第1話

 早朝という時間なのに、黒闇家の長女である美朝は屋敷の地下室で、こそこそと作業をしていた。

 どうやら大きな鍋の中身を、体ほどの長さがある木のヘラで、円をかくように混ぜているようだ。


 彼女のいる地下室は、裸電球が一つぶら下がっているだけだから薄暗い。

 二十畳ぐらいはあるだろう広さの割に狭く感じるのは、部屋の半分以上を占める怪しげな瓶が並べられている棚のせいか。

 棚には眼球や、ホルマリン漬けなど、不気味なものが入っている。


 それが何から出来ているのか分からないものもあるのが、とても恐ろしい所だ。


「……ここで、蝙蝠の足のミイラをひとかけら……右に三回、左に五回回して、最後に羊の生き血を入れれば…………はあ……また失敗」


 色々な材料を入れて、最後に小瓶に入った真っ赤な液体を鍋に流し込んだのだが、真っ黒な煙が上がり瞬く間に中身が焦げてしまった。


 それを見た途端、彼女は眉間にしわを寄せた。

 深い深いため息をつくと、重量のある鍋を軽々と持ち上げて中身をシンクに流す。そうすれば異臭と小さな爆発音と共に、ドロドロと焦げていた液体は気体となって消えていった。


 後に残ったのは、金属であるのに溶けてしまったシンクだけ。


「もう少し、レシピを改良しろってことね。羊の血じゃなくて、山羊の方が無難で良かったってことかしら」


 シンクの惨状については気にも留めず、使い込まれたノートに書きこんでいく。

 最後に納得した顔で頷くと、地下室から出て行った。


 しかし部屋を出る前に、一言。


「片付け、よろしくね」


 そう声をかけると、返事を聞く前に扉を閉める。


 美朝がいなくなった後、誰もいないと思われた地下室だったが、何故か綺麗に片付けられていく。

 そしてその姿を確認する事が出来ないまま、元の状態に戻された。

 その後、一度扉が勝手に開いて閉じる。


 そうして残ったのは、綺麗に整えられた部屋と静寂のみ。


 ほんの数分前まで、怪しげな実験をしていたとは信じられないほどだった。

 部屋を充満していた刺激臭も消えていて、先ほどよりも明るくなったようにも見えた。


 ここを使うのは主に美朝なのだが、いつも綺麗に維持されているのは、陰でサポートする人がいるおかげだった。

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