第四十七話 分断
「大丈夫かよおい!」
「癪だけど助けられたわ。ありがと」
「……余計な言葉つけなきゃ礼もいえねえのかお前は」
「嫌いな相手にだけよ。……なんて冗談言ってる場合でもないわね」
鵺は淵瀬の攻撃に怯みこそしたものの大したダメージは見受けられず、すぐさま愛瀬たちを襲いに走ってくる。
「さっき言ったように淵瀬と網倉は鵺担当、その間に他の三人で大黒真を手早く仕留める。それで今日の仕事は終わりよ」
「やるだけやってやるよ。おい網倉、鵺を左側に持ってくぞ」
「はいはい」
網倉は地面に槍を刺して勢いよく振り上げる。
そこから生み出された風は土や葉を舞い上げて衝撃波となり、鵺と大黒を分断した。
そしてお互い二手に別れ、それぞれの戦いが始まった。
(好都合! どうせ鵺は御しきれないし三人……と式紙相手なら何とかやってやる!)
自分の
鵺の力は強いが、五人で一斉に鵺を叩かれたら鵺に勝ち目はない。というのが大黒の見立てだった。
実際にそれは正しく、落ち着いて対処しさえすれば多少手こずりこそすれ愛瀬達が鵺に負けることはなかっただろう。
だが、伝説上の存在である鵺の力を大きく見積もった事と大黒を早く捕らえなければならないという現実により愛瀬は役割を分けることを選択した。
鵺が大黒の式神だった場合、共闘されて戦いが長引くことになるので弱い方から各個撃破という愛瀬の選択も間違いではない。
しかし鵺は妖怪化した大黒の式神であり、人間の大黒の式神ではなかった。
「まさかあんたがあんな式神を持ってたなんてねっ! 協会からの報告には上がってなかったわ!」
「はっ、あれは式神なんて都合の良いもんじゃないけどな」
「……?」
愛瀬らの攻撃を結界で防ぎながら零した大黒の言葉に愛瀬は首を傾げる。
妖怪化した大黒と人間の大黒は、もはや根本から別の生き物だ。
妖怪化した大黒は、体に流れる血液も、内臓も、細胞も、人間の時とは一線を画した構造をしている。
では、妖怪化した時に交わした式神契約は果たして人間の時にも有効なのだろうか。
大黒は鵺と式神契約交わした後に、その事を疑問に思った。
一度契約さえしてしまえば契約者がどれだけ衰えようと式神に命令を聞かせることは出来る。
しかしどれだけ似通った者であろうと本人以外の命令には従わない。豊前坊のように個人ではなく、一族として契約した式神はまた別だが。
そのため大黒は式神契約をした後も鵺を封印していた。鵺が人間である自分の命令を聞く保証がどこにもなかったからだ。
だが鵺を使わざるを得ないほどの窮地に陥り、とうとう鵺の封印を解いた。
そして分かったのが、鵺は大黒の命令こそ聞かないが大黒を襲いもしないということだった。
言葉を話せない鵺が大黒のことをどう判断しているかは分からないが、少なくとも敵とは思われていない。
ただ、命令は聞かないため手近な人間に無差別に襲いかかる厄介な存在であることに変わりはなかった。
(こんな危険な奴を人里に下ろすわけにはいかないけど、今だけはこいつらを蹴散らすために利用させてもらう……!)
今の戦いが終われば再び鵺を封印する。その腹積もりで大黒は鵺を愛瀬達にけしかけた。
あわよくば敵を二、三人道連れにして共倒れしてくれればベストだと考えながら、大黒は愛瀬を
現在大黒の周囲には黒服の少女、
愛瀬と七草はそれらから一歩引いた所で三鬼達の援護をしていた。
「生成!」
大黒はまず自分ごと三鬼と式紙を結界に閉じ込める。
もちろん三鬼達は気にせず大黒を攻撃しようとしてきたが、大黒はすぐに結界の外に逃げ出し、愛瀬に向かっていった。
「金行符!」
「っぶないわね!」
大黒は金行符で細長い金属片を作り愛瀬に投げつけるが、暗器使いである愛瀬に小物での不意打ちは通用しなかった。
それどころか避けざまに金属片を指で掴み、そのまま大黒に投げ返してきた。
「やばっ……」
愛瀬のカウンターに加え、背後からは結界を破壊した三鬼が大黒の後頭部に向けて拳を振りかざしてきていた。
前後からの攻撃、どちらかは確実に当たるタイミングだった。
それに合わせて愛瀬も七草も追撃しようとした。が、
「生成!」
「ぬぅっ!」
何よりも早く大黒は自分を結界で囲んで攻撃を防いだ。
しかし即席の結界では三鬼の二撃目には耐えられないと踏んだ大黒は、後ろを見ずに足を前に進めた。
「ふんっ、あくまで私狙いってわけね」
愛瀬は徐々に近づいてくる大黒を暗器で牽制しようとした。
その直前で大黒は方向転換し、後ろに回した手を近くの木に付けた。
「火行符!」
大黒が唱えた呪文は大黒の手からではなく、愛瀬の足元から発現した。
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