第四十二話 符術
「面倒くさいわね。さっさと離しなさい、よっ!」
「あっぶ……!」
女は鎖を巻き付けている手とは逆の手を横薙ぎに払う。
鎖分銅が出てきた時と同様に女の袖から針が飛んでくるのが見え、大黒は木刀を離して大袈裟に横に飛んだ。
大黒から見えていた針は顔を反らすだけで躱せる位置にあったが、見えない武器の攻撃も警戒しての回避だった。
実際、女が投げた針は通常の物と黒塗りされた物の二つあり、最小限の回避であったら黒塗りされた針は大黒の体を刺していた。
その見えていないはずの攻撃が避けられたことで、女は不機嫌さを露わにする。
「ちっ……、勘が良いわね」
「陰湿な武器ばっかり使ってんなぁ。性格通り」
「うっさい、あんたも早く攻撃に参加しなさいよ」
「言われるまでもねぇよ。……あん?」
女に追いついた男も臨戦態勢になったことで、大黒は相手に背を向けて全力で走り出した。
(武器も減った。相手の戦い方も未知数。まずはなんとしても場所を変える必要がある。不利な状況には変わりないが、あそこまで行ったら勝機は出てくる……!)
逃げる、というよりは相手を釣るために大黒はその場から離脱する。
ここで本当に見失われては大黒にとっても不都合が生じるが、相手の男との会話を通してそうなる可能性は低いだろうと考えての行動だった。
大黒とハクの討伐が個人や団体に対しての依頼でないならば、ここで大黒を逃して他の誰かに手柄を奪われるというのは相手にとって一番避けたい事態のはず。
そうさせないためにも相手は大黒を見逃すことはないし、見失ったとしてもきっと何かしらの方法で大黒の居場所を特定してきてすぐに仕掛けてくると踏んでいる。
そんな大黒の目論見通り、相手はすぐに大黒を捕らえるために動き始めていた。
「そう簡単に逃がすかよっ! 土行符、
男が札を取り出し地面に叩きつけると、大黒の前方の地面が大黒を中心として二つの色に分かれた。
赤色と青色、どちらの色の地面も踏みたくなかったが止まり切ることも出来ず、大黒は青色の方の地面を踏んでしまう。
「なっんだこれっ!」
大黒が地面に足をつけた瞬間、地面が急激に盛り上がり大黒は空高くに打ち上げられてしまった。
符術とは札に込められた五行の力を術者の想像の形で具現化するもの。
普通の陰陽師であれば自然の形そのままで術を発動するが、巧い術者程自分が一番力を発揮しやすい形で術を出してくる。
自分の人生に根付いたものは術者の想像力に影響を与え、そのまま術の威力に直結する。
循環させる札の数、術者の霊力及び想像力によって符術は大きく威力を変える。
「はっはー! ハズレ引いたなぁ! そのまま落ちて潰れちまえ!」
男は数秒後にくる大黒の末路を想像して大口を開けて笑う。
「生成っ」
だが束の間の動揺から回復した大黒は空中で自分を受け止める結界を作り、落下を止めた。
そして霊力の消耗を抑えるため、目的の方向に向けて小さな正方形の足場だけを幾つも作り跳び去っていく。
その様を見て、男は口を開けたまま驚愕する。
「嘘だろっ!? あんな速さで結界作れるか!?」
「馬鹿でしょあんたっ! 資料見てなかったの!? 大黒真は結界術に関しては九天並って書いてたでしょ!」
「いや……そんなのパチスロメーカーが出す大袈裟な謳い文句と同じ意味じゃねぇかと……」
「馬鹿っ! 本当に馬鹿っ! いっぺんそこの川で脳みそ洗ってきなさい!」
女は男の頭を叩き、罵声を浴びせる。
二人は地上から大黒の去った方向に向かい、黒い少女も二人の数十メートル後ろから追いかけている。
空中に放り出されたことで三人と十分な距離をとれた大黒は、少し速度を緩め、上から三人の様子を観察する。
(見たこともない術の使い方で驚いたけど、上に飛ばされたのは逆にラッキーだったな。あいつらにここまで来れる手段も無いみたいだし安全に山に向かえる。人に見られないかだけはちょっと心配だけど、この高度なら大丈夫か……)
大黒は相手の攻撃範囲から逃れられたことで心に余裕ができ、人目の心配をし始める。
その余裕も次に女が叫んだ言葉によって、一気に消え失せてしまう。
「
女が名前を呼ぶと、どこからか二人の新たな敵が姿を現した。
一人は三十代前半くらいで無精髭を生やした筋骨隆々の大男、もう一人は二十代前半くらいで茶髪の槍を抱えた優男。
二人の伏兵を確認したことで大黒は再び足を早めようとした。
(やっぱどっかに隠れてたか! もう人目を気にしてる場合じゃないな、何かされる前に早く遠ざからない、と……)
しかし急ぎ始める前に地上からドン!! という大きな音が聞こえ、大黒の思考は中断される。
大黒が音の発生源を確認するよりも早く、それは大黒の目の前に現れた。
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