第三章 決戦

22. 箱の中身

 スクラップ工場というのは、サヤが以前から利用している廃棄業者で、裏稼業として証拠隠滅の手伝いもしている。

 埠頭の裏マーケットと言い、この工場と言い、彼女のコネの広さには舌を巻く。

 ここまで人脈を築くのに、どれほどの努力をしたのだろう。


 遠回りに見えても慎重に、目標のために彼女が積み重ねてきたものの大きさは、まだ知り合って間も無い俺でも窺うことが出来た。

 無理と思える難題でも、彼女なら突破口を見つけてやり遂げそうだ。


 廃車作業を頼み、街へ歩き出した山道で、そのサヤが拘置所での失態を詫びる。

 ビルの周囲を歩き回って接近者を警戒したのが仇となり、正面玄関に戻った際には、特襲がテーザーを構えているところだったとか。

 どうやら特能者を連行した隊員が、既に拘置所の中にいたのではと考えられる。


 タイミングが悪かっただけで、サヤが謝る必要は無い。救出は間に合ったじゃないかと、ヒナギは彼女の頭を上げさせた。

 しかし、サヤが悔いたのは、見張りに失敗したことよりも、特襲の反応を予期できなかったことに対してだ。


「ケアセンターの一件で、警戒レベルが上がったんだと思う。ヒナギに反応されてしまった」

「私に? 端末は替えたばかりだし、刑務官には手を出してなかったよ」

「能力波長の記録があるから」


 ホーム出身のヒナギは能力を徹底的に検査されただろうし、記録を公的機関が持っていてもおかしくない。

 能力者を分類するのに使われる力場形成波長・・も、当然その中に含まれるだろう。


 能力の発動時に放出される波長は、識別精度の高い情報ではなく、それだけで個人を特定することは不可能だ。

 個体差よりも能力の種別で波の形が決まり、ID代わりに使うのは無理がある。但し、それがレアな波長であれば、監視者の注意を引く。


 拘置所の面会室には、特能使用を検知する簡易なセンサーが天井に仕込まれていた。

 微弱な能力は四六時中検出されるため、山芦がほんの少しくらい縮小シュリンクしようが非常ベルが鳴ったりはしない。

 施設に被害が生じていなければ検出も分析も機械任せで、人間の目で追うようなデータでもなかった。


 あくまで強大な波長が記録された際に、全階へ警告を発令するシステムであり、地震探知計のようなものだ。

 だが、警戒レベルを上げた特襲は、本部へそのデータを転送させるよう要請していたのではないか。

 ヒナギが面会室で使った複製能力に反応して、最寄りの小班へ連絡が行く。今回なら、拘置所にいた三人だ。

 あの場所で十分以上時間を食っていたら、本隊がいつ現れてもおかしくない状況だった。


「ヒナギの力に反応したのは分かったけどよ。いきなり麻痺弾を撃ってくるのは、警戒し過ぎじゃねえのか?」

「ケアセンターで使ったのが、複製能力だと疑われたのかも」

「あん時はサヤを拘束に来てたよな。じゃあ、二人とも特襲のお尋ね者で確定だ」

「ショウもそろそろ他人事じゃないと思う」


 ケアセンター、ホーム、拘置所、どれも本来なら無関係そうな施設が、情報を融通し合って特襲にも通じている。

 狙いは俺たち三人――全てを繋ぐピースとして、篠目の顔が自然と思い出された。

 長身、イケメンで女性人気も高い稀代のカリスマ。いけ好かない自称特能者キャリアの代表は、警察をも動かす力を握っているようだ。


「篠目が警戒を強めたのは、私のせいかもしれないし、チップを盗られたと伝わったことも有り得る」

「相手が大物なのは元々承知の上だ。楽に行かないのは分かってるよ」

「責任を問われるのを嫌がって、遠藤はもう少し黙っててくれると思ったんだけど……。やっぱり見通しが甘かった。焦ってしまってごめんなさい」


 また頭を下げようとするサヤを、俺とヒナギがやめさせた。

 仲間に負担を掛けること自体には、彼女もそう躊躇いが無い。それでも謝ったのは、司令塔としてミスをしたと考えたからだ。

