27. 狂騒の夕べ

 最初に登場したのは、パンプキンヘッドを被った十人の集団だ。オレンジの頭に深緑のマント、手には紫のステッキを持っていた。

 広場の中央で散会した彼らは、「ハッピーハロウィン!」の掛け声と共に踊り出す。

 演出スタッフも控えていたようで、不気味ながらポップな音楽もどこからか掛かり、祭りの開始が広場中に知らしめられた。


 午後五時二十八分、俺たちが動くまであと少し。

 二組目はとんがり帽子被った魔女の一団で、とう編みのバスケットを抱え、胸元の大きく開いた黒ドレスに身を包む。

 通行人にキャンディを配り出した彼女たちを見て、鼻の下を伸ばした青年が、連れ立つ恋人から肘鉄を喰らっていた。

 三組目は、白シーツで全身を覆ったオバケたち。四組目に現れたゾンビメイクの集団は、仕事を上がった研究員らを追いかけ回す。


 彼らを呼んだのは、サヤだ。

 彼女は十二のパフォーマンスグループに、タワー前でハロウィンイベントを催すように依頼した。

 これだけ派手に騒げば、音楽や叫びを聞き付けて、徐々に人が集まってくる。

 物見高い連中に混じり、当然ながら街を巡回する警備員も呼び寄せられた。

 無許可のイベントを中止させるべく、まず魔女の一人へ警備員が近づく。


 ここで午後五時三十分。定刻キッカリの決行とは、幸先がいい。

 俺は汎用端末を使い、ヒナギへ合図を送った。


「いくぞヒナギ、消してくれ」

『了解』


 許可は下りているはずだと魔女が抗弁すると、警備員は自分の端末で認可データを照会しようと試みる。

 サーバーからの回答は、“照合不能”。

 ヒナギが管理事務所のPCを白塗りしている間は、エラーしか返ってこないだろう。メインサーバーを、外から見える場所に置いておく方が悪い。

 自分の端末が故障したのかと疑った警備員は、駆け付けた同僚にも照会を頼む。


「もう一回……、消せ」

『了解。……ん、やり過ぎたかも』

「どうした?」

『データベースに不整合が出たみたい。事務所職員が慌ててる』

「管理システムが落ちたんなら、もっと好都合だ」


 三分量の複製を二回、これでシステム破壊まで成功したならラッキーだ。運はまだ、俺たちに味方している。

 ベンチを離れた俺は、騒ぎの大きくなってきた広場に進み出て、手頃な獲物を物色した。

 ゾンビから逃げようとした中年研究員が、街灯にぶつかってコケそうになるのを支えてやる。


「ありがとう! ハロウィンフェスとは、粋な計らいだね。所長の発案かな」

「向こうでドラキュラが、カボチャグッズを配ってたよ」

「おー、貰いに行ってくるよ。子供の土産にしよう」


 軽くてを挙げて研究員を見送ると、右手に隠し持ったカードを一瞥した。

 中央情報ビル二階C室勤務、地方情報管理副主任、下級権限。

 他にも二人IDカードを掏り盗ることに成功したが、どれも下級権限者だった。少なくともこれで二階、いや三階までは上れる。

 カードホルダーに獲得した本物・・を挿し込んで、タワー玄関へ目を遣った。


『ショウ、上の様子はどう? 配達は到着した?』

「ピザ屋が六件、フライドチキンが七、八……十人来てるな。玄関ロビーで揉めてる」

『頃合いを見て合図して』

「分かった。しかしみんな、派手な衣装だなあ」

『ふふ、特別サービス料金も払ったからね』


 デリバリーサービスの連中も、広場のパフォーマーと変わらないハロウィン装束を着込んでいる。

 宛て先に問い合わせた警備員は、注文していないと彼らに説明した。

 そう告げられても、代金はもらったからと、配達員は料理を置いていこうとする。

 無人ドローンではなく、せっかく衣装を着て人が直接来たのだから、見て楽しんでほしいとも申し出ていた。


