第四十三話 伏兵
「よお! 楽しい夜を過ごそうか!」
「!」
大黒がいる所まで跳んできた三鬼と呼ばれていた大男は両手を組んで大黒に向かって振り下ろしてきた。
咄嗟に右腕で頭を守った大黒だが、振り下ろされた拳のあまりの威力に堪え切れず、結界に膝を打ちつける
(ぃってぇ! 頭にまで衝撃が走ってきた! しかも、今の感じは……!)
大黒に攻撃を加えた三鬼は、大黒のように空中で動ける能力は持っていないようで殴った後は垂直に落ちていく。
大黒は防御に使って腕の動作確認をしながら、あわよくば男が落下死してくれないかと地上を確認したが、三鬼は何事もなかったかのように着地していた。
(こんな高さから落ちて無傷かよ。化け物め)
大黒が今いる場所は地上から約二十メートルの地点にあり、大黒であれば全身を霊力で強化しても無事では済まない高さである。
しかし三鬼は無傷どころか。もう一度大黒に攻撃しようと足に力を込めている所だった。
「よし。あれくらいじゃ潰れないようだ。じゃあもう一度……」
「待ちなさい待ちなさい! あんたさっき攻撃した時、霊力込めてなかったでしょ! そんなんじゃ何回やっても一緒よ!」
「そういえば跳躍と着地のことばかり意識し過ぎて殴る時のことは忘れてたな。すまん、おっさんには新しいことを並行してやるなんて器用な真似出来ないんだ」
「出来る出来ないじゃなくてやるのよ! じゃないと三億を取り逃すわ!」
「がはは! 欲望に素直な姿勢は変わらないものだな! やるだけはやってみるが期待はしない方が良いぞ? 何せまだまだ練習中の身だ」
「あーもー!」
三鬼の発言に女は髪を振り乱して苛立った様子を見せる。
それを遠くから微かに盗み聞いていた大黒は、先程感じた違和感が自分の気の所為ではなかったことに戦慄する。
(さっきの攻撃……、変だと思ったけど霊力が込められてなかったのか。素の力であれってことは、霊力使われたらもう人間の範疇じゃないって考えたほうがいいか)
もしも三鬼に万全の状態で攻撃されていたら防御した腕と足場の結界が潰されていたかもしれない、と考えて大黒は冷や汗を流す。
一筋縄じゃいかない相手ばかりが出てきて、果たして万全に事が運んだとして無事に生還出来るのか不安になってきた大黒に次の攻撃が襲いかかる。
「いいわ! じゃあ網倉! あんたの槍投げでどうにかしなさい!」
「お望みとあらば。成功したら粧がキスしてくれるって約束してくれるなら余計やる気も出るけどね」
「…………馬鹿の相手ばっかしすぎて私もいい加減イライラしてるのよ。そこんとこ考えて発言してくれる?」
「つれないねぇ」
網倉と呼ばれる優男は殺意のこもった目で睨まれ肩を竦める。
網倉は女の警告が効いたのかそれ以上ちょっかいをかけることもなく、ざっざっと地面を均して足元を整えた。
そして所持していた槍は一旦地面に置き、代わりに『木行符』と唱えて細長く先の尖った木を右手に持った。
「もう結構遠くに行っちゃってるなー……。まあ、いけるか」
網倉は目を細めて大黒の姿を捉えると、木の槍を頭の高さまで持ち上げ上半身を大きく後ろに捻った。
捻った上半身を元に戻す反動と同時に網倉は槍を放し、槍は大黒の足元に目掛けて一直線に飛んでいく。
「……? 何だ? なんか風を切る音が……!」
シュウゥゥゥという音が大黒の耳に届くとほぼ同時に、網倉の投げた槍は大黒が足場にしていた結界を切り裂いた。
「生成……!」
急に足場がなくなった大黒は体勢を崩したが、すぐに結界を張り直して落ちないようにしがみつく。
だが大黒が息を整える間もなく、網倉の槍は次々に大黒目掛けて投げられてくる。
「くっ、ほっ、はっ……!」
結界を作っては壊され、作っては壊され、としていく内に大黒の高度はどんどん下がっていく。
このままではいずれ三鬼と網倉以外の人間の攻撃範囲にも入ってしまう。それを避けるために大黒が講じた対策は実に単純なものだった。
「霊力をケチってる場合じゃないな……! 生成!」
大黒は七枚の護符を空中に撒き、札の数の分だけ大きな結界を作る。
それらの結界は大きさだけではなく強度にもかなり力が振られており、一つ一つが槍を十本までは耐えられる性能をしていた。
「うーん…………」
何本かの槍を投げて結界の強度を感じ取った網倉は投擲を止め、地面に置いていた槍を拾う。
「ちょっと! なんで攻撃止めるのよ!」
「いや、だってさぁ結界使いに守りに入られたらいくら俺でもしんどいものがあるよ? 全然槍も通んないし、ここで攻撃を続けても大量の無駄でしょ」
「……ふんっ、そうかもね」
「それに粧がいたら逃げられることはないし、止まった所を全員で叩けばいいさ」
そう言って網倉は後方にいた黒い少女に話しかけにいったが、完全に無視されていた。
そんなまとまりのない仲間を見て、女は先が思いやられるといった顔で大黒の居場所に向かう。
「……逃げられた先が相手の巣の中じゃなければいいけどね」
胸に宿る懸念点を小さく口に出しながら。
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