第1話 再会そして新チーム

ここは、地球からおよそ150万Kmの距離にあるL2ステーション。地球と太陽の引力と公転軌道の遠心力がバランスする第2ラグランジュ点(L2)にある巨大な宇宙都市である。ここにあるスペースアカデミーは、多くの宇宙船乗りを育ててきた専門教育機関だ。アカデミーはその専門課程、つまり、宇宙船運航に必要な様々な専門分野に特化した教育課程と、基礎課程、つまり、一般教育と専門課程に進む前の準備を行う教育課程に分けられている。そして、後者の基礎課程は、一般の高校教育課程を含んだ形で行われている。形としては一貫教育ではあるが、基礎課程修了後に他の方面へ進む可能性も考慮して、名目上分離されているのである。そのため、基礎課程は附属高と呼ばれたりもする。


俺は中井ケンジ、今日から附属高の2年になる健全な男子である。いましがた新学期の始業式が終わり、教室に戻ってきたところだ。実のところ、この一年ほど、附属高のレベルの高さに、かなり打ちのめされてきた。進級だって恥ずかしながら追試のあげくにようやく・・・といったところだ。本来、どうして俺なんかがここに入学できたのか、自分でも不思議なのだが、俺には時々、神ががりみたいなことが起きる。それは、システムを介して他の誰かと情報共有している時に突然発生する。それが起きると、自分が知らなかったことや、経験もしていないようなことが、なぜかすべて知っていたことのように理解できてしまうのだ。この附属高の試験の際にも、それは起きた。そのおかげで、俺はここに入れたわけだが、入ってからはさっぱりで、一年間ついて行くのに苦労してきた次第だ。


最後にそれが起きたのは、入学式前日。地球から入学式が行われる第6静止軌道ステーションまでのフライト中だった。地球低軌道で軌道間遷移のための待機中に強烈な太陽嵐が発生、生じた磁気嵐でパイロットがインターフェイスのオーバーロードを起こして意識を失い、たまたま居合わせた俺と、今、前の席に座っている美月、フルネームは星野美月・ガブリエル、彼女の両親は遺伝子工学者、とりわけ父親は教科書にも名前が出てくるアンリ・ガブリエル・・という、まぁ、なんというかセレブのお嬢様なのだが、その美月と俺の2人が、どういうわけかパイロットの代わりをすることになってしまったわけだ。


言っておくが、最初にそれを言い出したのは俺ではない。この美月である。だが、結局俺も巻き込まれ、それからが大変。何度も襲ってくる磁気嵐でシステムをやられながら、なかばアクロバットみたいな操縦をして、墜落を回避。加速ステーションとの無理矢理のランデブーで、静止軌道に上がるための移行軌道であるトランスファー軌道に乗せてもらったのはいいが、燃料切れとかコンピュータの不具合とか、またしてもトラブルに襲われ、救援のタグボートとのランデブーにも失敗してしまう。もうこれまでか・・・と思った時に、非常通信を聞きつけた大型の恒星間貨物船、ヘラクレス3に救助されたという顛末。その途中、操縦のためのバーチャル・パイロット・インターフェイス(VPI)を使って、TS5型シャトルのシステム経由で美月と情報共有モードに入った時、それがまた起きた。俺たちが生還できたのは、その「神がかり」おかげだったのかもしれない。だが、それ以来、そんな力とは、ずっとご無沙汰だ。


ちなみに、美月は去年、俺とは別のクラスにいて、しかも俺とは違うタイムゾーンにいたので、ほとんど会うことがなかった。こうした宇宙都市は、多くが8時間差のある3つのタイムゾーンに分かれている。こうして生活時間に差をつけることで、24時間、都市機能を維持しているわけだが、生活時間は一部重なるものの、一方がオフの時、他方は授業があったりするわけで、交流できるタイミングはかなり少ないのだ。


人工重力装置が一般化している現代の宇宙都市では、もはや昔のように回転による遠心力で重力効果を生む必要が無い。そのため、都市は円筒形のステーション(正確には円筒形の強化シールドで覆われた正三角柱)の表面に配置され、24時間で一回転して昼夜を生み出すようになっている。天井の強化シールドは適切に太陽光を調節、散乱して地球の青空のような景色を作り出してくれる。もちろん朝夕の空も再現されるので、生活感覚は地球上にきわめて近い。唯一違和感があるとすれば、またたかない夜空の星くらいだろう。それはすばらしい満天の星空だが。