 俺の位置から玄関まで少し距離はあるが、双方ともがなり立てるものだから、内容は丸聞こえだ。

 そうこうしている内に、配達のバイクや車が次々と到着する。

 その数は三十組に達し、喧騒の中、しれっとタワーへ入る者も現れた。


「ヒナギ、今どこだ?」

『広場まであと一分くらい』

「クラッカーの用意をしてくれ」

『もう準備は出来てる。いつでもどうぞ』


 ヒナギとサヤへ、カウントダウンを伝える。


「五秒前。四、三、二……起爆」

『了解』

『いっけえ!』


 ヒナギが埋めておいたイベント用の発光スパークリングクラッカーが、広場の四方八方から発射された。

 爆薬の連続音と一緒に、無数の細かな銀紙が頭上を舞う。

 音は地下からも響き、微かな地面の揺れを靴底に感じた。


 一体何人が、タワー地下構造体での爆発に気づいただろう。

 広場の人々を見回す限りでは、みんな顔を上げてきらめく演出に笑っている。

 ピンクのオバケが今一度、大きな声で「ハッピーハロウィン」を叫ぶと、居並ぶ人たちはお互いに同じ言葉を掛け合って祝福した。

 玄関の警備員も広場へ視線を向け、配達員たちが始めたハロウィンダンスに苦笑いを浮かべる。


「柱は崩せたか?」

『そうすぐには……、あっ』


 少し待てと、サヤは通信を中断した。

 彼女が再び喋り出すより早く、豪雨が屋根に当たるようなノイズが受信器から流れてくる。


「大丈夫か、サヤ」

『柱にヒビが入った! やった、プレートが崩れ出してる』

「聞こえてる。うるせえなあ、それ」


 サヤは地下の柱へ入念に腐食剤を塗り、爆発でトドメを刺した。

 それでもヒビが精一杯の、頑丈な柱ではある。だが、アポートで生んだ一ミリのズレはセンチ単位に成長し、防震プレートは遂に崩壊を始めた。


 地上のタワーに変化が無いか、俺は一階から天辺てっぺんまで舐める勢いで観察する。

 剥離した壁面はないか。揺れは感じないか。

 残念ながら、垂直に切り立つ巨大なタワーには、微塵も損傷が見られない。


「ダメか。九十度に直立したままだ」

『追加の爆薬はある。使うなら指示を出して』

「そうだな。もう一押ししてやらないと――」

「待って」


 広場に到着したヒナギが背後から会話に参加して、それとなくタワーの下端を指し示した。

 壁の付け根――建物が地面から生えるきわに、黒い筋が在ると彼女が言う。

 広場から見えるギリギリ右端の位置で、言われてやっと気づくレベルの小さな違和感だ。


「手前のプレートを抜いたのなら、亀裂は北側、搬入口の方が酷いはず」

「うーん、あっ、そうか。南側の土台が弱れば、タワーは広場に向かって倒れ――」


 俺のセリフは、また途中で遮られてしまう。この時はヒナギではなく、サイレンの無機質な音がタワー周辺に響き渡った。

 地震並びに二次災害への警報だと、サヤが声を張り上げて解説してくれる。


『行って、ショウ!』

「よしっ、侵入する!」


 ヒナギも私服に白衣を重ねて、簡易な変装を施していた。

 太い腰ベルトが研究者らしくないが、これは弾薬帯を改造したサヤのお手製である。

 弾丸の代わりに、複写に使うメモリがいくつもスロットに収まっており、これがヒナギ流の戦闘スタイルだった。


 彼女にも一枚IDカードを渡し、俺たちは玄関へと走る。

 先程までの楽しげな音楽は途絶え、怒号が飛び交う狂騒が取って替わった。

 天井がやたらと高く、広々としたエントランスホールも、こう人が集まると空気が淀む。

 我先に下へ降りて来た職員に、コスプレした配達人、警備員や特襲までもが状況を把握しきれずに右往左往していた。


「みんな逃げろ! タワーが倒れるぞ!」


 俺の大音声で、皆はタワー内が安全でないと知り、一斉に外へ脱出を図る。

