第14話 人形

「で、何でこんな急に押しかけてきたんだよ。呪具を取り返しに来たわけでもないだろうし……。ていうか住所とか教えてなかっただろ」


 大黒はリビングまで移動し、定位置に腰を下ろすと妹、大黒純(おおぐろじゅん)に訪ねてきた理由と方法を問う。


 大黒は家出同然の形で実家から飛び出してきた。そのため陰陽師関係の知り合いに今の自分の居場所を知らせてはいない。

 念には念を入れて自分の霊力を辿らせないために、ハクを閉じ込めている結界とは別に、自分の霊力の痕跡を消す結界も張っている。

 だから大黒は純が自分の目の前にいるのが不思議でしょうがなかった。

 純は普段ハクが使っている椅子に座りながら、大黒の質問に答える。


「甘いですね兄さん。どうやらこの部屋には霊力を残さないようにしているようですが、この街全体に残る霊力の残滓を辿ればこの場所を特定することなんて容易いんですよ」

「そもそも、俺は京都に来るって事も言って無いんだぞ。まさか日本中を探したわけでもあるまいし……」

「いえ、兄さんが京都にいる事は分かっていました。……兄さんはいつからかあの女狐にご執心でしたからね。あれの手がかりを探すために京都を拠点とすることなんて考えなくても分かりますよ」


 純は顔をしかめながら話す。

 居場所だけではなく、京都に来た目的まで見抜かれていて大黒は口ごもってしまう。


(まあ、あれだけ資料漁ってるところ見られてたら分かって当然か)


 大黒は実家にいた頃、蔵にあった九尾の狐関連の資料を片っ端から調べていた。 しかもそれを隠そうともしていなかったのだからこうなる事は自明の理だったと言える。


「その事は一旦置いておきまして、私がここに来た理由はですね、兄さんがそんな大怪我したからですよ。いったい何があったんですか、兄さん程の人がそんな目に遭うなんて……」


 純は大黒の左腕があった場所を見ながら心配そうな顔をする。

 その表情は心の底から兄の身を案じる妹のもので、そこに裏の顔などは一切感じられない。

 だがその献身的な妹の愛情を大黒は素直に受け止める事が出来なかった。


「いやいやいや、なんで俺が怪我したのを知ってるんだ。怪我したのは昨日だし、怪我した瞬間でも見ていなかったこんなにすぐ来れないはずだ。はっ、まさか……!」


 大黒はこの部屋に監視カメラでも仕掛けられているのではないかと不安になり、部屋中を見渡した。

 そんな大黒を安心させるように純は優しく微笑む。


「大丈夫ですよ兄さん。盗撮なんて犯罪に触れるようなことはしてません」

「そ、そうだよな。いくらお前でもそれは無いよな……」

 口ではそう言いながらも、いまいち信じ切れていないらしく大黒はずっとそわそわしたままだ。

「ええ、私が兄さんの近況を知っていたのはですね、」

 純は言葉を途中で切り、持ってきたボストンバックから何かを取り出す。


「この、1/1スケール兄さん人形のおかげです!」

「気持ち悪っ!」


 大黒は妹がずるりと引っ張り出した自分と寸分たがわぬ容姿をした人形を見て思わず叫び声を上げる。

 純が鞄から取り出し、自分の横に鎮座させた人形は着せられている服こそ違うものの、身長や怪我の状態、髪の毛の長さまで大黒と全く一緒だった。

 双子でもないのに自分そっくりの存在が目の前にある違和感を、大黒はすぐに飲み込めずにいた。


「なんだこれ……、腕どころじゃなく顔の小さな擦り傷とかまで再現されてるじゃねぇか……。いや、よく見たら目や口の動きまで一緒なのか、何をどうしたらこんな気持ち悪い代物が出来るんだ……?」