まぁ、あまり一度に多くのことを話してもしかたがないので、これまでの話はおいおいするとして、今の話に戻ろう。2年目からは基礎課程でも、実際の宇宙艇を使った訓練が実施される。そのために1年では基本的なシミュレータ訓練を終わらせてある。生徒は、それぞれの役割、つまりは志望する専攻科目ごとに、各実習チームに参加する。1チームは、パイロット2名、ナビゲーション1名、エンジニアリング1名、コミュニケーション&インテリジェンス、略してC&I1名、そしてメディカル1名の6名で編成される。これが、小型宇宙艇一機を飛ばすためのクルー構成だ。ちなみに、俺と美月はパイロット志望である。チーム編成は、学年のはじめに、各自の希望を入れながら調整して決めることになっている。だが、実は俺たちのチームは既に数日前、美月を含めて全員決められてしまっている。うちのクラスの担任教師であるフランク・リービスと、その他女子2名の陰謀によるものだ。今朝発表されたクラス分けも、それを反映して、チーム全員同じクラスである。まさに教師の職権恐るべし・・だ。だが、美月はまだそのことは知らない。


そもそも、こうなった理由は美月が持つ特殊なコンポーネント構成、というよりも、脈絡無く詰め込まれた雑多なコンポーネントが情報氾濫を引き起こすことで、ゾーン2、つまり美月が元々いたゾーンでチームが組める相手がいないということにあるわけだ。これは彼女自身のせいではなく、遺伝子工学者である両親の仕業なのだが、なぜか俺と組むと、うまくいってしまうのは、先に話したシャトル事故の際に実証済みである。(個人的にはあまり嬉しくもないのだが・・・)なので、フランクは、美月をこのゾーン1に移動させたというわけだ。


これはあまり思い出したくないのだが、シャトル遭難で覚悟を決めた時に、俺は美月に、お前を守ってやるとか、ずっと一緒にいるとか言ってしまったのである。もちろん、追い詰められた状況下でだが、そのときは本心から出た言葉だったような気もする。だが、奇跡的に助かって、その後、美月はどうやら、その言葉を根拠に俺を下僕化しようと考えてしまったようなのだ。去年、一年離れたことで、もう時効だろうと思っていたのだが、そう甘くはなかったらしい。さて、今年も前途多難である。



「よーし、席に着いてくれ」


担任教師のフランク・リービスが入ってきた。フランクは、昨年はゾーン2つまり、今俺たちがいるゾーン1より8時間遅いタイムゾーンを受け持っていたのだが、今年からこちらに移ってきた。昨年俺たちの入学と同時に着任した2年目の教師で、恒星物理が専門の研究者だ。教師は研究の片手間という話だが、パイロットとしての腕前もかなりらしい。それに女子の人気ランキングはトップレベルのイケメン教師である点がちょっと憎らしい。


「さて、明日から授業が始まるわけだが、その前に、今年度の実機演習のチーミングを決めなければいけない。そこで、各自、まず自分が組みたい相手をこのフォームに入力してもらおうと思う」


フランクがそう言うと、俺の目の前に、記入フォームが表示された。これは、教室のアウトバンドインターフェイスを経由して、俺の視覚に直接投影されている。アウトバンド、正しくは、アウト・オブ・バンド(帯域外)インターフェイスは、視覚や聴覚の拡張により、可視聴域外の光や音を通信手段として使って、外部と情報交換するためのコンポーネントである。そして、それは基本的な遺伝子コンポーネントの一部として、すべての人が保有している。なので、直接、送られてくるこのフォームは自分にしか見えないし、これに記入した内容を他の生徒に知られることもない。


「念のため言っておくが、もちろん希望がすべて通るわけじゃないぞ。希望が重なるような場合や、適切な組み合わせでないと判定される場合は、違うメンバーと組むことになるから、承知しておいてくれ。それから、一部の諸君には、あらかじめ、私の方から推奨するメンバーを記入してある。異議がなければ、そのまま出してもらえると助かる。」


