第6章 イエロー・トオル編
僕はいつも足手まといだったんだ。何をしていても、どこにいても誰といても僕は足を引っ張るばっかり。
どうしたらいいのか、考えられなくなってすぐに頭が真っ白になってしまう。生きているうちに頭を使え。なんて小学校の頃から言われ続けて考えているのに頭を使っているのに、それを行動に移せない。どう行動に移したらいいのか考えている間に時間は過ぎていってしまうんだから。
「僕は、ダメな人間だ。」
呟いて蹴った石。それが綺麗に空に飛んでこつんと怖そうなお兄さんに当たった。どうしよう、生きているうちに頭を使え。ぐるぐるぐるぐるぐる、考えた。
「おい、何すんだよ。」
「あ、ご、ごめんなさい。」
考えている間に囲まれてしまう。三百六十度すべて怖そうなお兄さんたちのパノラマ。また、だ。時間に負けた。
「・・・・。」
あぁ、また痛いんだ。振り上げられた拳が見えて見たくなくて目を閉じた。その時、すぐそばで楽しそうな声がした。
「・・・誰だよ?どこにいんだ?」
「ほら、あきらが笑うから見つかっただろ。」
「はあ?違うでしょ。かけるが耳元で変なこと言うからだから。」
「耳元で言ってないだろ。」
「言った。ナイスコントール!!って。誰のマネかわからないような言い方で言った。」
「違うって、あれは」
すぐ上にあった木の上、僕を見下ろす顔が二つ。一人はとっても優しそうなお兄さんで、もう一人はマーブルチョコみたいなカラフルな髪をした綺麗な顔した・・男の子?かな。じゃれるみたいにお兄さんが伸ばした手を綺麗な男の子が楽しそうに振り払って、バランスを崩したお兄さんが僕の上に
「うわ、バカあきら・・!?」
「あ」
「うわああっ!!」
落ちてきた。
「なんだ、お前ら!」
「いてて、あきら!!もっとまわりを見ろっての!!」
「ごめん、かける。だいじょーぶ?」
「俺は大丈夫だけど・・・あ、大丈夫?」
優しそうなお兄さんは僕の上から降りてそっと手を伸ばして、僕を立ち上がらせてくれた。目の前にきてみるとお兄さんはとても背が高い人だった。
「あ、はい。すいません、ありがとうございます。」
「いやいや、俺の方こそごめんね。」
ぱんぱんと、翔は徹の体を叩いて砂を落とした。それから、どこにも怪我がないことを確認するとよしっと笑った。やっぱり優しそうな笑顔だった。
「おいおい、無視してんじゃねえぞ!何だよ、お前!!」
「あー、ごめん、ごめん。無視してるわけじゃないから。」
頭の上から声が降ってくる。楽しそうな笑顔を浮かべた綺麗な男の子はぶらぶらと木の上で足をふっている。
「ちょっと、誠も降りてこいって。」
「えーやだよ。そのおにーさんたち怖いもん。」
誠はそう言うともう自分には関係ないと、遠くを見る。それを見ていた翔は溜め息を吐き、こちらを睨む青年たちに尋ねた。
「帰っちゃ、だめ?」
「だめに決まっているだろ!!」
ようやくエンジンがかかったかのように殴りかかってきた青年Aのパンチを翔はすいっと寄け、後ろにいた徹にそのパンチが見事に
「あぶねっ」「うわっ」「あ」
ヒット。徹はどすんと尻餅をついた。
「あぁ!!ごめん、大丈夫?」
「うわー。翔ってばひどーい。」
「うるせ!!」
次々と殴りかかってくる攻撃を翔は流れるようにかわす。
「華麗なターンからの、出たああ、右ストレート!決まったぁぁ!!そして振り向きざまのー・・回し蹴りー!!足がいつもよりも高く上がっておりまあああすっ!!あっと、危ないぞ、後ろだ!!」
「後ろ?」
頭上からの声に翔は慌てて振り向いた。さっきの青年Aがゆらりと立ち上がり、キラリと光る刃を向けていた。
「さぁ、どうする!どうするんだ、翔選手!!」
「しねええっ!!」
「ナイフには、手刀!!」
もはや誰のマネなのかわからないような声で言うと同時に、体を斜めに反らして攻撃を避けた翔の手が青年Aのナイフを弾く。翔の体は流れるように反転し、振り向き、青年Aの顔に肘鉄を食らわせた。
「おー!!スゲー!キレイなフックだあああ!」
「・・・え、これフックじゃなくね。」
「・・・んじゃ、ジョブ?」
「仕事か。」
はははと笑った翔は誠を見上げ、周りで倒れている青年たちを見、ペタリと座ってしまっている徹に手を差し出した。
「ごめんね、大丈夫?」
「あ、は、はい。ありがとうございます。」
「いやいや、俺たちこそごめんね。」
