第四十四話 友達

(式紙使い、暗器使い、符術使い、槍使い、そんで筋肉か。メインっぽい攻撃方法は分かったけど、式神を持ってる奴とかがいたら面倒だな)


 辺りに人の気配はなく、聞こえてくるのは木々が揺れる音と虫の鳴き声だけ。

 そんな薄暗い山の中、大黒は木の陰に隠れて相手と自分の戦力を分析していた。


 大黒の自宅からそう遠くない場所に位置するこの山だが、空を駆けてきた大黒と違い、地上を走るしかない傭兵達ではどれだけ早くても到着まで後五分はかかる。

 それまでの間に出来る限りの準備と相手を倒す算段をつけるため、大黒は必死に頭を働かせていた。


(重要なのは倒す順番……、少なくとも筋肉は絶対に一番最後だな。正直あれを手早く戦闘不能にさせることは俺には無理だし。霊力を使うことにはまだ慣れてなさそうだったけど、それを差し引いても体が頑丈すぎる)


 大黒は自分の体で味わった三鬼の身体能力の強さを思い出す。

 たった一度の生身・・による攻撃、それは未だに大黒の腕を痺れさせている程に強力で、正面からぶつかれば体がバラバラにされるだろうと考えるくらいの衝撃を大黒に与えていた。


(フィジカルで考えるなら槍使いも後回しにした方が良さそうだ。そうなると残りは三人、付け入る隙が一番ありそうなのは符術使い、本人の戦闘能力が一番低そうなのは式紙使い……でも真っ先に落とすべきなのはどう考えても暗器使いだよなぁ)


 大黒の脳裏に浮かぶのは四人それぞれに指示を出していた女の姿。

 我が強そうな傭兵達がかろうじてまとまっていたのはあの女の力によるところが大きい。

 そのためあの女さえ落としてしまえば相手は瓦解する、とまではいかなくともチームワークにズレが生じるだろうと大黒は考える。


(最初の内に一人か二人は分断して、人数が減ったところに奇襲をかける。普段奇襲する側の暗器使いの隙を付くのは難しいだろうけど、考える暇を与えなければまあ何とかなるだろ)


 考えを整理し終わった大黒は自分を落ち着かせるため、深呼吸を一つ入れた。


(ふー……、相手は五人。しかもどいつもこいつも一筋縄じゃいかない相手だ。けど、元々ハクと結婚すると決めた時には陰陽師も妖怪も全部敵に回す気だったし、この程度切り抜けられなくちゃハクと一緒にいる資格は無い。覚悟を決めろ大黒真。事が大きくなった以上、ここはもう通過点でしかない)


 大黒は髪の毛をかきあげて気合を入れる。

 

 修羅場はいくつも超えてきた。今回もそれが一つ増えるだけ。

 そう自らを鼓舞して、大黒は手近な木の上に登って気配を消した。


 姿を隠してから一分後、山に複数人の気配が入ってくるのを大黒は感じ取る。



「…………香墨、こっからはあんたの式紙に先導させなさい」


 集団の先頭を歩いていた女は大黒が逃げ込んだ山の麓に着くと、後方にいた黒い少女に向けて指示を出す。

 だが黒い少女は露骨に嫌そうな顔をして唇を尖らせる。


「えー……なんで」

「なんでもなにも。あんたも感じるでしょ、そっこら中から大黒真の霊力。相手が迷わずここに向かってた時から嫌な予感はしてたけど、ここはもう山自体が大黒の結界みたいなもんよ。いくつの罠があるかも分かんないわ」

「だから?」

「だからあんたの式紙を囮にすんのよ。そうしたら全部は回避出来なくてもある程度の罠は式紙に向かうでしょうし」

「そんなの網倉にでも行かせればいい。私は私の友達をそんな捨て駒みたいに使いたくない」


 黒い少女はふんっと鼻を鳴らしてえそっぽを向く。


「そりゃ網倉が分身でも出来るなら網倉に全部の罠を踏んでもらうわよ。でもあいつはそんなの出来ないじゃない。槍しか取り柄のない無能なんだから」

「それは……確かに」

「いい? 別に私はあんたの式紙を捨て駒にするつもりなんか無いわ。これはあんたの友達にしか出来ないことだから頼んでるの。あんたの友達ってことは私の友達も同然、友達同士が助け合うのは当然でしょ?」

「友達同士……! 分かった、やる。粧も私の友達だから」


 不機嫌な表情から一転、黒い少女は目を輝かせて式符を取り出す。

 

 そんな二人のやり取りを少し離れたところから見守っていた男たちは二人に聞こえないように小さな声で話していた。


「なぁ、捨て駒とは言ってなかったけど囮とは言ってたよな?」

「黙っていろ。愛瀬も途中で七草の扱い方を思い出したんであろうよ。七草は無理やり命令するよりああやって懐柔したほうが簡単に動くとな」

「ねぇねぇ、それより俺の扱い酷すぎない? 俺もうあの二人に人間として扱われてない気がするんだけど」

「「それは自業自得だ」」

「あんたら何くっちゃべってんの! もう行くわよ!」


 女、愛瀬粧まなせよそいは談笑していた男連中を一喝する。


 そしてとうとう一行は大黒が隠れている山に足を踏み入れる。


 






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る