に犯人を突き落としていた。

 だから全くの無傷の状態で、井戸をまた覗き込む。


 井戸の底には水がたまっていて、そこには体操服を着た人がおぼれていた。


「あらあら。こんな時期に水に入るなんて。元気な人ね。人間は、寒さで凍えたりしないのかしら?」


 こんな風にのんびりとしている状況では絶対にないのに、彼女は口元に手を当てて優雅に微笑んだ。


 井戸に落ちたのは、クラスメイトの一人だった。

 彼女に対して陰口を叩くタイプで、ある意味で目立っているのをねたんでいた。

 そんなグループの、中心的な存在。


 だから友人と一緒になって、少し怖い目にあわせてやろうとしていたのだ。

 井戸に人を落とそうとしている時点で、少しでは済まされないことなのに、平和ボケしている脳みそではそこまで考えが及ばなかった。


 美朝を使われていない井戸に何とか連れて行き、覗き込んでいる所を突き落とす計画を実行するはずだった。

 呪いの話をすれば、彼女が食いつくと思っていた。


 そしてそれはあっていたのだが反撃にあってしまい、現在自分自身が井戸の中で溺れかけているという状況になっている。


 溺れている彼女は、必死に覗き込む美朝に助けを求めた。

 さすがに、こんな風に溺れていたら手を差し伸べてくれるはず。


 自分が引き起こしたことで、加害者であるのに助けてもらえると信じていた。

 いくら変な行動をしていたたり、何を考えているのか分からないような人間だとしても、人が死にかけているのに見捨てるなんてひどい真似はしないだろう。


 普通の人だったら、そういうものだ。


 そう信じきっていた。


「お願いっ! 助けて、死んじゃう!」


「……これは、どう解釈するべきかしらね。呪われた井戸が、生贄を求めていた。それでいいのよね。それじゃあ、生きるか死ぬかは私が手を出すべきではないわ。生かすのも殺すのも、決めるのは井戸なのだから。……生きたいのなら、あなた自身が頑張って出てくるのよ。もしもこれで呪われたとしたら、本物だったってこと。それを証明できたとしたら、あなたは尊い犠牲になれたのだから誇りに思うべきよ」


 しかし、彼女に突きつけられたのは救いの無い現実だった。


 美朝はそれだけ言い残してひらひらと手を振ると、覗き込むのを止めた。

 そして井戸の中の事には興味が無くなり、グラウンドへと帰っていく。


 その後ろで水の中で暴れる音と、叫び声が聞こえていた。それも、しばらくすると全く無くなった。



 その日、とある一人の生徒が行方不明になったと騒ぎになった。

 幸い、彼女は学校にある使われていない井戸の中で、気を失っているのを発見された。


 命に別状はなかったのだが、精神的ショックが大きかったのか、助け出されてから一言も話せない状態になっていた。

 それからしばらくは精神病院に通っていたのだが、良くなる兆しは見られなかった。

 そして不登校になり、いつの間にか転校していた。


 しかし教室の隅にいる美朝は、彼女のことなどすでに記憶の中にはなかった。




 この事件を境に、美朝は更に遠巻きにされるようになった。

 彼女が犯人だという確実な証拠は無いが、陥れようとしていたクラスメイト達は、関係があるのだろうと直感的に察していた。


 彼女に関わったら、呪われる。

 そのおかげで周囲のわずらわしさが、少しは減った。


 そう感じながらクラスメイトのことは気にせず、いつものように教室の隅で実験に対して彼女は思いをはせていた。


 彼女にとって他の人なんて、取るに足らないどうでもいいものだったのだ。


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