優しそうなお兄さんは申し訳なさそうに眉を下げて、僕の切れた唇から滲んだ血を優しく拭ってくれた。
「痛かったでしょ?本当ごめんな。俺、周り見えなくなっちゃってた。他にどっか怪我しなかった?」
「はい。だ、大丈夫です。助けてくれて本当に、ありがとうございました。」
「お礼なんていいよ。俺らが勝手に首突っ込んだんだし。」
「ま、正しくは落ちたんだけどね。」
「それはお前のせいだろ。」
木の上にいる男の子は楽しそうに笑うと、すぐに下で睨んでいる優しそうなお兄さんに顔を同じように楽しそうな声であやまった。
『~♪』
「あ、」「お」
二人のポケットから不思議な音楽が聞こえてきた。二人揃ってポケットに手を入れて何かを取りだした。その正体は手のひらに収まるくらいの小さな長方形の箱だった。
『二人とも、四魔が現れた。ホワイトが今、向かっている。すぐに合流してくれ。』
「わかった。」「はーい、りょーかい。」
携帯?にしては画面がない。ゲーム機?でもやっぱり画面がない。前にばーちゃんと見た時代劇に出てきた印籠?に似ているけど、ちょっと違うな。真ん中に丸いコインみたいなのが入っている。
「・・・じゃぁ、気をつけて帰れよ。」
ぐしゃぐしゃと優しそうなお兄さんは僕の頭を少しだけ乱暴に撫でた。それから、思い出したように上を向いて
「ほら、誠!」
「ほいほいっと」
「わ、ばかっ」
ぴょんっ、まるでブランコから降りるみたいに軽く飛んだキレイな男の子は重力に乗って優しいお兄さんに向かって落ちていく。さっきと違うのはお兄さんが寸前で避けたから、男の子が一人で地面に倒れたこと。
「・・・あれ、痛い・・」
「先に行ってるぞ。」
じゃぁな。そう言ってお兄さんは行ってしまった。残された男の子は翔が冷たい、なんて呟いて立ち上がると、ばいばいとキレイに笑ってお兄さんと同じ方に走っていった。
「・・・変な人・・・あ!!」
僕も帰ろうと歩き出した足にさっきの不思議な箱がぶつかる。
さっき木から落ちたときに、落としたんだ。
慌てて拾って、お兄さんたちの方を見たけれどもう声じゃ届かないくらい遠い。
「・・・よし、追いかけよう。」
そう呟いて、僕は考えるよりも先に走り出した。
普通よりもだいぶ足が速い徹はすぐに二人に追いついた。そこは、人気のない工事現場のような所だった。聞こえてくる声はさっきの二人ともう一人、女の子?
「何をしておったのだ!遅いではないか!!」
「ごめん。雅、これでもかなり本気で走ったんだけど、そしたら誠が、」
まるで人形みたいに可愛い女の子が可愛い声でおばあさんみたいな(しかも昔話に出てくるおばあさんみたいな)喋り方をしてさっきの優しそうなお兄さんに怒っている。そして、そのすぐ横でキレイな男の子が膝に手を着いて荒い息をしている。
「ね・・・もしかしてさあ・・・俺って、さあ・・・体力とかさあ・・・あんま・・ない?・・・みたい?ははっ・・」
苦しそうに息も絶え絶えになりながら、肩で息をするその背中を優しそうなお兄さんは擦ったり軽く叩いたりしている。それを少し呆れたように見つめている女の子が呟く。
「ないじゃろうな。」
「いや、それなりにはあるんじゃん?瞬発力とか、跳躍力とかはあると思うよ。たぶんね。」
「・・たぶん・・ね・・」
翔を見つめたまま、誠はしゃがみこんだ。
「それよりも、奴はこの辺りにいるんじゃぞ。気をつけよ。」
雅の言葉に翔が身構え、護符チェンジャーを構えた。しかし、座っていた誠は体中をもそもそと弄ると口元にいつものように笑みを浮かべた。
「あれ・・・あれれ。あ、ヤバイかも。うん、これヤバイ!!」
「なんじゃ、」
「あー・・のね、うん、どっかに落としてきちゃったみたいだから、スペアとか、ない?」
「え、ちょっと待って、誠・・まさか。」
「うん、護符チェンジャーなくしちゃった。」
勢いよく立ち上がった誠に、今度は翔ががっくりとうな垂れた。こいつは、本当に。そう思った途端にビリビリと空気が震えた。影から見ていたい徹はその振動に思わずペタリとしゃがみ込んだ。徹の体をゾクゾクと不思議な感覚が駆け回った。
何、これ。
閉じてしまいそうになる目を必死に開けて、辺りを見れば女の子の長い髪がふわりと逆立っている。空気を震わせている正体は、あの女の子だ。
「こんの、馬鹿者!!!」
「うわあああ!!雅、雅!落ち着け!!」
「ひゃあああっ、あははは、ごめん。」