 だが、俺が計画立案なんて出来るはずも無く、ヒナギは言われた通りに動くだけだとうそぶく。


「好きにやれよ。俺だって篠目の吠え面は見てみたい」

「うん」

「でも、そうなると本拠地のサクラザキは、もっと警備が厚くなってんじゃねえか?」

「だからこそのショウなんだけど……。相談は図面を調べてからね」


 箱の中身をアポートするのは、前津に帰ってから試すことにして、俺たちは新しい車を探した。

 自動バスで市街へ入り、集配中の郵便輸送車を勝手に借りる。

 無人で運行している癖に、手動でも制御できるので、ちょっと移動するだけなら都合が良い。

 サヤの偽IDとヒナギの複写でロックを解除し、新城浜駅近くで降りた。

 制御をオートに戻せば、郵便車両は勝手に本来の業務へ復帰して行く。


 車を調達するのに一番便利なのは、主要駅の前によくあるレンタカーシステムだ。

 入り口に警備員が一人立つだけで、レンタル手続きは全て自動化されている。

 サヤもヒナギも経験者ゆえに、車を奪う手順には慣れたものだった。


 ダミーの汎用端末で契約寸前まで進み、決定の替わりに複写で偽造データを送る。これで常時予約された車が出来上がり、他者は借りられない。

 端末からは金が支払われ続けるので、キチンと返せば業者にも発覚せずに済む。

 軽自動車のように廃棄してしまうとバレるだろうが、それすら違約金を払えば誤魔化せた。

 犯罪には違いないものの、窃盗と言えるかは微妙なグレーゾーンのやり口である。


 大きな車が欲しいのはサヤも同じだったらしく、選んだのは黒い四輪駆動のオフロード車だ。

 黒熊ブラックベアの愛称で親しまれ、オートでもマニュアルでも操縦できる両用仕様で人気がある。


 運転席に乗り込んだヒナギは、支払い用とは別の汎用端末でドライバーを登録した。

 積載スペースは格段に広くなり、ゆったりとした座席も乗り心地がいい。

 パラパラと降り出した雨の中、目的地を入力された四駆は、前津へ向かって自動運転で走り出す。

 この日、俺たちが拠点に帰ったのは、午後九時を過ぎた頃だった。





 晩飯よりも何よりも先に、サヤは俺へアポートしてくれと頼む。

 俺だって異存は無いが、右手の火傷を彼女に向けて見せると、また謝りながら治療してくれた。

 消毒して火傷用の軟膏を塗り、包帯でしっかりと巻く。

 何かと使う医療品は、ストックも充実していた。


 これで良し、と作戦ルームのテーブルに黒箱を置き、押し付けるように左手を上面に当てる。

 箱のサイズは〇・三パーセント縮み、金属壁の厚みは三センチを辛うじて下回ったはず。

 見えざる触手の先が、小さな突起を探り当てた瞬間、右手に角の丸いメモリチップが出現した。


「どうよ!」

「偉い! やれる男だと思ってた」


 肉は裏切らない、とかヒナギがコメントしていたが、何のことやら。スルーして構わないだろう。

 自然体を心がけたつもりでも力が入りすぎたのか、包帯が解けてしまった。

 俺が頼むより早く、サヤがそれを巻き直す。


「これって……」

「どうした?」

「何でもない、かな。ヒナギ、お願い」


 メモリも縮小してしまったため、通常の端子に挿して読み込むのは不可。とすると、ここもやはりヒナギの出番だ。

 新品のメモリと、一回り小さな縮小メモリを並べて、彼女が複写を試みた。

 ヒナギにしては時間が掛かり、サヤは不安そうに首尾を尋ねる。


「どう、行けた?」

「データ量が思ったより多い。麻痺が残ってて、力が出ない」

「少し寝たら回復するかな。ビタミン剤ならあるから――」

「肉で治ると思う」


 こいつ、普段はクールでも本物――本物の肉能力者ミートデュプリケーターだ。

 気持ちはよく理解できるものの、この時間からレストランへ行く気力は湧かない。


