第四十六話 調伏

「おいおい、何だあいつ。あんな所で座り込みやがって」


 大黒を目視できる範囲にまで迫ってきた淵瀬達は、結界の中とはいえ大黒が身をさらけ出していることに違和感を覚えて一度立ち止まる。


「どうする? ここから槍で威嚇してみてもいいけど」

「……そうね、それよりもまず香墨の式紙を行かせましょ。私達は何が来てもいいように距離を保ってた方がいいわ。あの洞窟とか嫌な予感しかしないしね」


 愛瀬は大黒の真下にある洞窟に目線を向けた。

 そこから聞こえてくる音は微かにではあるが愛瀬達の耳にも届いており、不吉な予感を漂わせていた。

 だがいくら危険な匂いがしていようと愛瀬達に退くという選択肢はありえない。

 各々の理由で少しでも金を稼ぎたい愛瀬達には、ここで確実に大黒を捕らえておかなければならない。

 ここで逃してしまえば他の陰陽師に横取りされる可能性上がってしまう上に、この後は九尾の狐との戦いも待っている。

 それなのに大黒真程度にこんなに手こずっているわけにはいかない。

 その焦りは五人全員にあり、だからこそ嫌な予感がしながらも距離を取るだけで誰も洞窟の中を確認しようとはしなかった。



 しかし大黒に近づいた式紙が全て八つ裂きにされたことで、その判断が致命的に間違っていたことを知った。



「私の友達がっ……!」

「おい……、おいおいおい! なんだよそりゃあ! 何であんな化物・・がこんな所にいやがるんだ!」

「う……、そでしょ。あれって……」

「はは……まさか、ね。伝説の存在がここにいるわけ……」

「異質なけだものだな。身震いがする……」


 突如、洞窟の中から現れた巨大な獣。

 

 獣の正体を知っている者は知っているが故の非現実さに、正体を知らない者は知らないが故の恐怖にそれぞれが体を硬直させた。


「ひょー……、ひょー……」


 猿の頭、狸の胴体、虎の手足、蛇の尻尾、極めつけは風が吹いているような不気味な鳴き声。


 紛い物ではなく、正真正銘のぬえがそこにいた。

 

 この鵺は大黒の両腕が健在だった頃に戦い、そして倒しきれなかったゆえにこの山に封印していた妖怪であった。

 大黒は鵺を倒す程の攻撃力を有していない。だが結界で封印しておくだけなら一生閉じ込めておく自信があった。

 もちろん定期的に結界を補強する必要はあったが、それ以外に鵺との戦いを終わらす方法が思いつかなかったため大黒は鵺を封印し続けておこうと決めていた。


 しかし先日、期せずしてその役目から解放される機会が訪れた。


 相生家での騒動の日、大黒は妖怪化したままこの山に降り立った。

 妖怪化した状態であれば鵺を殺すことも可能であると考えた大黒は、鵺を封じていたここの洞窟に足を運んだ。

 けれど大黒はそのまま鵺を殺そうとして、その寸前で『今の状態なら殺さず式神にすることも出来るんじゃないか』という考えに思い至った。


 人語を介さない妖怪相手には、その妖怪の倍以上の力を示さなければ式神にできないと言われている。

 そして妖怪化した大黒の力は鵺の調伏に必要な力を優に越していた。

 そのまま鵺を式神と化すことには成功した大黒だったが、同時にある問題も発生していたため、事ここに至るまで鵺を結界から出していなかった。


「ひょー……!」


 鵺は大きな目玉で辺りをぎょろりと見渡すと、愛瀬達に照準を合わせて一目散に駆け寄ってくる。

 陰陽師ならば誰でも一度は話を聞く伝説上の存在、鵺。その巨躯から放たれる威圧感に一同は泡を食って逃げ出した。


「冗談だろ!? 鵺と戦う想定なんてしてきてねぇぞ!」

「当たり前よ! あんなのがいるなんて聞いてないわ! ていうか逃げてる場合でもないわよ! 淵瀬と網倉は五分でいいから鵺を足止めしてきて! その間に私達で大黒真を……っ!」


 パニックからいち早く復活した愛瀬は周りに指示を出している途中で、意識から外れていた大黒の存在を思い出す。

 

(やばいわね……! この間に大黒真に逃げられでもしたら……!)


 そうして愛瀬が振り返り大黒の位置を確認する前に、大黒は攻撃を始めていた。


「!」


 振り返った愛瀬の目に向かって大黒の指が迫る。

 相手の鼻筋に沿うように、大黒は三本の指で愛瀬の目を狙って腕を突き出してきていた。


「ちっ!」


 鵺の登場で混乱の極みにいた愛瀬は、急所を狙われた攻撃によって逆に冷静さを一気に取り戻す。

 頭を切り替えた愛瀬は大黒の目潰しに対して避ける素振りも見せず、頭突きで大黒の指を迎撃した。


「いっ……!」

「乙女の顔に向けて攻撃してきてんじゃないわよ!」


 ぐしゃっと指を潰された大黒は腕を引き、負傷した大黒と交代するようにで今度は鵺が愛瀬に襲いかかった。


「火行符、ぎょく!」


 鵺の爪が愛瀬を愛瀬を切り裂くより先に、淵瀬の繰り出した小さな火の玉が鵺の顔面を焦がす。

 その淵瀬の攻撃で鵺が一瞬怯んだ間に愛瀬も淵瀬達がいる所まで下がり、大黒と鵺から距離を取った。



 

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