謝りながら、笑いながら、誠は雅から逃げる。緊張感のすっかりなくなったその背後にゆらりと現れた影が誠に向かって何かを振り下ろした。
「誠!!」「おうっ!?」
間一髪、体を捻って誠はその攻撃を避けた。さっきまで誠がいた場所には大きな剣のような物が刺さっていた。その剣の先にいたのは、まるで色を失ったように灰色をした、怪人。
「・・・え、何これ。葉っぱのおばけじゃん?」
「出たぞ!奴じゃ!!」
誠の言葉通り怪人はまるで草や葉のような物を体中に生やしていた。剣のように見えていたのもどうやら葉やしい。腕に絡みついた蔦の先に鋭い葉が、着いている。
「けど、雅。こいつこの間、俺たちが戦った獣みたいなのと違うんだけど?こいつも妖獣なの?」
翔の問いかけに、雅は首を振った。
「いや、この間戦った陰魔の使い魔である妖獣と違い、そいつは獣魔じゃ。おそらく死魔の生み出した者で、植物の特徴を持っておる。妖獣よりも強い、気をつけろ!!」
「ちょ・・まっ、なに?怖い怖い、こいつ無言で切りかかってくる!!」
気をつけろって言われてもなぁ。と呟いて、雅と翔が話している間、一人で獣魔の攻撃を避けていた誠を助けるべく翔は駆け出す。
「はっ、やっべ。」
カクンっ、さっきの疲れがまだ残っていたらしい誠の膝が限界に崩れた。突然のことに受身すら取れずに誠は地面に倒れこんだ。背中と頭を強かに打ちつけ、意識が途切れる。
「誠!!」
「・・・!!」
無防備に地面に体を投げ出した誠に獣魔が長く鋭い葉を振り下ろす。走るよりも速いはず、間に合え、翔は雅に教わったばかり技を出すために術気を手の先に集中させる。
「火炎竜巻!!」
「!!」
ごうっと凄まじい音と熱が翔の体を駆け抜けるのを感じたときには、もう獣魔の体には火が点いていた。草の怪人のため火が苦手なのだろう、体をよじり必死にその熱から逃れようとしている。
「・・・っ、」
ばたばたと体をふらつかせる獣魔。その隙に、と雅と翔は護符チェンジャーを取り出し、術気を集中させた。
「オン・アビラ・ヘンゲン・ソワカ!!!」
ビリビリと体が震えるような空気圧のような圧力に徹は再び尻餅をついた。手の先までぴりぴりと痺れるような感覚が止まらない。体の中、もっと深いところから何かが出たがっているような、そんな感覚。
「・・・なんだろう、なんなんだろう。」
口に出した言葉すら、いつもと違うように感じられてどうしたのか、何なのかわからない気持ちが胸をかき乱す。
「おっしゃ!行くぞ!」
「コスモガン。」
声に呼ばれるように前を向けば、さっきまでの優しそうなお兄さんと女の子はいなくて代わりに赤と白の変なスーツを着たまるで戦隊物のヒーローみたいな人が二人。
「え・・ええ?」
何これ、ドッキリ?で、でも僕にドッキリしかけても。いや、ドラマの撮影かも、新しい戦隊の?僕、まぎれちゃったの?
驚いて辺りを見回す徹だが、当然ながらどこにもカメラもなければ自分たち以外の人間が見当たらない。それにさっきの火は本当に本物みたいだったし。
「あ、あの人!!」
そういえば、倒れたままのキレイな男の子はまだ同じ場所にいるようだった。あんなところに倒れていて大丈夫だろうか。
「た、助けなきゃ・・あの人、」
いつ、あそこに何かが飛んでくるかわかんないし、飛んできたってあの人はきっと避けられない。それに、
「あの人はこれがないと、変身できないんだ。」
さっき女の子とお兄さんが変身するときに使っていたのと同じ箱型の何か。きっとさっきこれを落としたのはあの人なんだ。
「・・怖い、でも、だけど・・」
赤と白と怪人の戦いは、激しくなっていて火やら何やらが見えたり、消えたりしている。少ししか離れていないから、あの人の体にもパラパラと砂やら火やらが降っている。
ドクンドクン、心臓の音が大きすぎて頭が痛くなる。
ズキンズキン、頭中を巡っている血の音が聞こえる。
「・・・考えるんだ、大丈夫、できる!!」
叫ぶように自分に言い聞かせて動き出す。いつもならもっと早く走れているのに、ほんの少しの距離なのに、何度も足が縺れそうになって転びそうになる。顔のすぐそばを熱い何かが掠めていくけど、何だったのかは考えないようにしてひたすらに足を動かした。
怖い 怖い 怖い
「う、うおおおっ!!!」
気合を入れて叫んで叫んでだけど、そこで気づく。戦っている人たちの顔が、僕を見た。
声出しちゃだめだよ!!こっち気づかれるよ!!!あー、もう本当にちゃんと考えてよ、僕!!