そういう意味では、俺に渡されたフォームには既に全員の名前が記入されているわけで・・・、たぶんこれは他のメンバーも同じだろう。つまり、数日前の根回し通りの人選になっているわけだ。ちなみに、俺のチームは、俺、美月の2名がパイロット。それからナビゲーションに沢村ケイ。彼女は入学式当日に出会って以来、一年間同じクラスで、シミュレータ実習も同じチームだった。とにかく元気で賑やか、ちょっと脱線気味な女子である。そして、エンジニアリングは、ジョージ・エイブラムス。ゲーム好きでオタク、しかしちょっと天才肌で遅刻と居眠りが玉にキズの男子である。基礎課程1年目にして、難攻不落のはずだったアカデミーのセンターコンピュータをハッキングして謹慎を食らったのは、教師や生徒たちの間でも有名だ。今日も初日から遅刻でフランクにお灸を据えられた。彼も1年間一緒のチームでケイや俺の遊び仲間だった。メディカルはマリナ・クレア。附属校トップ入学で、その後も試験ではずっとトップをキープしている秀才女子。前期はこのクラスの委員長に決まっている。でも、このメンバーの女子の中では最も性格が素直というか、天然というか・・・、いい感じの女子だ。彼女も入学式当日に出会った一人。昨年、クラスは違ったが同じゾーンだった。ケイと仲がいいので、時々、一緒に遊んだりしていたからよく知っている。C&Iは美月と同じゾーン2から移動してきたという謎の女子、サマンサ・エドワーズ。彼女に関しての情報はまったくない。そして、リーダー役は俺らしい。なんで俺?と思うのだが、確かに考えてみれば、一筋縄でいかない連中ばかり。誰がやってもなにかしら問題が出そうだ。まぁ、中でも一番取り扱いが難しい、星野美月の扱いに慣れている(あまり慣れたくはない・・のだが)俺が適任なのかもしれない。


「よし、記入したら提出してくれ。あとは、システムが希望をとりまとめて、総合判断して決めてくれるはずだ。」


ちょっと抵抗してみたい気もしないではないが、それはたぶん無駄だろう。この組み合わせは、システム上では既に確定扱いになっているはずだ。変えたところで戻されるのがオチである。残念ながら受け入れるしかない。俺は、そのまま提出ボタンにタッチする。


仮想的な画像にタッチするというのもおかしな話だが、アウトバンドを使った情報交換では、入力にこうしたジェスチャーを使う場合が多い。それに、単なるジェスチャーではなく、ちゃんと触った感触がフィードバックされてくるのである。俺の動きをモニターしているコンピュータが、アウトバンドを通して送ってくる仮想現実感だが、それは、実際にそこにタッチパネルがあるのと同じ感覚だ。


俺は提出してから、周囲を見回して他のメンバーの様子を確認する。ケイ、マリナ、ジョージの3人はこの状況を知っているので問題ない。互いに顔を見合わせて確認している模様。さて、問題は俺の前にいる美月だ。なんとなく固まって宙をにらんでいる。(仮想映像を見ているので、そう見えるのだ)そして、いきなり俺の方を振り返って・・・

「ケンジ、なによこのメンバー。あんた、もしかして知ってたわけ?」


と、いきなり俺にくってかかるわけで。


「あ、いや、俺も今見たところだ。でもまぁ、知らない連中ばかりでもないし、いいんじゃないか?」


まさか、根回し済みとも言えないので、ちょっと、とぼけておくことにしたわけで・・。


「あんたはいいわよ、でも、ちょっと出来過ぎてる気がするわね」

「まぁ、確かにそうだけど、たぶん、フランク先生が俺たちのことをよく知ってるからじゃないのか?」

「・・・」


美月は、まだちょっと不満そうな顔をしている。とは言え、彼女はこのゾーンのメンバーをほとんど知らないから、他のメンバーを指名することも難しい。まぁ、こいつの性格から言うと、自分に選択肢が与えられないということが面白くないのかもしれないのだが。