 悲鳴も上がる非常事態に陥れば、俺とヒナギが潜り込んでも誰が気にすると言うのか。

 ノーチェックで入り口を抜けた俺たちは、パニックを煽りながらタワー中心近くに在る階段を目指した。


 普段から各階への入り口は、普段なら電子ロックされており、チェックポイントが多い。しかし、警報発令時は別だ。

 使用禁止になったエレベーターに代わって避難経路となるため、ほとんどのドアは開放される。

 未だIDをチェックされるのは、三階から四階、そして六階から七階へ上がる途中にある踊り場のゲートだけだった。

 この二か所をクリアすれば、篠目がいるだろう七階より上へ行ける。


 篠目が真っ先に下りて来る可能性もゼロではないが、それなら階段ですれ違うだろう。そこを上手く拘束すればいい。

 溢れ出て来る人の顔を確かめつつ、流れとは逆に進んで階段へ踏み入る。

 案の定、階段では人の群れが列を作り、行儀良く下へと降りて来るところだった。


 エントランスとは異なり、まだここの人々に焦りは見られない。

 警報が鳴れば避難という規則に従っているだけで、タワーが倒れるとは、とても考えていないようだ。

 避難する職員の中に、必ず上級、更には特別権限を持つ人物もいよう。

 ヒナギに目配せして、瞬間複写の心構えを頼んだ。ターゲットを複写で見極め、俺がそいつの持つカードを奪う作戦だ。


 整列して降りてくれているお蔭で、上に逆走するのは容易たやすい。

 二階を過ぎた地点で、ヒナギが俺の耳に小声で囁いた。


「赤ネクタイの男。四階から降りて来た」

「任せろ」


 ふらついたフリをして、三段上の男へぶつかっていく。

 その身体に触れる寸前で踏ん張り、軽く頭を下げてすれ違った。

 これで上級カードが一枚。 


 もう一人、五階から降りて来た男からもカードを盗って、これをヒナギ用にする。

 四階前の踊り場、下級権限者を弾くチェックゲートまで、まずは順調に到達した。

 通常の建築物よりもフロア間が離れているため、長い階段に思ったより息が切れる。


 チェックゲートには上り下り二つの自動ドアが設けられ、下りの方は引っ切り無しに人が通るので、ほぼ開きっ放しになっていた。

 そこを強引に抜けることも出来そうだが、下手に目立つ必要は無いだろう。


 上りドアの脇に付いたセンサーにカードを掲げると、青いランプが点って四階へのゲートが開く。

 体力不足を呪いつつ、俺たちは上へ上へと足を動かした。

 ここまで来ると人の数も減り、見慣れぬ顔に不審な視線を送る職員もいる。そんな一人が、急ぐ俺を呼び止めた。


「上に何か用が?」

「亀裂が出来たらしいです。確認だけして、戻ってきます」


 気をつけろよ、と言われて軽く安堵する。

 緊急時なのが幸いして、多少のイレギュラーは見逃してもらえるらしい。


 五階から六階へ上がると、今度は別の不安が頭をもたげた。特別権限者がいなければ、最後のゲートを破壊する手間が増える。

 もう下りて来る避難者が尽きようかという時、ヒナギが呟いた。


「マザーサーバー管理部長」


 目の前に一人しかいない以上、彼女が誰を指したのかを聞き直すまでもない。

 男に駆け寄った俺は、大袈裟に心配してみせた。


「怪我はありませんか! 七階にヒビが入ったようです」

「外壁にか? サーバーの電源は落としたが……」

「逃げ遅れた人間がいるようなので、確認してきます。避難を急いでください!」

「わ、分かった」


 先手必勝とは、このことだろう。

 俺にまくし立てられて、管理部長は不審者を見咎めもせず、下へと足を早める。

 特別権限のカードは、俺の右手が握っていた。

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