「何じゃ!?あやつは!?」
「あ、れは、さっきの子だ。」
「・・。」
あともうちょっと、だけどみんなこっち見たってことはあの怪人も僕を見ているってことだから、つまりこのまま走って辿りついても止まった瞬間にアウトなわけで。
どうしよう。
だけど、今更どうしようもない。
止まれないから、走る。
あの人は目の前だけど、戦いも同じ位近くにある。
「・・もう、どうにでもなれ!!!」
考えるのは、やめた。
全力で走って、倒れているあの人の前で止まってポケットの中の箱を取りだした。怖いから、戦いを背にしてしゃがみ、キレイな男の子の肩を掴んで揺する。
「起きてください!起きて!」
「・・う・・え?」
「大丈夫ですか?これ、落としましたよね。」
大きな瞳が、ゆっくりと花が開くように開いて、僕をビー玉みたいに大きなキラキラした目が映す。
「・・あ・・い?」
「危ない!!」
「はえ?」
声に呼ばれて振り向いた視界に灰色が広がっていた。
後ろからした声に応えるようにコスモイエローは、素早くジャバライトウでタイムラグーンのムチを払った。しかし、一方を払ってももう一方のムチが隙をつくように攻撃をしかけてくる。それを防ぐために防御をし、次の一手を出せない。
ずっとこの繰り返しだ。これじゃあ、僕の体力が持たない。
ぜえぜえと荒くなっていく呼吸を必死に整えながら、右に左にと攻撃をかわす。何か決定打さえあれば、この戦いを有利に進められるのに。
「どうした?イエロー、やはりお前一人じゃオイラには敵わないだぎゃ?」
間合いを詰めれば、ムチの餌食になる。まるで手足のように自由自在に動くムチを相手に一人で戦うのは不利すぎる。
「うっ、わあっ」
一瞬、疲れた足が踏ん張りをなくした。それだけの隙が、すぐに次の攻撃からの防御を疎かにさせた。イエローの体に、タイムラグーンのムチが当たる。弾かれたようにイエローの体は地面に倒れた。カランと乾いた音をたて、ジャバライトウが地面に落ちる。ひりひりと背中が痛む。
「どうしたぎゃ?コスモイエロー!もう終わりだぎゃ。」
どうにか方膝を立て、イエローは起きあがった。
「まだ、だ。」
ふらりと煙りが燻る身体を起こし、イエローは立ち上がった。地面に打ち付けられた身体が痛む。体に力が思うように入らず、ふわふわぐらぐらと頭が揺れる。
「まだ、戦える!!」「そうこなきゃぎゃっ!!」
タイムラグーンの笑い声にビュンッと空気が裂ける音がして、すぐムチが飛んでくる、本能がそう告げてけれど体はゆっくりとしか動いてはくれない。目の前に太いムチが見えた。そして、体に鈍い痛みが走った。
「ぐうっ」「飛んでくぎゃ、イエロー!!」
イエローの鳩尾にタイムラグーンのムチが飛ぶ。そのまま、弾き飛ばすように伸びたムチがイエローの体を投げ、激しい音とともにイエローの体が雅美たちがいる建物の近くの壁に向かって飛び、ぶつかった。
どーん
「トオルさんっ!?」
どさりと力なくイエローの体が落ちた。しゅーっと白い湯気が上がっている、鮮やかな黄色だったはずのスーツは砂や何やらで黒や茶色の染まっていた。それでも、腕を立てゆっくりと力を入れた。
「トオルさん、」
雅美が小さく声を上げた。どうして、そんなにボロボロなのに。もう、戦う力なんてないはずなのに。それなのに、そんな小さくて優しいあなたがどうして。
「もう、やめて!トオルさん、それ以上戦ったら、」
「大丈夫、だよ。」
