第3章 レッド・カケル編
小さい頃からだいたいのことは人並みにできた。初めは夢中になって必死になって、だけどだんだんとわかってくると努力しなくても求められることはできるようになる。
つまんない、もうおもしろくない。
最後はいつもそんなことばかりを考えて、立ち止まる。
これ以上、続けることに意味はないでしょ。
だって、もう好きじゃないし。
うまくなってもどうするわけじゃないし。
もう、いいじゃん。
やめちゃおうよ。
耳を塞ぎたいけど、塞ぐ前に心が頷く。
そうして何もかもをいつも手放してきた。
今度も、そう。
「カケル?次の現場に着く前にこの台本を覚えちゃいなさい。できる?」
「・・・・はい、今、しようとしてました。」
うんざりだ。マネージャーに渡された台本をぱらぱらと捲りながら、カケルは溜め息を吐いた。
この人と俺は全く相性が良くない。前の人はもっと俺のことをちゃんと見ていてくれていたのに、この人が見ているのは俺のブランドだけだ。
俺が、有名になれたのは、あんたのおかげじゃない。
「全く、売れっ子になった途端に偉そうねぇ。」
「・・・元からですよ。」
隣りに座ったマネージャーが、足を組みなおす。短すぎるスカートにきつ過ぎる香水で誰を誘っているのか。
頭痛がする。
叫びたい。叫んでここから抜け出したい。
「可愛くない子」
「・・・」
頭の中を巡る言葉。もう、人並み以上じゃんか。
俺にしてはよく続いただろう。
もう、やめないか。
カケルの目が台本を離れて隣りを見る。
決まりかけた決意がまた揺らぐ。
どこに行けるというんだ。
ここまで来てしまった俺が、一体どこにいけるというんだ。
叫べない。叫んでもここからは抜け出せない。
開きすぎた胸元に煙るタバコのにおいで誰を煽っているのか。
吐き気がする。
人並み程度には何でもできたから、小さい頃から何にも熱中できなかった。
おもしろいことなんて、この世界にはない。
だから、何も期待しない。
最初から、あきらめている。
いつかすぐにやめるんでしょ。
「うわ!!なんだ!?」
運転手の声と共に車が急ブレーキをかけて止まる。
「うわ!!」「きゃっ!」
持っていた台本がカケルの手を放れて、下に落ちる。反動で前と後ろに体が揺れて、頭を打つ。
事故?
カケルは声にならない声で口を動かす。しかし、大きな衝突音はしなかった。
「・・なに?なんで急に止まったのよ。どういうことなの?」
隣りから聞こえてきたマネージャーの声に運転席の前を見るけれど何もない。いや、何か、カラフルな毛玉が動いてカケルの側のドアが開く。
「あぁ、なんかごめんね。びっくりさせちゃった?」
「お邪魔しまーす。」
まるで当たり前のように乗り込んできた二人の少年は、楽しそうに車の席に座る。黒い縁の大きな眼鏡をかけた少年が、前の席に乗り込んだ。
「あ、ボクが前に乗るね。ふふ、運転手さん、こんにちは。とりあえず、出してください。」
「え、じゃぁ、俺が後ろ?せっま。」
「誰だよ、お前ら!!」
「なんなの!降りなさいよ。」
「天馬、こいつらうるさいんだけど。交換、」「しなーい。だって、明ってば二人殺すのも四人殺すのもかわんないでしょ。」
アキラ、聞き覚えのある名前にカケルは恐る恐る隣りを見る。間違いない、この顔、カラフルな髪、今朝のニュースでやっていた、あいつだ。
「お前、殺人犯の、」
カケルが呟くように言って、明を見る。明はといえば少しうんざりしたような表情でカケルに顔を向けずに尋ねる。
「何?文句あんの?」
「な、なんで」
「それとも、あんたも俺とチューしたいの?」
「なに」
「あはは、さすが明じゃん。まさか、超人気アイドルにまで覚えてもらっているなんてさ。」
天馬の言葉に明は驚いたようにカケルを見た。
「何、あんた有名人なの?・・・・へぇ、そんなにかっこよくもないのに。歌がうまいとかダンスがプロとか?見えないけど。」
「今、そんなこと関係ないだろう。」
「ふふ、でも、確かに。だったら、明の方が顔は綺麗だよね。美男だ、女の子みたいに。ふふふ」
楽しそうに眼鏡の奥の瞳を細めて笑う天馬の言葉に、一瞬で明の顔から表情が消える。
「それ以上言うと、天馬でも塞ぐよ、口。」
「あぁ。ごめんよ、つい。」
それきり、車の中は静かになっていつの間にか走り出した車だけが必死になって音を出していた。
「・・・・何が目的だ。」
表情がない明の顔は神秘的なほど美しく、しかし完全すぎて畏怖を抱かせるほどだった。ただ、見つめていると魅入られてしまいそうだ、とカケルは口を動かした。
