第2章 ブルー・マコト編

 正しく言えば、どう接していいのか、わからない。彼女の中で生きている父親を消すことをしたくはない。けれども、そうすると途端に自分の立ち位置がわからなくなる。

無口で無愛想な自分が、とても嫌だった。

娘として大切に思っていても、それを言葉にするのはどうしようもないくらい難しかった。

「・・・あ、の、」

「お客さんか、雅美。」

「関係ないじゃないですか。間宮さんこそ、仕事はどうしたんですか。」

「・・・・。」

「また、だんまりですか。」

「ちょ・・あの、」

何、この雰囲気。初めてです、この二人の険悪ムード。どうしよう、どうしよう。

「殺人犯の仲間なんだろう。」

「聞いてた、の?」

「聞こえたんだ。」

これはなんとか、打破しないと。僕は断じて殺人犯の仲間ではない!

「あ、いえ、あの僕は、その・・」

「・・男?」

「え?あぁ、そうです。我望 徹 です。」

「・・・・。」

真の目が、徹のズボンに向けられる。それから、もう一度、上から下まで見て、ズボンのふりをしたスカートを見る。

あぁ、絶対、僕は今変態とかその類だと思われているよ。ミヤビちゃん、やっぱりダメだよ。どんなに似合ってたとしても、やっぱり男の子はスカートはいちゃだめなんだよ。

徹の心の声なんて聞こえない真は目つきをより一層厳しく鋭く。

「悪いが、出て行ってもらえるか。」

「え?ちょっと、間宮さん何言ってるの。」

「殺人犯が、この辺りをうろついていたらしい。」

「やめてよ、間宮さん!」

「出て行ってくれ。うちの娘に構うな。」

ひょい、トオルは簡単に持ち上がった。見た目通りに軽い体だ、抵抗されても負ける気はしない。だが、トオルは何も言わず抵抗もせず、ただ担がれていた。

「・・あ、ミヤビちゃん、ごめんね。ありがとね、お邪魔しましたー」

「あ、トオルさん!!」

背の高さも声も何もかも信さんと同じなら、抵抗するだけ無駄だし、これ以上ミヤビちゃんを巻き込むわけにはいかない。タイムラグーンが動き出したら、彼女を守れるかだってわからない。とりあえず、どこに連れて行かれるのかだけ少々不安だ。警察とかだったら、どうしよう。

「あ、あの。」

「何だ。」

「いえ、た、大したことじゃないので大丈夫です。」

トイレに行きたい。そんなこと言えない。そう思い徹は降ろされたら公園を探そう。そう決めた。

「・・・あ、あの、もう、ここで。」

降ろされたのは、元の場所。スタートラインだ。この世界で徹が知っている雅美の家以外の唯一の場所だ。

「あの、近くに公園とかありませんか?あ、だ、大丈夫です。もう、マコトさんの家には行きませんから。」

にへら、警戒心なんて全くないであろう笑顔でトオルは俺に尋ねた。女物の服を着た普通の男子というどうにもちぐはぐな少年。歳も背丈も雅美と同じくらいというところか。

悪いやつには見えない。

だが、それ以上によくわからない。

「何かを、たくらんでいるのか?」

低く凄んでみても、トオルは全く怯える様子もなく寧ろ少しビックリしたような表情で俺を見ている。

「ま、まぁ、それはいいじゃないですか。」

マコトさん、まるで親しい友人でも呼ぶかのように俺の名前を口にする。

「・・・公園なら、この道を左に行けば、住宅街の中にあるはずだ。」

「ありがとうございます。」

左、左、徹は言われたことを呟きながら、真にペコりと頭を下げた。黒い髪が、揺れた。

「・・・お前は、」

何者だ。そう言おうと口を開いたが、パタパタと走りだしたその背からは焦りが伝わってきた。徹としては、トイレが限界に近かったのと信と違う真がなんだか面白くて笑ってしまいそうだっただけなのだが、真にはその姿が何かを焦る怪しい様子として見えてしまった。

「・・・・。」

一瞬、迷った間に他人よりも少々足の速い徹は見えなくなっていた。そうして、次に真が公園で徹を見つけたときには、トイレは無事間に合っており、その顔から焦りも消えていた。

「・・・まさか、もう、何かしたのか・・?」

そうして気づかないうちに、徹は真に疑われてしまった。

 公園の中は綺麗で緑がいっぱいで、だけど誰もいなかった。さっきマコトさんは殺人犯がこの辺りをうろついていると言っていた。もし、そのせいなんだとしたら、この世界の明にも放浪癖があるんだ。基本的なところは一緒か。なんて思いながら、不思議なオブジェのような形をしたベンチに座った。

「・・・はぁー・・」

溜め息を吐いて、パーカーのポケットに入れていた護符チェンジャーを取り出した。さっき試したけれど通信機能はだめになっていた。仲間と連絡も取れない。腕に付いた時計のような形をしたメダルをその中心に入れた。とにかく誰かと話をしたかった。

「・・黄塵?」

 公園のベンチで誰かと話しているようなトオルを見つけた。一体誰と話しているのか、やはり殺人犯の仲間か。心の中でドキドキと不思議に興奮していた。

「どうやったら、元の世界に戻れるかな。一人なんて寂しいよう。雅に会いたい、誠に意地悪言ってほしい。翔に慰めてほしい、信さんに、褒めてほしい。・・・みんなに、会いたいよう。僕一人なんて・・・怖いよ。」

泣いているのか?小さく震える肩はここから見てもわかるくらいに華奢で、幼い少年なんだと今更認識して、嫌な心地が胸を支配する。

「わかってる、わかってるよ。黄塵、タイムラグーンを探すよ。ちゃんと、僕一人でも・・元の世界に戻る方法を見つけるよ。」

止めようとしても留まらない涙と不安。それでも、僕は正義の味方なんだから。手の中にある護符チェンジャーを握りしめて、ポケットに戻した。ぐいと涙を拭って意識を集中する。手の上に術気を集める。だんだんと温かくなる、そこに向かって声を紡ぐ。

「黄、出ておいで。」

ポンッと空気が弾ける音がしてトオルの目の前にどこからか黄色い小さな犬が現れた。

「ご主人、ご主人、」

「黄、タイムラグーンを探してこられる?たぶん、僕と同じ匂いをしているはずだ。」

「くんくん」

小さな犬は、ひくひくと鼻を動かすとピョンと駆け出した。それを見送るとトオルは、またぼんやりと空を見上げた。

「集中するんだ、徹。大丈夫、大丈夫、」

油断すると涙が出そうになる。何もすることがないと不安になる。空を見上げて落ちてこないように。今、弱気になっちゃダメなんだ。

僕が弱気になっちゃ、ダメなんだ。

わかってる、わかっているよ、黄塵。

だけど、だけど、やっぱり心細いよ。

寂しいよ、怖いよ、どうしたらいいかわからないよ。

「だい、じょ、ぶ・・っ」

黄が帰ってきたら、ちゃんとタイムラグーンに立ち向かうから。

だから、今だけ、ちょっとだけ。

泣いて   いいでしょ、

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