ふらり、ようやく両足を踏ん張るようにして立ち上がったイエローが小さくけれど意思の宿った声で雅美に答える。
「僕は、やられたりしない。守るべき何かがある限り、僕は・・・ヒーローは絶対負けたりしない!!」
イエローの手に握られた錫杖から黄色い光が漏れる。イエローの叫びが合図だったかのように錫杖は大きな黄色いハンマーに形を変えた。
「コズミック・ウエポン!!伸びろ、キヅチ!!」
イエローの握っていた黄色いハンマーがぐんとタイムラグーンに向かって伸びていくとタイムラグーンの頭上でハンマーの部分がひと際大きくなる。
「何だぎゃ!?」
「潰れろ!イエロー・モグラ大たたき!!」
ドスン、ハンマーがタイムラグーンの上に落ちるとぐらぐらと地震のような揺れが起こった。ぎゃっ、という醜い声がしてそれきりだった。
「・・・やった、か。」
しゅーっと空気が抜けていくような音とともにハンマーが小さくなり、今にも倒れそうなイエローの体を支えた。ふわふわと力の入らない体をキヅチに預けてイエローはタイムラグーンのいる穴をじっと見つめている。
「・・・・よくも、やったぎゃ、コスモイエロー!」
ゆらりと立ち上がったタイムラグーンの体からは、湯気のように黒い煙が上がっている。さっきまでイエローを苦しめていた長い手のようなムチがドサッと地面に落ち、代わりに鋭い刀のついた細い腕が生えてきた。体の中心のはと時計が不自然なくらい普通に四回鳴いた。
「何、だ?」
「あいつの周り・・ヤバイ色してる。絶対、ヤバイって。」
「あの怪物、まさか進化してんのか?」
「嫌な感じするでしょ?ねぇ、絶対ヤバイよ。」
「トオルさん、」
建物のそばに立っている四人にもタイムラグーンのその姿は見えていた。さきほどまでと全く違う異様な空気に信は雅美をその背に庇うように引き寄せた。雅美のすぐ横にいた明は目の前で嫌な気配を纏いながらぐんぐんと黒い煙を吸収していくタイムラグーンを指差し、カケルの袖を引いた。
「・・・・邪気、爆発・・。」
体全体にひりひりと擦れるような小さな痛みが走る。これは、あの時と同じ邪気爆発だ。あの時も天魔の妖魔を追いつめた瞬間だった。妖魔の体中から黒い煙が出たと思ったら、まるで僕たちがコスモスーツを身に纏うように妖魔の体が変化したのだ。
『こ、これは・・一体・』
『驚いた?邪気爆発だよ、君たちの術気爆発にヒントを貰ったんだ。』
にこにこと楽しそうに天魔は眼鏡の奥の瞳を楽しそうに細めると、さきほどとわずかに違う妖魔の隣りに並んだ。ふわり、いつものように宙に浮き上がると眼鏡のブリッジを上げ、空に飛び上がる。
『君たちのコスモスーツと一緒で、通常よりも攻撃も何もかも倍になっているからね。スーパー妖魔?みたいな?』
ふふふ、笑い声とともに天魔の姿は空に溶けて消えた。天魔の言ったとおりあの邪気爆発した妖魔は強かった。五人でやっと倒したそれを、今は、僕一人で、
「・・倒せる、かな。」
力が入らない体。もうほとんどない術気、そんな状態でこの邪気爆発したタイムラグーン、スーパータイムラグーンを倒せるだろうか。
「ちがう、倒すんだ。」
「力が漲るぎゃぎゃ。イエローなんかに負けんぎゃぎゃ。」
体中に黒い煙りを吸収したタイムラグーンはさっきまでよりも少し高い声で笑う。スーパー妖魔になると、どうやら声が高くなるらしいとイエローはぼんやり思った。ムチはなくなった。ということはさっきよりも接近戦がし易いはずだ。
大丈夫、勝てる!!