「まぁ、いいわ。いずれにせよ、あんたがちゃんと仕事をしてくれるなら、問題ないわよね」

「え、し、仕事・・・って?」

「だって、あんたリーダーでしょ。だったらメンバーの面倒を見るのはリーダーの仕事よね。なにか文句でも?」

「い、いや、たしかにそうだが、それはあくまで実習チームの話だよな」

「チームワークを円滑に進めるためには、普段の付き合いも重要なはずよ」

「まぁ、それは確かだが・・・」

「ということで、仕事はきちんとしなさいよ!」

「あ、ああ・・・」


なんだか、こいつの仕事という言葉には、かなり個人的な内容が含まれていそうな気がするのだが、とりあえず、納得してくれるなら、今のところそれは考えないでおこう。


「星野、あとはお前だけだが・・・」


とフランク。美月は、ちょっと口をとんがらせながらも、提出ボタンに触れる。

その瞬間に、俺の前のフォームの色が変わって、確定、承認済みのステータスが表示された。


「よし、これで全部揃ったな。手元に調整結果がフィードバックされていると思う。各自、システムから最終案が提示されていると思うが、未確定になっているチームは。それで問題なければ確定させてほしい。いいかな?」


周囲を見回すと、多少首をかしげている生徒はいるものの、間もなく全チームが確定したようだ。


「よし、今日のところは、これで終わりだ。あとは、新しいチームで親睦を深めるといいだろう。では、明日からよろしくな。」


フランクはそう言うと、手を振りながら教室を出て行った。生徒たちは、それぞれのチームごとに集まりだしている。ケイとマリナ、そしてジョージが俺たちの所へやってきた。


「さて、親睦でも深めてみますか?皆さん、よろしくっ!」

「なかなか面白そうなチームだよね。パワーありそうだし。楽しみだね」

「皆さん、よろしくお願いしますね。」」

「ああ、みんなよろしく」

「・・・」


見たところ、美月はまだちょっと不満そうにしている。


「ねぇねぇ、星野さん。ゾーン2の話も聞かせてよ」


とケイがすかざずジャブを放つ。


「話す事なんて何もないわよ。どうせ私はあっちでも疫病神だったんだから。あんたたちも覚悟しといたほうがいいわよ」


と美月が軽く返す。


「ふーん、ゾーン2の奴らもひどいねぇ。こんな可愛い娘つかまえて、疫病神とは。まぁ、どれくらい疫病神か、ちょっと楽しみだけど」

「言っとくけど、後で後悔しても知らないからね」

「大丈夫だよ、その時はこっちの下僕さんに責任とってもらうからさ」


お、俺かい?いきなりこっちに振るのか。


「あれ、ケンジって星野さんの下僕だったのか? そう言えば、星野さんって、あの34便の時の相方なんだよね。俺は、ジョージ・エイブラムス。よろしく」

「あんたがエイブラムス? あの、センターコンピュータをハッキングした?」

「あはは、ゾーン2でも有名になっちゃったか。謹慎3日食らっちゃったけどね。あ、俺のことは、ジョージでいいよ」

「あたしのことも、みんな美月でいいわよ。私だけラストネームじゃおかしいでしょ」


ほぉ、美月にしては協調的だ。こいつもゾーン2の一年間で少しは進歩したのか。


「美月さん、改めてよろしくお願いしますね。私も、マリナでいいですから」

「ケイさんも、よろしくっ。あれ、そういえばもう一人は?」


そうそう、サマンサ・エドワーズって・・・。と振り向いたとたんにそこに顔があった・・。ほとんど、おデコにキスしそうな距離である。そんな気配はまったく無かったのだけど。


