24. サクラザキ
アポートしたピーナッツと残った殻を調べたサヤは、結果に満足したのか五回で実験を打ち切る。
説明を求めた俺に、昼食をさっさと済ませようと彼女は提案した。午前中には、サクラザキへと出発したいらしい。
計画は車中でも話せると言われ、俺も料理を手伝う。
食事後に俺個人の荷物をまとめて、一階へ運んだ。
荷物と言っても、着替えと日用品くらいで大した量は無い。
作戦に要る機材をサヤの指示で梱包し、順に車へ載せ、ゴムベルトで固定する。
エアクッションまで持ち出して、荷物の周りに詰めたのは、それだけ取り扱いに注意すべき荷物だということだった。
特に厳重な木箱の四面には、サヤの手書きで“危険”と記される。
爆砕ジェル――民家の解体などで使う土木工事用の爆薬だ。
これでタワーを吹き飛ばせるのかと尋ねると、そこまでの威力は無いと返される。大体、建物を全壊させてしまっては、メモリも盗めないだろうと。
化学薬品の補助を得ても、柱の何本かを吹き飛ばすのが関の山だと教えられた。
倒産した建設会社からの横流し品で、大量に確保するのは難しいそうだ。
車を動かす楽しみを覚えた俺は、運転席に乗り込もうとしたところ、サヤとヒナギの双方から止められる。
作戦前に怪我をしたくないというサヤの言い分はともかく、ヒナギの腕前の方が上なのは事実だ。
助手席も悪くなかったが、やはりヒナギは運転席が落ち着くと言う。
俺とサヤは昨日と同じく後席に乗り、ヒナギが手動で
小雨が続く中、まずはイベントグッズ店やコスプレ用品店など、城浜市内の各所に寄る。
追加の資材を購入した車は、最後に中央郵便局の前で止まった。
サヤは玄関脇のポストに手紙の束を投函して、すぐに車へ戻ってくる。
「わざわざ中央で出す意味があったのか?」
「明日の朝には着いてほしい。中央からだと、ちょっと早いし確実」
くだらない金融投資のDMを装い、彼女は四十通もの封書を作成した。
宛て先はセントラルタワーの各部署で、通常郵便で配達される。研究員が関心を持つような文面ではなく、ゴミ箱に直行するだろう。
撹乱になるとも思えず、俺はDMの目的を尋ねた。
「手紙の内容はどうでもいい、大事なのは素材。高級ハイテク紙なんだよ」
音響反応コーティングされた紙は、拾った音を微弱な電波に変えて拡散する。それを屋外の受信装置で解析すれば、盗聴器代わりになるのだとか。
諜報機関も使う最新の盗聴紙は、出した四十通で黒熊の新車が買える値段だった。
自慢げに説明するサヤの顔へ、俺は指を突き付けて黙らせる。
「盗聴紙、使っただろ」
「なに?」
「とぼけんな。俺にも使ったよな、その紙」
「ふふ」
“肉?”と書かれたメモが、脳裡にまざまざと
まあ、今頃サヤを責めても詮が無い。呆れ顔だけで許してやると、彼女は説明を続けた。
「篠目の所在が知りたいのよ。明日の夕方、タワーにいるようなら、それがベスト。奪取作戦を決行する」
「
「ヒナギ、自動運転に切り替えて。作戦手順を話すから」
サクラザキまでは、三時間の長距離ドライブだ。
俺とヒナギの端末へ、サヤは計画に要るデータを送る。その図表を見ながら、俺は彼女の話に集中した。
盗聴から始まる一連の計画には、何度も質問を挟みたくなったが、サヤは後回しにしてくれと頼む。
長くなる話は一時間にも及び、尋ねる項目を覚えておくのに、端末のメモ機能を活用した。
大胆かつ綿密。仮定の多い作戦ではあっても、これ以上タワーの内部事情を調べるのは容易でない。
一気呵成に急襲すれば、敵も対応しきれまい――そんなスピードを重視した計画だった。
失敗したらリトライすればいいと、サヤは不敵な笑みで話を締める。
「さて、質問があるんだよね?」
「大有りだ。何から聞くか迷うくらいだけど、巨大な疑問が一つある」
「アポートかな」
「それだ、それ」
彼女は今まで、アポート能力の本質を見極めようと努めてきた。
たかが三センチと自嘲する俺よりも、彼女の方が余程その能力を買っている。
対象に取れる範囲は狭くとも、アポートは
「シャケの骨を抜く精密さ、弾丸にすら反応する瞬発力、どれも視覚に頼らず発動してる」
「触感なんだよ。指が伸びる感覚なんだ」
「ショウならやれる。ネジだってディスクだって、抜き取ってくれると信じてる」
信じてる、か。
彼女は俺に賭けた。出来ないと投げ出しては、この先ずっと後悔するだろう。
「本番の前に、練習させてくれ」
「少しならいいけど、へたばらない程度にしてね。明日に響くから」
「分かった」
サクラザキでは、三人のうち誰が欠けても失敗する。
タワーの構造とタイムテーブル、そして自分の役割を全て頭に叩き込み、漏れなく実行して尚、投げたコインの裏表を当てるような成功率だ。
そうだ、コインが手頃だと、俺はサヤに持っていないか尋ねた。
キャッシュレスの時代には、とんと見掛けなくなった銅色の硬貨を、彼女は一枚投げて寄越す。
「着くまで、これで練習しとく。話しながらな」
「オーケー。二つ目の質問は?」