「ジャバライトウ!!行くぞ、タイムラグーン!!」
「ぎゃぎゃぎゃぎゃ。」
体に術気をこめてイエローは走りだした。この戦い方はあまり得意ではないけれど、今はこれしか体を動かす方法がない。手の先、足の先まで術気が巡り、体が軽く感じられる。
「そりゃ!!」「ぎゃっ」
さっきまではとても近づけなかった距離まで近づいて、ジャバライトウを振り下ろし、ゼロ距離で隠し持っていたコスモガンを打つ。見事に命中したもののすぐに刀のような腕に振り払われる。それでも、さっきよりも戦いやすいことは確かだった。それでも、一瞬でも気を抜いて攻撃をまともに食らうことがどれほど危険か、考える必要もないくらいに明らかだった。そして、どう考えても、もうあといくらも術気がない。
「早く決める!!」
「ぎゃぎゃ、そうはいかんぎゃ!!」
焦りで一瞬、無茶をした。いつもの判断ミス。いつもなら誠がフォローしてくれるような小さなミス。でも、今、ここに誠はいない。
「しまっ」「ぎゃっ!!」
避けようにもこの体勢からでは無理だった。スーパータイムラグーンの刀のような腕が体を掠めた。ぐいっと体を強い力で引かれ、イエローは間一髪でスーパータイムラグーンの攻撃を回避した。
「ギリギリセーフ、じゃん。」
「あ、あきらっ!?」
「え、なに?」「殺人犯、何してんだ、危ないぞ!!」
一瞬、誠が助けてくれたのかと本気で思った。僕の体を支えきれず、地面に倒れこんだアキラさんを庇うように掴んでスーパータイムラグーンと距離をとる。
「す、すいませんありがとうございます。でも、危ないので下がっててもらえると助かります。」
一気に喋って駆け出そうとしたイエローの腕を明は捕まえた。
「俺だって、ただアンタを助けにあんなことしたわけじゃないよ。近くで見て確信した。あの怪物の黒い嫌なカンジは、胸にあるハトから出てる。俺には見えた。」
「・・はと?」
イエローは明の言葉にスーパータイムラグーンを見つめた。自分には見えないが、誠は時々こうして敵の弱点を言い出したりすることがあった。もしかしたら、このアキラさんにもなにかそんな力が・・
「おい、殺人犯!!」「お、アイドルまでこっちきた。」
飛ぶように走りだしたイエローの背中を見つめていた明にカケルが駆け寄った。
「何してんだ、危ないだろ!!」
「なに、俺の心配してくれてんの。」
「は?・・・まぁ、そーなんのか?」
差し出された手を驚いたような顔をして明が握り返す。
「あの人、大丈夫かな。」
「俺も、それは思ってた。さっきよりも動きがいいから、なんか逆に心配になる。なんつーか、電池切れが近そう。」
「空元気ってやつ?」
立ち上がり、イエローのほうを見つめ、カケルはほんの一瞬、顔を顰めた。
「・・・なんだよ、さっきから。
「え?なに?」
「いや、なんでもない。ほら、行くぞ。」
もう少し、もう少しだ、聞きなれたけれど知らない声がずっと耳の中で話している。
焦っていた。
ずっと焦っていた。
この世界に飛ばされたとき、正直にいうと少しホッとしていた。自分のミスで迷惑をかけてしまう仲間はいない。
自分のミスは自分に跳ね返ってくるだけになるのだから。
「うぉぉぉっ!!ジャバライトウ!!」
「ぎゃぎゃぎゃー!!」
もう、惨めな悔しさを感じることもない。
もう、苦しい恥ずかしさを抱くことはない。
謝らなくてもいい、俯かなくても、いい。
「コスモガン!!」
「うぎゃぎゃ!!」
素直にそう思った。
思ってから、思った。
僕は、なんで、なんで、
「ああぁぁああっ!!」
「何だぎゃ、お前!!」
振り下ろしたジャバライトウに力をこめる。けれど、もうほとんど術気は残っていないため、ジャバライトウはコズミックウエポンにすらならない。コスモガンに込められるコスモすらあと何発分もないだろうことはイエローが一番わかっていた。
「はああっ!!」
力をこめたまま、ジャバライトウを下にスライドさせる。バチバチッと火花がスーパータイムラグーンの体を斜めに走り、散る。
「だぎゃっーーー!!いえろーめえええ!!」
「何!?」
確かに与えたダメージにスーパータイムラグーンの真ん中のハトが飛び出し、イエローの体へと強烈な当たり、同時にタイムラグーンの体から水が溢れるように黒い煙が吐き出され、消えた。
「うぐうっ」
ごろごろと地面をしばらく転がった後、イエローの体はぐったりと動かなくなった。まるで空気に溶けるようにイエローの身体から黄色の術気が抜け、そこには生身の徹だけが残された。
「トオルさん!!」「雅美!」
信の後ろから抜け出し、雅美は徹に駆け寄った。息はしているようだが、顔色は悪く痛みをやりすごすように浅い呼吸を弱弱しく繰り返している。
どう見ても戦える状態じゃない。それどころが早く病院に連れて行かなくては危険に見える。
「トオルさん、」
「・・・負けたく、ないよ・・」
小さく呟いた声は、今にも泣いてしまいそうなくらいにか細くて、それなのに立ち上がろうと身体は必死に力を入れている。もう、戦う力も戦える術気もない。
「なんで、そこまですんだよ!どう見たって無理だろ、そんなで戦えないってわかってんだろ?あきらめろって、」
駆け寄ってきた明の言葉に徹はポロポロと涙を零し、それでも起き上がる。頬が涙で濡れていく。