 皆で三階へ上がり、冷蔵庫の中を確かめる。

 さすがに肉のストックは無く、ハムもベーコンも食べ尽くしてしまっていた。

 医療品に比べ、サヤの肉に懸ける情熱は俺たちよりも希薄だ。称号はまだやれない。


 替わりにコーンビーフの缶があったので、茹でたマカロニと絡めて皿に盛る。

 食堂に料理を運んだサヤは、メモリ二つをヒナギの前に置き、食べて元気が出たらすぐ複写しろと命じた。

 懇願した、が正しいかもしれない。


「これだって牛肉だ。よく味わえよ」

「了解。しっかり噛んで食べる」

「お願いだから急いで」


 ヒナギはたっぷり二十分は掛けて食べ、インスタントのコーンスープで晩飯の締めを楽しむ。

 何とも言えない顔でその様子を見つめていたサヤも、ヒナギがメモリに手を伸ばすと椅子を蹴って立ち上がった。


「行けそう……」

「やっちゃって!」


 力が溜まってしまえば、写すのは一拍の間で完了する。

 終わったと頷くヒナギを見て、サヤは複写先のメモリを引っ掴み、二階へと走った。


 階段を駆け降りた彼女に遅れて、俺たちもエレベーターで作戦ルームへ向かう。

 部屋に入ると、モニターに齧りつき、キーボードをガチャガチャと叩くサヤがいた。


「遂に手に入れた! 配線、配管、外壁構造、何でも調べたい放題よ!」

「おー、よかったな」

「なんか冷めてない?」

「そんなことねえって。でも、こっからだろ。サヤの仕事は」


 彼女の肩をポンと叩くと、サヤは少しはにかんだ笑顔を見せる。

 後一歩まで来た興奮を抑えた彼女は、画面に表示された画像を簡潔に説明した。


 サクラザキ研究都市、中央情報ビル――通称セントラルタワーは、大中小の円筒を三つ積んだ形をしている。

 一階から三階が太い土台部分、下級権限者でも入れる中央研究室群が在った。

 四階から六階が中サイズの円筒、上級研究者用の施設だ。

 細い上部が七階から九階、篠目の本拠地という以外は、今まで詳細が掴めなかった。


 九階より上の構造物も背が高く、蛇が巻き付いたような形状の尖塔が立つ。

 これに特能妨害波を出すような機能は存在せず、精々、街全域に警報を発するサイレンの役は果たすくらいなようだ。

 異様に大きなただのシンボルマークと言ってよく、わざわざ蛇のデザインにするのが篠目らしくはある。


 全部で九階と言っても一層が通常のビルの倍はあり、低層ビルの多いサクラザキでは頭一つ高い施設だった。


「ファイバー線は七階に集約してる。ここがマザーサーバーのあるフロアね」

「八階より上は?」

「電気水道は通ってるけど、情報回線の類いは無さそう。九階にはバスルームやキッチンのようなものまであるから、居住スペースにしてるみたい」


 平面の設計図を、サヤが立体フレーム表示に切り替える。

 壁は薄く半透明に塗られており、タワーの内部構造が分かりやすい。

 細かな部屋に分かれた一階から六階、大きな中央室とその回りを廊下を挟んで五部屋が囲む七階。


 ファイバー線を赤く重ねると、確かに七階の大部屋から下へと線は伸びている。

 赤脚を無数に生やしたクラゲみたいだ。


「サーバーにも重要なデータはあっておかしくないけど、探し当てるのが難しい」

「そりゃハッキングと変わらんからな。ヒナギが扱えるデータ量でも無いだろうし」

「そこで、ここ」


 サヤが表示データを絞り、八階だけが拡大されて映る。

 下階とは全く違う構造に、俺は思わずヒューッと口笛を吹きそうになった。


 円形の三重壁に守られた部屋が一つ。階段以外は、エレベーターすら存在しない。

 部屋の名前を、サヤが図面に追加表示させる。


“セーフルーム”、あからさまに怪しいその部屋が、次なる目標となった。

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