第4章 ブラック・アキラ編

「死」なんてものを意識したことはなかった。特に「生」について考えたこともなかったから。この日々が終わるのだとしたら、それが誰の手によるのか知りたいと思うだけだった。

毎日、同じような日々の繰り返し。

どこまで行っても見えないゴール。

俺の頭は空っぽで、俺の心はすっからかん。

「明は、本当に綺麗だ。」

「まるで美しい女神のようだ。」

「あぁ、美しい。」

俺の意思は消え去って、俺は体だけになる。

毎日、同じように物のように。

どこまでも先のない迷路。

「天国」を知らない人間は、夢を見ることすらしない。

だって、どこが「地獄」かわからないから。自分のいる場所の名前くらいは知っておくべきだろうって思うけど。

「良い目をしているね。」

カサカサに乾いた心。ツヤツヤに整えられた唇。

俺の体は俺のものじゃなくて。

「ボクと遊ばない?ふふふ」

じゃぁ、この心は誰のもの?

抜け出したいなんて思っていないけれど、天馬がそう言ったから、そうすることにした。ただ、それだけ。

俺の心は、体は、誰のモノ?

「明、私たちはお前を愛しているのに。」

「そんな奴にそそのかされて」

「美しい、恐ろしい、人の心を惑わす子」

「悪魔の子。」

視界が赤く染まる。世の中は、赤で支配される。

俺の後ろで天馬が笑うのが聞こえていた。

愛されていた。そそのかされた。惑わされた。

俺は、なにもしていないのに。

空っぽのまま、何も変わらない。

頬を温かい何かが流れる。

涙かと思って拭ったら、返り血だった。

「・・ははは、あはははっ」

おかしくて楽しくてわけがわからなくて、俺は笑った。

笑っていたのは、天馬じゃなくて俺だった。

『明、』

記憶の奥で誰かが俺を呼んでいた。

けど、それが誰かはわからなかった。

『悪魔の子』

最後まで、俺は人ではないのか。

「行こうか、明。」

「・・はぁ?どこに?」

「逃げるんだよ、君にはまだ、ボクのそばにいてもらわないと。」

「何それ。」

唇に付けられた赤を拭った。ツヤツヤの唇が、大事なそれがあの人たちの血でパサパサになっていた。

俺の体は、他人のもので。俺の心はなくなった。

どこにいってもそれは変わらず。

幸せを知らない人間は不幸にならない。

戻りたいと思うような時間も場所もないから。

必要なのは、なにもない。

俺にはどこにも、逃げ場はない。

「そこまでだ!!タイムラグーン!!」

「なんだぎゃ!!」

声と共にムチが止まる。目の前に広がる黄色。どう見てもその生き物は人間じゃない。長い角を使ってムチの攻撃を受け止め、怪物に向かって眩い光を放つ。その光は見事に、命中。怪物の体が煙をあげる。

「これ以上、好き勝手にはさせない!」

「腰抜けイエローが、一人で何ができるだぎゃ!!」

タイムラグーンが、怯んだ一瞬の隙に徹は明とカケルの方へ走る。

「きぃ!頼むよ!!」

「落とし穴!」

「ぎゃ。」

徹たちに近づこうとしたタイムラグーンの足元に突然、大きな穴が空いた。見事にそこに落ちたタイムラグーンを見て、徹はほっと溜め息を吐き、今度こそ明とカケルに向かう。

「大丈夫ですか?・・わわ!!誠に翔!?」

「は?」「何?」

分かってはいたけど似ているなぁ、なんて俺の目の前にきた少年は困ったように笑う。大きな黄色い生き物がそいつに擦り寄った。その足元にはいつからいたのか、黄色い犬がいた。少年が着ているのは黄色いパーカーですっごい下がおかしいことになっていたけど、とりあえず黄色だらけで目がチカチカしそうだった。

「ありがとね、きぃ。落とし穴があって助かったよ。よしよし、」

「ご主人、ご主人。」

「あ、黄塵も。このまま、この人たちをミヤビちゃんたちのところまで連れて行ってくれるかな。」

こうじん?きぃ?なんだか、よくわからないけれど大きい黄色が俺のことを見つめている。透き通るような悲しげな瞳。それを見ていたら、俺の肩を誰かが引っ張られてそちらを見れば、アイドルが俺のことを大きい黄色い生き物に乗せようとしていた。

「え?何してんの?」

「何って、こいつが乗れって・・言ってたよな?」

何言ってんの、こいつ。そう思ったけどアイドルはふざけているわけじゃなさそうだし。目の前の黄色い少年も何も言わずに頷いている。言ってないでしょ。俺には聞こえなかったけど。そんな言葉が聞こえたわけないだろうけど、黄色い少年は首を傾げた。