なんだよ、なんでだよ、諦めろよ。泣くほど辛いなら、もういいだろ。
誰もアンタを責めたりしない、もう仕方ないんだから。
「諦めなきゃ、いけないこともあんだよ。」
俺だって、諦めたくなんてなかった。何もかも、諦めたくなんてなかった。
全部、全部、全部、
「・・・いやだ、いやだ、諦めない。僕は、諦めないよ。」
「諦めよろ!もう、いーだろ、全部!!」
よくなんかない。何もよくなんかない。そんなの俺たちだってわかってる。
だけど、
「僕は、あきらめない!!」
「無理だろ、その体じゃ、もう戦えない。自分の世界じゃないんだから、この世界のためにそこまでする必要なんてないだろ。」
一歩一歩と近づいてくるのは終わりの足音だとカケルにはわかっていた。どうしようもないことにぶつかって自分ではどうにもならない関係のないことは見えないふりをして、関わらないようにして、楽な方に楽な方に流れてきた。それが正しいかなんてどうでもよかった。
「そんなのわかってる。・・ここは、僕の知ってるものは何もない。」
「だったらいいだろ、関係ないんだろ?」
涙を次々流しながら、ふらつきながら、徹は立ち上がった。ぐしゃぐしゃになった顔を袖で拭い、前を見つめる。視線の先にはタイムラグーンがいるだけだった。
「でも、あなたたちがここで生きている。僕はあなたたちの生きてきた世界を守りたい。」
「自分の命に代えても、か?お前、死にたいのか。」
少し遠くから、信の声が尋ねる。まるで疑うかのような少し冷たい声に、徹は泣きながら口元だけで笑った。他人のために自分を犠牲にするなんておかしい。そんなことを言うかのような、咎めるような低い声。
「死にたくない。まだまだやりたいことはたくさんある。」
あんな若造がそんなことできるわけない。現に今だって恐怖で涙を流しているじゃないか。
いつか必ず、後悔するんだ。
どんなにキレイ事を言ったとしても。
「だったら、もう諦めろ。もう、お前には無理だ。」
「トオルさん、」
あぁ、どうして。
僕はどうして、こんなにも無力なんだ。
腕に感じるミヤビちゃんの温もりがなければ
そばで支えてくれているアキラさんやカケルさんの力がなければ
遠くで心配してくれるマコトさんの声がなければ
涙を、堪えることもできないなんて
自分で立つこともできないなんて
「ムリでも、なんでも、ダメなんです。それじゃあ、ダメなんです。やっと気づいたんです。やっと・・・やっと、わかった。」
雅がどんなに脆い女の子だったのか
真さんがどんなに優しい人だったのか
誠がどんなに希望をくれていたのか
翔がどんなに強い存在だったのか
僕にとってみんながどんなに大切だったのか
泣きそうになって息を止めて、呼吸ができなくて苦しくなって、でも、苦しいのは息だけじゃないから、涙が出そうになる。
焦ってた。
ずっと、焦ってた
焦りすぎて、何で焦っていたのか忘れてしまった。
どうして迷惑をかけたくなかったのかを忘れていた。
僕のミスでなぜ、みんなを巻き込みたくなかったのか。
そんなの、そんなの、
「・・・僕は、みんなが大好きで・・・ずっと一緒にいたい・・・から、」
ただ、それだけのことなのに。
「だから、僕の知っている世界じゃない、けど、この世界もあなたたちも、絶対守りたいんです!!!」
目の前にいる大切な人を守りたい。僕のせいで失うのは嫌だ。
涙でぐちゃぐちゃになった顔で、けれども迷いなく叫んだ徹を四人は黙って見つめていた。もう、戦う力も、立っているのさえやっとなのに。そこまで、そんな思いとともに胸の中に生まれる、温かい感情。
「力に、なりたい・・・トオルさんの、力になりたい。」
すぐ近く、ボロボロの徹の体を支えていた雅美の呟きに周りにいた明とカケルも、危険を顧みず自分たちの世界を守るために戦う徹を助けたい願いが、口をついて出てくる。
「なんか、ないのかよ・・俺たちにできること、」
「どうにかしてあいつを助けたいのに・・・」
ふらふらとふらつきながらも、タイムラグーンに向かって歩き出す徹の背中を見つめて、四人は唇を噛んだ。
「ダメだ。もう、あいつはあれ以上戦えないよ。あの黄色い光がもうほとんどなくなってる。」
もう完全に術気の動きが見えるようになった明は、もう術気爆発も使い魔の召還もできなくなってしまった徹の術気を見つめ、悲痛な声をあげ、突然隣りに見えてきた赤い術気を感じ取った。
「・・・え?・・・・え?・・・・うん?」
「は?おい、何だよ、殺人犯こんなときに」
驚いて横を覗き込めば、カケルの体から少しずつ徹の術気に似た、だが少し違う術気が出ていた。
「いや、アイドルの体から・・燃える赤い光が、滲み出てる。」
「はあ?・・・お前、また見えてんの?」
カケルの言葉に明は、他の二人を見てから頷いた。
「・・あぁ、なんかそうみたい。ほら、あの二人も白と青。」
「いや、俺は見えないんだって。」
「・・あー・・そうなんだ。」
心底、どうでもよさそうに明は言うと、雅美の方に行くとくるくるとその周りを見て回る。
「え、あ、の・・」
「出そうで、出ないカンジ。なんか、詰ってるだ、」
じっと明は雅美を見つめ、そっとその背に触れた。途端に心の中で誰かの声が響いた。
俺を、呼んでいる・・?