「うわっ・・・・」


俺はちょっとびっくりして一歩下がる。


「サマンサ・エドワーズ。C&Iを担当します。よろしく」

「あ、いたいた。私は沢村ケイ、ナビ担当でーす。あ、ケイでいいからね。よろしく」

「お、俺は中井ケンジ、パイロット担当。い、一応だが、リーダーということになってる。よろしくな。俺も、ケンジでいいから」

「マリナ・クレアです。メディカルを担当します。よろしくお願いしますね。私もマリナと呼んでください」

「僕はジョージ・エイブラムス。エンジニアリング担当。情報・通信系でなにか不都合があったら言ってくれればなんとかするよ。僕のことも、ジョージでいいから」

「星野美月・ガブリエル。パイロットよ。美月と呼んでいいわ。あっちで顔は知ってるわよね」

「よろしく。私のことは、サムと呼んで・・・」


これで、とりあえず全員揃ったわけだが・・・・


「さて、リーダー、これからどうする?」

「どうって・・・、いきなり言われてもなぁ・・」

「あんたね、リーダーでしょ。そんなことも考えつかないで、先が思いやられるわ」


おいおい、そりゃ、無茶振りだろう。まぁ、リーダー役そのものが無茶振りなんだが・・


「とりあえず、街に出てみるってのはどうだい?」


ジョージが助け船を出してくれたので、俺はそれに乗ることにする。


「そうだな、とりあえず出てから考えようぜ。そうしよう」

「あいかわらず、行き当たりばったりよね。一年前と全然変わってないわ、そんなところが」


そう簡単に変わってたまるものか・・・、などと俺は思いつつも無視を決め込むことにする。だが、・・


「一年前って、あのシャトル事故の時の話? それ、もっと詳しく聞きたいな。ケンジってば、いつもごまかして教えてくれないんだから」

「あ、僕も聞いてみたい。降下軌道から射出用の加速磁場に乗ったんだよね。前から興味があったんだ」


いかん、この話は一年間封印してきたのだ。なぜなら、最後に誰もが聞きたがる部分は、最終的に救助される直前の・・・・あの部分なわけで・・・。


「と、とりあえず出てから話そうか・・・・」


と、俺は全員を促して、教室を出る。しかし、行く当てはなかったりするのだが・・


「あ、この前行ったお店はどうでしょう。いい感じのお店でしたよね。あそこならお話しもしやすいし」

「あ、あそこね。いいかも。そうしようよ」


マリナの提案にケイがすかさず同意する。マリナさん、あなたは俺が困ったときに、いつも助けてくれる天使のような・・


「ケンジ、あんた、そうやってこの二人と仲良くやってたわけ?」

「仲良く・・・って、そりゃ、同級とか隣のクラスとか・・・だったしな。美月だって・・・」


と言いかけて、俺は一瞬言葉に詰まった。そうだ、こいつはたぶん、一年間、孤独に過ごしてきたんだ。そう思うと次の言葉が見つからない。


「ええ、私も時々遊んでもらってましたよ。これからは美月さんも一緒ですね。楽しくなりそうです」


おお、絶妙のフォローです。マリナさん!