 大黒は人形の精度に慄きながら純の方へと顔を向ける。

 兄の心情を知ってか知らずか、純は誇らしげに胸を張って人形の解説を始めた。


「ふふん、凄いでしょう。こちらの兄さんは私の最高傑作です。私が持つ呪具作成の技術の粋を尽くして作り上げました」

「呪具!? これがっ!?」


 大黒は妹の言葉を聞き驚愕する。

 普段の大黒なら一目見て人形が呪具の類であると気づいていただろうが、自分と同じ見た目の人形を見た混乱からそこまで頭が回っていなかった。


「お前……、呪具って事は俺を呪い殺そうとでもしてるのか……?」


 恐る恐ると言った様子で純を見る大黒。  

 物を対象に見立てて実行する呪いは、丑の刻参りなどに代表されるとてもメジャーなものだ。

 対象の一部を物に取り込み、対象と物の繋がりを確保し、物を傷つけることで対象にも同じ傷を与える事が出来る。

 自分がその呪いの対象になっているのではないかと危惧した大黒だったが、純は強く首を振って否定する。


「そんなはずありませんっ! 私が兄さんを作ったのはあくまで兄さんが心配だったからです」

「話の腰を折るようで悪いけどさ、せめて人形ってつけてくれない? 兄さんを作ったってかなり猟奇的な響きがするんだけど」

「兄さんが家を出る準備をしていたのは気付いていました。ですが、ただ兄さんが出ていくのを見送るなんて私には出来ません。外で病気にかからないか、怪我はしないか、悪い女に騙されはしないか、気になって夜も眠れなくなることでしょう。それでも兄さんの邪魔はしたくない、その葛藤の結果作り上げたのが、」

「その人形ってわけ?」

「はい! もしもこの兄さんが完成していなかったら、私は兄さんが家を出るのを全力で邪魔していたと思います」


 兄さんと離れるなんて想像しただけで気が狂ってしまいそうです、と純は仄暗い笑みを浮かべながら呟く。

 その言葉を聞いて大黒はぞっとした。妹に全力を出されていたら自分は確実に家を出る事が出来ていなかった。そうなるとハクに出会えず一生を終えていた可能性もある。それは今の大黒にとって何よりも考えたくないことだったのだ。

 でもそうはならなかったんだ、と自分を落ち着かせ、冷静に話をしようと努める。


「まあ、満足するものが作れたようで良かったよ。しかし見れば見るほど精巧だな。協会に持っていったら特許でもとれるんじゃないか?」

「そんなことしたら兄さんの体が協会の変態どもに弄られるじゃないですか、そんなのはごめんです」

「ははっ、冗談だよ。俺だって自分の人形があいつらの手に渡るのは嫌だし。……一つ確認したいんだけどさ、対象とリンクする呪体って大きさに比例したDNA情報が必要じゃなかったっけ?」


 冷静になった頭で改めて人形を観察している内に、大黒は本来なら初めに聞くべきはずのことにやっと気づいた。

 呪体の大きさと精度は取り込んだ対象の情報に左右される。こんな実寸大の大きさで対象の状態と密接に繋がっている呪体なんて生半可な情報量では作れない。それはどうやって採取したのだと、大黒はようやく疑問に思ったのだ。


「ええ、そうですね。今更そんな基本的な事を確認するなんてどうしたんですか兄さん? 確かに兄さんは呪術が苦手でしたけどそこまで忘れてしまったわけではないでしょうに」

「いや確認だよ、確認。それでさ、これに必要な俺のDNA情報って何を使ったんだ……?」

 同じ家に住んでいたのだから、採取しようと思えば採取できる情報はある。だが、それにしたって異常な量が必要である。そんな量を集めていたら自分だって何か感づいていたはずだ、しかし思い返してみても実家にいた時の妹の素振りに思い当たるものが無い。

 それなら本当にどうやって?