「ああ……。いや、どうでもいいけどさ。トンカツの中身を抜くのは、何を調べたかったんだ?」
「くふっ」
吹き出しやがった。ヒナギまで、また肩を震わせている。
トンカツだけは本当にからかわれたのだと知り、溜め息を吐いてコインを握った。
俺はアポートの練習をしつつ、サヤへ計画の細部を確認していく。
ヒナギは作戦に必要なメモリをいくつか複写したあと、やはり自分がどう動けばいいのかをサヤと打ち合わせた。
拠点を出てから二時間くらいが経過した頃、俺たちから質問が出なくなったのを見て、サヤは汎用端末を通話モードに切り替える。
矢継ぎ早に電話を掛け、ネット経由でもあちらこちらへ連絡を取り始めた。
午後三時、雨が上がり、雲間から太陽が覗く。
サクラザキ市を示す標識で、黒熊は高速道を下りた。ここはもう中央区、新造都市だけあって道は広くどこもモダンなビルばかりだ。
六車線の幹線道路に合流すると、地平線の先に淡く、セントラルタワーの突端が見えていた。
◇
十年前は研究関連の施設しか無かったサクラザキも、現在は人口十六万以上にまで成長した。
周辺の町村と合併して、総面積も二百平方キロを超えたものの、中央区以外は一般の地方都市とそう変わらない。
国際会議が頻繁に開かれるコンベンショナルホールや、滞在者を当て込んだビジネスホテルが多いのが目立つくらいか。
俺たちも、西区に在るそんなホテルの一つに泊まる予定である。
急いでチェックインする理由もないので、タワー周辺の偵察と下準備へ車を走らせた。
研究棟同士が空中通路で繋がり、ビル間を大型の
自然物は極端に少なく、鏡面や金属パネルの壁面ばかりが街を構成していた。
学生や私服の特能者も多いため、俺たちが殊更目を引いたりはしないだろう。
最も観察したかったのは、当然ながらセントラルタワーだ。
タワーの正面は円形の広場に接しており、ここだけは珍しく、手入れされたイチョウの並木が外周を囲う。
ベンチに座って動画を見る者もいれば、広場の真ん中でキャッチボールする親子までいた。ちょっとした公園と呼んでも語弊は無い。
これがタワーの南側であり、他の方角は無機質な車道が放射状に延びる。
南側が来客用の玄関なら、北側にある車両用の搬出搬入口が、職員用の通用口も兼ねていた。
車に乗ったまま、北側からタワーへ近付いたところ、百メートルほども残してサヤが一時停止を指示する。
電子双眼鏡を覗いていた彼女は、これ以上の接近はリスキーだと、俺へ双眼鏡を手渡した。
自分でも搬入口を眺め、ヒナギへ十八倍ズームの高性能品を回す。
「うじゃうじゃいるな」
「装備からして、特襲隊員だね。十人以上いる」
「警備員の真似事まですんのかよ」
通用口の近くには六階までの直通エレベーターも在り、権限さえ得られれば最も早く上がれる経路だった。
しかしながら、一人二人ならまだしも、大人数の目を盗んで工作するのは非現実的だ。
「上級研究員をひっ捕まえて、裏から六階に侵入する案もあったよな」
「プランEね。諦めた方がよさそう」
車をUターンさせて、南の広場方面へと進路を変更する。
広場から少し離れた薬品研究所脇の路上に駐車して、今度は徒歩でタワーへと向かった。
広場を中程まで進むと、肉眼でも玄関の様子が窺える。
こちら側には特襲の姿が無く、軽武装の警備員が二人、ドアを挟んで立つだけだった。
おそらく来訪者に配慮して、物騒な隊員を表に出さないようにしたのだろう。
「中の警備は増員されてるでしょうけど、とりあえず玄関は通常通りみたい」
「プランAかBで行けそうだな。どっちを選ぶかは――」
「篠目次第。その前に……」
並木に近寄ったサヤは、俺とヒナギを見張り役にして、イチョウの根元に金属棒を挿し込んだ。
約二十センチの黒光した中継スティック、これがタワーの電波を拾って遠方に飛ばしてくれる。
気持ちだけでも落ち葉でスティックを隠し、サヤは起動を端末で確認した。
「もう一本、道中で挿せば、ホテルからでも受信できるはず。戻りましょ」
「おう」
来た道を帰った俺とサヤは、それぞれ黒熊からシティリュックを取って背負い、歩いて薬品研究所の裏手へ回る。
ヒナギはそのまま運転席に乗り込んで、街の管理事務所へと発進させた。
俺たちが見たいのは地面の下、タワーへ続く地下共同溝だ。
電力供給線と通信用のファイバー線は集約され、太い地下通路となって地下を縦横に走っている。
タワーにも通じる共同溝、その進入口の一つへと、周囲を警戒しつつ近寄って行った。
L字型の研究所が
井戸のように地面に突き出た進入口は、観音開きの鉄扉で蓋をされ、扉には巨大な電子錠で鍵が掛けられていた。
電子ロック全盛の時代でも、屋外でここまで厳つい鍵は少ない。
「腕の見せ所よ、ショウ」
「これはまあ、簡単だろう」
右手の包帯を外し、グーパーと閉じ開いて調子を確かめる。
少しは痛むものの、アポートに差し支えは無い。
赤く塗装された蓋の端へと、俺は左手を伸ばした。
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