「だね。まぁ、ケイさん的には、ライバルが増えてちょっと困るところもあるんだけど、とりあえず、仲良くやろうよ」

「おお、なんだかケンジのハーレムみたいじゃないか。羨ましいな」


おいおい、冗談じゃない。ハーレムどころか、修羅場になりかねない。俺は命がいくつあっても足りないっての。


「そんないいもんじゃないような気が・・・」

「あんた、なにか不満でも?」

「あ、いえいえ、不満なんか・・・ございませんです。」

「おお、さすが下僕殿。ご主人様には従順だねぇ」

「おい!・・・・」


そんな会話をしながら、俺たちは街に繰り出した。


街はちょうどお昼時。お目当ての店は結構混んでいて、少し待たされて、テーブルに案内された。


「おなかすいたよ~。とりあえずランチだね」

「そうですね。ちょうどいい時間ですし」


俺たちは、それぞれに食事を注文する。ここのシステムもさっきの教室と同じでアウトバンドでメニューが送られてくる。注文したい料理にタッチすれば注文完了だ。


「ねぇ、何にする? 私はこのレディスランチがいいかな」

「そうですね。軽いめのメニューですし。私もそれにします」

「僕は、そうだな、・・・スペシャルメニューで・・・」

「なんだよ、そのスペシャルってのは?」

「あはは、見てのお楽しみ」

「ジョージ、まさか、また?」

「おいおい、また謹慎食らうぞ」

「大丈夫だよ、ここは代金さえきちんと払えば文句は言わない。まぁ、それで何かあっても自己責任だけどね」


どうやら、ジョージはこのカフェのシステムにも裏技を使えるらしい。


「ここのシステムは穴だらけ・・・ でも、記録は残るから、ごまかしても後で請求が来る」


サムが口を開いたのは、これが最初か・・・。彼女もC&I志望だけあって、システムには詳しいのだろう。


「でも、その組み合わせは・・・・デンジャラス」

「え、僕の注文わかったの?」

「調理ドロイドへの指令をインターセプトした」

「さすが、C&Iだねぇ。ジョージの上前をはねるとは」

「まいったな。その手があったか。C&Iは情報のルーティングも制御できるからね。いわゆる、マン・イン・ザ・ミドルってやつだね」

「そう。ここの通信装置はセキュリティが甘い。偽の経路情報を受け取ってしまう。あ、正確にはガール・イン・ザ・ミドル」

「なになに、そのイン・ザ・ミドルってのは?」

「ああ、システム間の通信は、適切な経路を選んで伝送されるようになってるんだ。これを制御するために通信機器間で受け渡されるのがルーティング、つまり最適な通信経路の情報なんだけど、もし、偽物の経路情報を通信機器が受け入れてしまうと、本来の経路をねじ曲げることができるんだよ。たとえば、全部の通信が一旦、自分を経由するようにするとかね。そうすると、他の通信の中身を覗いたり書き換えたりすることができるんだ。本来の通信相手の間に入り込むという意味で、イン・ザ・ミドルなのさ」

「それって、盗聴って言わないか?」

「まぁね。でも、最低限のセキュリティすらかけていないこの店の方が悪いって話もある。それに、覗いたのがこのテーブルからの通信だけなら、問題ないだろうね。まぁ、これがVUなんかでの一般の通信だったら、明らかに犯罪になってしまうんだけど、VUの場合はかなり強固なセキュリティをかけてるから、僕にも破るのは無理だ」


いやはや、ジョージだけでも大変なのに、このサムって娘も、なかなか手強そうだな。ちなみに、VU(ヴィユー、バーチャルユニバースの略)ってのは昔風に言えばネットみたいな物だ。今では地上だけではなく、宇宙都市や各種の衛星をも繋いでいる。単なる情報だけではなく、インターフェイスを介した仮想現実感まで伝送できるので、たとえば、地上と宇宙都市の間での仮想会議みたいなこともできる。恒星間通信でも実験中だが、遅延がかなり大きいため、今の通信方法を変える必要があって、まだ実用化はされていない。


「ところで、美月は何を注文したんだ?」

「関係ないでしょ! 何でもいいじゃない」

「はいはい。でもまぁ、来れば分かるんだし、隠しても無駄だろ」

「うるさいわね」


どうやら美月もちょっと大胆な注文をしたようだ。サムに聞いてみたい気もするが、敢えて火種を蒔かない方がよさそうだからやめておこう。


「ところでさ、C&Iは最初の一年、別課程で実習するじゃない。どんな実習してたの?」

「主に、情報処理能力に関する実習。とりわけ、多元的情報処理の訓練が中心。ある事象について、異なる視点からの情報を総合して、その事象の本質を推定、分析すること」

「ふーん、なんだか難しそうだねぇ」

「たとえば、メディカルが、いろんな症状から病名を推定するようなものですよね。それをもっと一般的な形にしたような」

「そう。抽象的な情報処理能力と同時に、出来るだけ多くの情報ソースとインターフェイス出来ることが、C&Iの条件。でも私は、あまり多くのインターフェイスを持っていない。情報は他人頼み。そういう意味では、C&Iとしては欠陥品」

「でもさ、C&I志望でいられるってことは、情報処理能力はかなり高いよね。さっきのだって、一応、暗号化されてる通信を解いたわけだから。だったら、船の情報系をうまく調整できれば、ある程度情報をたばねて渡すことは出来ると思うよ」

「あの暗号は古いタイプの物だから解読法はもう分かってる。ちょっと計算能力があれば解読できる」

「でも、あの短時間でそれをやったんだ。それはすごいと思う。僕だったら1時間くらいはかかるかもしれない」


ジョージは、このサムがちょっと気に入ったみたいだ。まぁ、あくまでも彼のオタクセンサーが反応したのだとは思うが。


「ねぇ、暗号ってそんなに簡単に解けるの?」

「いや、たぶんそれはこの二人だからじゃないか? 少なくとも俺には何がなにやら分からん」

「たぶん今の最新型の暗号だと、アカデミーのセンターコンピュータを使っても何十年か、かかるんじゃないかな。それだけ時間がかかると、情報としての価値は、ほぼなくなってしまうから大丈夫だと思うよ」