「え、目的?別にないけど。」
「だから、明にはなくてもボクにはあるんだってば。とりあえず、警察にばれないようにどっか遠くに行くんだよ。もちろん、明も一緒に。」
「だってさ。」
何も色のない瞳、大きな瞳は光を失って焦点が合わない。
まるで俺の心みたいだ。
きっと今、俺の心もこんな表情をしているんだ。
「私たちは降ろしてよ。関係ないでしょ!」
「いやぁ、それは無理でしょ。おねーさん。」
二人のやりとりは虚しく平行線を辿って、カケルはもう何も言わずにただ身を任せることにした。全てを投げ出してしまいたいと思った。ちょうどいい、タイミングだった。
もう何も、したくなかった。
「おとなしくなったじゃん。何?覚悟とか決めちゃった?」
隣りから聞こえた声にカケルは明を見る。口元をくいと上げた意地の悪い表情。なのに寄せられた眉はどこか辛そうで、よくこんなちぐはぐな表情ができる、なんて。
「そんなんじゃないけど、あんたたちと世界の果てまで逃げるのもいいかな、なんて思っただけだよ。」
「ふーん、生きて逃げられるとか思ってるんだ。」
「別に殺されるなら、それはそれで仕方ないと思っているし。今、俺、絶望中なんだよ。」
少し和らいでいた明の表情が一瞬にして、また無表情に戻る。カケルを初めて正面から、明の瞳が捕らえた。暗い底のない黒目。
「何、それ。ふざけてる?」
「 」
射抜くような視線に体が動かなくなる。整いすぎた顔が、美しさが、恐怖を感じさせる。声すら上げられず、カケルはただ明の瞳を見ていた。
「つぶしたいなぁ。」
握りしめた拳に力を込め、息を大きく吸った、途端に前の席からまたしても悲鳴と急ブレーキ。そして爆音と衝撃、
「!?」「は?」
今度は何事か、と見つめたフロントガラスにはまるでヒーロー番組に出てくるような怪物がいた。
「な、なんだ!!こいつ!?」
とにかく割れてしまったフロントガラスに、潰れてしまった車ではもうどうしようもない。頭をハンドルに打ちつけて動かなくなった運転手以外の四人は咄嗟に外へ出た。
「こ、これは・・?」
車の外はまるで別世界かと思うような光景だった。何かに弾かれ、浮き、落ちた地面に刺さる車。積み木のように重なる建築物。あちこちから絶え間なく聞こえる爆発音と悲鳴。
「なんなんだよ、なんなんだよ、」
地獄絵図、夢か幻か。こんなのが現実であっていいはずがない。そう信じていながらも、足はいつまでもガクガクと震えるばかりで動かない。
「うひゃひゃひゃ。こっちの世界は邪魔者がいなくて暴れ放題だぎゃ。」
愉快そうなその声は怪物のどこから出ているのか、全くわからないがカケルの目は真ん中にある鳩に釘付けだ。
「なんなんだ!!」「なんのつもり!?」
カケルと明の隣りから同時に声があがる。それを聞いてタイムラグーンは首を傾げた。
「あ?て、て、天魔さま!?天魔さまだぎゃ。それに陰魔さままで!!!うぎゃぎゃ。いや、違うだぎゃ。あれは天魔さまでも陰魔さまでもない。それに、それに、オイラは、オイラはぁぁぁあ」
タイムラグーンは悲しい過去を思い出すと、ないけれど目に出てないけれど涙を溜めた。そうして雑念を振り払うように長い手であるムチを車に向けて振り回した。
「・・危ね!!」「え」「きゃああ」「うわあああ」
悲鳴を上げて、二人は遠くの壁まで飛んでいった。少し遅れて爆音がした。カケルは間一髪で明に地面に押され攻撃を免れた。二人のそばにあったはずの車はもうどこにあるのかすら探せない。
「なんで、俺の・・こと?」
「はあ?今、そこ大事?」
立ち上がった明の体から、ぱらぱらと何かの破片が落ちる。無傷だったカケルの代わりに上で爆風を受けた明の体や顔はあちこちに傷や汚れが見えた。
「お前たちもだぎゃ!コスモレンジャアア!」
「?」「?」
告げられた名前にカケルは首を傾げた。そうして明を見る。明も不思議そうな顔をしてカケルを見た。一体、何を言っているんだろうか。
「だ、誰のことだよ。」
まさか殺人犯がそんなヒーローみたいな名前のはずもない。だけど、俺もまだヒーローものの役なんてやったことはない。
「お前たちじゃない。オイラの世界のお前たちのことだぎゃ。ま、そんなこといいからくたばれええ!!」
そう叫んでタイムラグーンの手がまた大きくしなる。速すぎて今度は避けられない。
「!!」「うわっ!!」
思わず身構えたその瞬間、その生き物はやってきた。
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