「え、ひょっとしてアキラには聞こえてない?あぁ、いや、それよりも何でカケルには聞こえたんだろう。」

翔と誠は一緒にコスモの力を貰ったから、使い魔の声が聞こえていたわけだけれど、今の彼らは普通の人で、あれ、でも、どうだろう。記憶を辿る徹だが、思い出してみても自分よりも先にいた二人の最初の頃のことなんてわかるはずもない。

「あの、乗っけていいの?」

「あぁ、うん。いいよ、黄塵、よろしくね。」

「え、ちょっと、」

アイドルは俺のことを軽々と持ち上げて、変な生き物の上に乗せた。ふわふわもこもこの生き物は温かかった。

「うわ。あったか。」

「おい、殺人犯、前つめろ。俺が乗れないから。」

「・・殺人犯はやめろよ、アイドル。」

後ろを空けてやればすぐにピョンとアイドルが跳ね、乗った。それを見ていた徹は二人がしっかりと乗ったのを確認して黄塵に頷いた。高く透き通った声で嘶くと黄塵はすべるように走りだした。

「くそう、よくやったなああ、だぎゃ。」

次の瞬間にタイムラグーンが落とし穴から飛び出してきた。徹は素早くタイムラグーンに向き直ると二人を守るように背に庇い叫んだ。

「たとえ、一人でも、腰抜けでも、この人たちは僕が守る!守ってみせる!」

その言葉を聞き振り向いた明は徹のまわりが黄色で包まれているように見えた。

黄色だらけだから?

思ったことは間抜けでけれど明の心に一瞬、何かが満ちた。

「バカいえだぎゃ。勝つのはオイラだぎゃ。」

「来る!!・・集中、集中、集中!!」

タイムラグーンの手が大きくしなり、徹に向かい飛んだ。手を前に出し、徹は目を閉じる。

己の中のカオスから、コスモを取り出す。

徹の体にムチが迫ったその時、徹が目を開け叫んだ。

「死ねだぎゃ!!」

「土煙り!!」

その声とともに徹の周りに土が舞い、タイムラグーンのムチを弾いた。怯んだ一瞬の隙にきぃが飛び出し、タイムラグーンに飛びついた。

「だぎゃ!!」「キャウン!」

ムチで振り払われ、消えたきぃを見つめ、砂が消えた中から徹は護符チェンジャーを取り出した。

「・・まず、やってみるしかない。」

徹は一度目を閉じ、それから決意を固め叫んだ。

 「・・あれ?」

徹が見える距離にある建物の瓦礫の影にいた雅美たちの下へ運ばれ、二人が降りた直後に黄塵の体が空気に溶けるように消えた。

黄色い光が、砂が飛んでいくみたいに流れていく。あいつのとこに?明の目にはいつの間にかだんだんと濃く徹の体が黄色い何かに包まれていくのが見えた。

「大丈夫ですか?とりあえず、ここにいてください。」

「ありがとう、あの、あの子は?」

「話すと長くなりますので、とりあえずはどうやら正義の味方のトオルさんということです。」

「正義の味方?あ、もしかしてコスモレンジャーとかっていう?」

「あ、知っているんですか?」

「いや、さっきあの怪物が俺たちをそう呼んでいたから。」

何かが始まるような気がした。胸の中をいつもとは違う、ドキドキが駆け回っている。あいつだけじゃない、目の前にいる女の子と男と隣りのアイドルからもよくわからないけれど色が、滲んでいた。

「そう、みたいなんです。トオルさんの世界では、どうやら私たちはトオルさんと一緒に戦っている戦士みたいで。」

何かが終わってしまうような気がした。頭のどこか深いところで誰かが叫んでいる。俺の心が恐怖に閉じこもろうとしているのがわかる。開けてはいけない扉ががたつく。

「・・・あの小僧の動きが止まったぞ。」

「え?あ、やばくないか。あれじゃぁ、無防備だ!!」

「トオルさん!!」

集まっていく光はどんどん濃くなっていく。黄色であの少年の姿が見えなくなってしまった。

明は思わず、目を閉じた。

「オン・アビラ・ヘンゲン・ソワカ!!」

 徹は護符チェンジャーを胸元に持っていき大きく叫んだ。

術気・爆発。

明や雅美たちの体はまるで強い電流が流れたのかのように、一瞬ビリビリと痺れた。

「何だ?」「何?」

眩しさに閉じていた目を開け、徹を見る。しかし、そこにいたのは徹ではなく黄色のスーツに全身を包んだ、コスモの戦士。

「・・・コスモ、イエロー・・」

明はポツリと呟き、そのまま力が抜けたようにその場にしゃがみこんだ。


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