「正確には75年と231日12時間3分35秒かかる。但し、センターコンピュータの量子演算ユニットを、そのためだけに全部使っての話だから非現実的」

「それを聞いてちょっと安心しました。メディカルはプライバシーに関わる情報が多いですから、漏れたら大変なんですよね」

「そう単純じゃないわよ。暗号化する時って、それを解くための鍵になるデータを使うでしょ。その鍵が盗まれたら、どんな強力な暗号だって、あっという間に解かれてしまうのよ。だから、理論的な解読時間はあくまでも暗号鍵が盗まれないという前提よ」


と美月が横から口を挟む。これはちょっと意外。まぁ、彼女も優等生のたぐいではあるわけだが、知識の範囲もかなり広そうだ。


「そうそう。そうなんだよね。だから、暗号化されたデータを力づくで解読するなんてことは普通やらないんだ。鍵が保管されているシステムに侵入してそれを盗むってのが、大方の犯罪者の手口なんだよね」

「さすが、センターコンピュータをハッキングした人は言うことが違うねぇ」

「だから、それは言いっこなしだって」

「まぁ、暗号鍵自体も、保存するときは別の暗号を使って暗号化してあるから、それほど単純にはいかないけどね。ただデータ本体に比べれば、解読のための計算量は少なくてすむから、どのみち鍵を手に入れるのが早道なんだよね」


なんとなく怪しい会話になってきている気がしているのは俺だけだろうか。公共の場でこんな話をしていて大丈夫だろうか、などとちょっと心配になってきた時、ウエイトレスが料理を運んできた。ウエイトレスとは言っても、アンドロイド、つまり人型のロボットなのだが、これがまた、人と区別がつかないくらいよく出来ている。


「お待たせしました。レディスランチでございます」

「あ、それは私とそちらで」


とケイ。


「あ、お先にどうぞ」

「じゃ、お言葉に甘えていただきます」

「それじゃ私も、いただきます」


間もなく次々と料理が運ばれてきた。


「ハンバーグランチでございます」

「あ、それは俺です」

「サラダランチでございます」

「それは私・・・」


さて、問題の二人は何を頼んだんだろう。最後になるってことは、手のかかる料理に違いない。俺は自分の料理を食べながらも興味津々で2人の料理が運ばれてくるのを待っている。


「お待たせしました。14オンスのクラシックステーキでございます」

「それはこっち」


と美月。おいおい、真っ昼間から特大ステーキかよ。どんだけ肉好きなんだ、こいつは。


「おお、すごいねぇ。美月って肉食派だったのかぁ」

「悪い? このところ肉とはご無沙汰してたから食べたかったのよ。まぁ、地球で食べてた肉に比べたら安物だけど」

「ケンジ、喰われないように気をつけなよ」

「誰がケンジなんか。そんなもん食べたら腹壊すっての」

「そんなもん? 喰いたいと言われても、こっちが願い下げだ!」

「ほらほら、痴話喧嘩しないの」

「痴話喧嘩?」


俺と美月が同時に・・・不覚にもかぶってしまった。


「お、やっぱ仲いいねぇ。きっちり反応がかぶってるし」

「そ、そんなんじゃ・・・」


まただ・・・。


「ほらほら。二回連続ってのは、偶然にしても、かなり確率低いと思うよ」


そして今度は二人とも黙り込む。これもかぶってる。こいつとそこまで気が合うなんて、あまり考えたくないのだが、たぶん向こうもそう思って様子を見ているのだろう。しばし、沈黙が・・・。その時、最後の料理が運ばれてきた。