 大黒の質問に純はにっこりと笑ってこう答えた。


「それはですね、兄さんの血液です。呪具を作ろうと思い立った日から、毎日毎日兄さんが寝ている間に血液を少量ずつ貰っていたのです」

「殺人未遂っ!」


 純の狂気的な手法に大黒は声を荒げたが、純は心外だとばかりに頬を膨らます。


「兄さん、殺人未遂というのは加害者が殺意を持って殺人行為に手を染めた場合の事を言うのです。私が兄さんに殺意なんて向けるはずがないでしょう」

「殺意が無くてもこれは殺人未遂って言っていい気がする! いや、だっておま、お前寝てる間に血を抜かれてたとか恐怖以外の何物でもないんだけど!」

 興奮冷めやらぬ大黒を見て、何か思い当たったのか純はぽんっと手を叩く。

「心配しないで下さい、体調に影響を及ぼさない量しか抜いていませんでしたから」

「量の問題じゃねぇよ!?」


 大黒の突っ込みを聞いても純は不思議そうに首を傾げるばかりである。

 そんなどこかずれている純を見て、大黒も少しずつ冷静さを取り戻していった。


「まあ、全部過ぎたことだな。今更とやかく言う必要もないか」

「何がそんなに兄さんの気に障ったのか分からないままでした……」


 兄の心情を計れなかったことに、純は悲し気な顔をする。

 大黒は妹に毎夜血を抜かれていて悲しいのはこっちなんだけど、と思いながらも口には出さずぐっと我慢する。


「それでですね、兄さん。私はその大怪我の理由をまだ聞かせて貰っていませんよ」


 純は悲しげな顔から一転、顔を引き締めて先ほど答えてもらえなかったことを再度問う。


「あー……、あれだよ。凄い強敵に出遭ったんだ」

「その強敵とは? 兄さんならそこらの木っ端妖怪などに遅れは取らないでしょうし……」

「お前は俺を過大評価しすぎだよ。まあ、もったいぶることでも無かったな。俺は昨日の晩、酒呑童子と遭遇して襲われたんだ」

 大黒としては思わぬ大妖怪と出遭った事を純に伝えたらどんな反応をするか少しばかり楽しみにしていたのだが、当の妹の反応は実に淡白なものだった。


「そうですか、酒呑童子が……」

「……あ、あのー純? 分かってるか? 酒呑童子だぞ? あの三大悪妖怪とだって言われてる酒呑童子だ」

「? はい、分かってます」

「なんか、それにしては反応が薄くないか。もっとびっくりー! とか何で生きて帰ってこれてるの! とか、するべきリアクションがあるだろう」

「はあ……」


 自分の武勇伝を殊更に強調する気はないが、ここまで無反応だと伝説の妖怪と対峙した甲斐が無いと思い、大黒は酒呑童子と戦った大変さを純に伝える。

 しかしいくら言葉を重ねても純の反応は鈍く、まるでそれが日常によくある出来事かのように受け止めていた。

「いえ、兄さん。酒呑童子の悪名は私も知っています。協会内でも早く退治をしないと、と噂になっていましたからね。ですが、どれだけ言われようとも私は驚くことが出来ないと思います」

「それはまたなんで」

「それはもちろん、兄さんにかかれば酒呑童子などそこらの木っ端妖怪と大差なく対処するとわかりきっているからです」

「お、おう」

 澄んだ瞳で言い切る純に大黒は何と言っていいか分からず言葉に詰まる。


「……本当、お前は俺をどんな奴だと思ってるんだ」

「世界一カッコよくて、世界一強くて、世界一優しい。自慢の兄さんだと思っています」


 純は胸に手を当て自慢げに答える。


「ハードルが高すぎるだろ。どんなシスコンの兄だってその期待には応えられないと思うぞ」

「兄さんが一番なんですから他の人には無理に決まってるじゃないですか」

「おっとそう捉えられるのか。ていうか酒呑童子を退治できたかどうかとかは一切聞かないんだな」

「襲ってきた相手を逃がす戦いをするとも思えませんし、聞く必要もないでしょう」


 妹から重い信頼をぶつけられながら大黒は、

(俺はそこまで執念深くもないし、そもそも刀岐がいなかったら手も足も出なかったんだけど)

 と思ったが、そこまで詳細を語る必要が無いと結論付け、話をそこで終わらすことにした。


「まあ、とりあえずこれでここでの用事は終わったわけだよな。全く、怪我をした翌日に見舞いに飛んできてくれる優しい妹を持って俺は幸せ者だよ。そして優しい妹というのは用事が済んだら即座に家へと帰るものだと俺は思う。そんなわけで駅まで送るから、軽く身支度を済ませてくれ」


 このままこの家に泊まる流れにでもなったらハクの事がばれる可能性が格段に上がる。

 そうしないためにも大黒は一刻も早く純を家に帰らそうとしたが、純は不自然に帰宅を促す兄には取り合わず、静かに、自分がここに来たもう一つの理由を告げる。

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