あきら、あきら、優しくて温かい声が、俺を呼んでいる。
「・・おい!殺人犯!?」「雅美!?」
明が触れた雅美の背から突然、白い光と黒い光が溢れるように流れて、はじけて、消えて、散って、生まれる。
「え、なに?何これ?」「変、なの・・」
光の中、温かい声が私の名前を呼ぶ。
みやび、みやび、それは懐かしい誰かの声だった。
それに向かって手を伸ばして、掴んだ。
『カオスの中から、真実のコスモを見つけて、』
「・・コスモ・・?」
呟いた言葉は空気に溶けるように消えていった。
それと同時に、周りの光は二色増え、まるで伝染していくようにあたり一面が白と黒、赤と青に染まっていく。
その光を感じ取り、徹は振り向いた。
「術気・・?」
それは見覚えのある、しかしどこか違う、仲間たちの術気(エナジー)
「そ、そんなはずは・・だけど、これは確かに・・」
空気を伝って体に流れ込んでくる温かい術気に徹は体が軽くなってゆくのがわかった。体中に術気が溢れて満ちていく。
「おい、アンタ!!これ、使えよ!俺のえなじい!」
「トオルさん、私たちのえなじい、伝わっていますか?」
「ミヤビちゃん、みんな・・ど、して・・」
じわっと目が熱くなってまた視界が滲む。あぁ、もうさっき引っ込んだ涙が、また出てきて止まらない。
止められない。
「なんだぎゃ、いったい、今度はどうする気だぎゃ。」
「受け取れ、タイムラグーン!!僕の、僕らの仲間の力を、コスモレンジャーの力を!!」
徹は、体の中心に集まってきた四人の術気に残った自分の術気を込めた。色とりどりの術気が徹の体を包み、いつの間にか徹はコスモイエローに変身していた。ただ、さきほどまでとは少し違い、肩から胸、背中にかけてはためく胴着のような袈裟のようなマントを身に纏っていた。
「す、姿が変わったって、何も変わらんだぎゃー!!」
「コスモイエロー・改!!行くぞ!!」
そう叫んだイエローの体は瞬く間にタイムラグーンに近づくと身体を光に変え、タイムラグーンに向かい飛んだ。
「必殺!!宇宙の光!!」「ぐあああっ!?」
凄まじい光に貫かれたタイムラグーンは何が起こったのか認識する前に、バラバラに砕けた。滑るように地面に着地したイエローはすぐに徹に戻ると、ガクンと膝から崩れた。
「・・今、の・・は?」
体中、世界中の術気が自分の中心に集まって、自分の術気と溶け合い、今までにないくらいの力が満ちた。
「や、やった!」「よっしゃー!」「やったぞ!」「やったあ!!」
喜び、抱き合う四人を遠くに見つめ、徹ははっと我に帰った。力の入らない体で立ち上がろうとして、体中の痛みに顔を顰めた。それを見て雅美が支えるように駆け寄ってきた。
「・・・まだ、だ。」
徹が小さく呟いた言葉を待ち構えていたように、タイムラグーンのバラバラになった身体の破片から、小さな種が出てくると空に飛び上がり、ぱらぱらと雨を降らせる。
「・・雨?・・なんで?」
「邪悪の種だ。みんな、離れて!!早く!!」
徹の言葉が終わる前に雨を浴びたタイムラグーンの破片がぶくぶくと膨れ上がり、大きくなって形を作り出す。そう、その姿はまるで
「何だ、あれ。」
「どういうことだよ、だってあれは・・」
「さっき、トオルさんの倒した、」
「怪物?」
高層ビルと同じ高さになったタイムラグーンは、さっきよりも少し鈍い動きで、体でムチで次々と建物を破壊していく。悲鳴と爆発音だけが聞こえる。
「・・どうしたらいい・・・僕にはもう式神を呼ぶ術気は・・それに、ここに呼べる可能性も・・ないのに。」
雅美に支えられ、ようやく立った徹は何もできずにただ壊れていく建物を見ていた。せっかく、せっかくここまで、ようやく倒したのに。
悔しさで見上げた空に突然、小さなひびが割れていく。
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