「け、ケーキかよ」


そう。スペシャルメニューは、大皿いっぱいに乗せられたショートケーキ。そして、大ジョッキにつがれた黒い泡立つ液体。


「ねぇ、その不気味な飲み物は何?」

「あ、これね。大昔流行ったコーラってやつ。一度飲んで見たかったんだよね。データベースからレシピを持ってきて、調理ドロイドに流してみたんだけど」

「おい、大丈夫か、そんな物飲んで・・。しかも、飯の代わりにケーキって・・・」

「いやぁ、なんか甘い物が食べたくてね。あ、たぶん一人じゃ食べきれないから、デザート代わりに食べていいよ」

「デンジャラス・・・」


たしかに。この砂糖の塊みたいなケーキと不気味な液体、いやこれも甘そうだ。いくらなんでも、炭水化物の摂り過ぎだろう。俺もサムの意見には同意する。


「でも、おいしそう」


とサム。


「あ、いいよ好きなの食べて」

「じゃ、私はイチゴのいただきっ!」


と、ケイが先に手を出す。案外、ジョージは女子受けする行動を無意識に会得しているのかもしれない。結局、マリナと美月も一切れずつ。


「そりゃそうとさ、さっきの話だけど・・・」


口にケーキを入れたまま、ジョージが言う。


「ジョージ君、お行儀悪いよ。食べてからにしなさいよ」


と言ってるケイも同じなのだが・・・。ジョージは口の中のケーキを、そのコーラとかいう不気味な液体で流し込んでから続ける。


「TS5型飛ばした話が聞きたいなぁ。あの機種の制御システムは最新型なんだよね。フライトコンピュータだけじゃなくて、各部の制御用コンピュータが独立して自律的に動けるんだ。ちょうど人間の神経系みたいに、フライトコンピュータやパイロットの指示を、それぞれの部分が学習するんだよ。それだけじゃなくて、フライトコンピュータなしで、互いにうまくバランスが取れるように協調して動けるんだ。だから、フライトコンピュータの負荷が大幅に軽減された分、いろんな機能が増えてるらしいんだよね。旧システムに慣れたパイロットだと、最初は違和感があるみたいなんだけど、どんな感じだった?」

「いや、違和感もなにも、操縦したのは初めてだしな。でも、たしかにマニュアル操縦も思ったほど難しくなかった気がする」

「え、マニュアルって、本当にマニュアルで飛ばしたの?」

「いや、俺も出来るとは思わなかった。シミュレータでやったときは5分でアウトだったんだけど、不思議だよ」

「ケンジ、あんた、誰かを忘れてないかしら?」


いきなり美月が割り込んできた。


「あんたが一人で操縦したみたいな言い方しないで欲しいわね」

「あ、いやそんなつもりじゃ・・・」

「そもそも、あんたは私のバックアップじゃない。まぁ、私一人でも出来たとまでは言わないけど、忘れてもらっちゃ困るわ」


いかん、美月が黙っているのをいいことに、ちょっと調子に乗って喋ったのが、ご機嫌を損ねたようだ。でもまぁ、美月が言うのにも一理はある。彼女のインターフェイスからの情報がなければ、俺一人ではダメだったかもしれない。それに、彼女のダイレクトインターフェイス(DI)ユニットが保護回路を強化した高級品じゃなければ、二人とも磁気嵐のショックによるオーバーロードで死んでいたかもしれないのだから。


「忘れてなんかいないさ。あれは、美月がいたから乗り越えられたんだしな。感謝してるんだ」


と俺はちょっとフォローに走ることにした。


「そ、そうよ! 感謝しなさい。私だって・・・あんたがいなかったらダメだったかもしれない。そういう意味じゃ、感謝してるんだからね」

「おお、なんかいい感じですなぁ。ケイさん的にはちょっと妬けますが」

「そう言えば、フランク先生が、お二人は相性が抜群、とかおっしゃってましたよね。羨ましいです」

「ご、誤解しないでよね。別に、私はこいつなんか・・・・」


美月が赤面して口ごもる。相性というのは、そういう意味とは違うと思うのだけど。


「相性って、そういう意味じゃなくて、なぜだか分からないんだけど、情報共有がすごくうまくいくんだよな」

「そ、そうよ。情報共有の話だから。でも、確かに不思議なのよね。ケンジが相手だと、うちの親が私にやった人体実験みたいなインターフェイスからの情報がきれいに整理されるのよ」

「それは、興味深い」

「うん、なんだろう。僕もちょっと興味があるな。そうだ、ちょっと試しに遊んでみないか?」

「遊ぶって、どうするの?」

「ゲームセンターに行ってフライトシミュレータで遊ぶ。あれ、実はアカデミーのデータベースから一部のデータをもらってるから、リアルに近い操縦ができるんだよ。ちょっとこのチームで試しにやってみないか?」

「お、いいね。実習前の予行演習か。やろうやろう」

「面白そうですね。是非」

「あんたたち、知らないわよ。目が回っても・・・、私の情報量はハンパじゃないんだからね」

「そうだな、まぁ、実習でいきなりやるよりは、一度練習しといたほうがいいかもしれない。やってみようか」


そんな感じで話がまとまって、俺たちは、近くにあるゲームセンターに向かったのである。

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