21. 逃走

「つっ、発火能力者だ!」


 隊員は麻痺銃を床に落とし、仲間へ警戒を叫ぶ。

右の手の平を震わせる仕草から、ヒナギが何を複写したか何となく見当がついた。


 麻痺弾に替わってテーザーが発射される寸前、サヤがホールに駆け込んで来ると同時に加重を放つ。

 二つの電極針は狙いを外し、片膝を突いたヒナギの傍らに転がった。


 麻痺銃に飛びついた俺は、至近に立つ男の腹へ向けて引き金を絞る。

 バッチリ着弾したにも拘らず、隊員は屈む俺を上から押さえにかかった。格闘戦には自信があるのだろう。

 しかし、隊員が俺の盾にもなり、後方の刑務官たちは参戦しづらい。


 麻痺銃を持つ右腕を捻られた俺は、次弾を撃つことを封じられた。

 テーザー係の一人がサヤへ対峙し、もう一人は俺の拘束に加勢する。

 太腿の内側を警棒で強打されて、俺は頭から床にうずくまった。


「大人しくしろっ!」


 俺の側頭部に目掛け、警棒が振り下ろされようとした時、またもやこの隊員も呻きを上げる。

 手放された警棒は、フロアに落ちて撥ね転がった。


「まだ発火が生きてるぞ! 発砲を許可する!」


 もう間違いない、ヒナギは縮小シュリンクで発熱した箱の記憶を、俺からコピーしていた。

 心配してくれたのかと思ったら、何ともしたたかな女だ。

 頼りになる仲間に、俺も応えなくては。


 暴発や同士撃ちを避けるため、拘束任務に就いた特襲隊員は一般拳銃を所持していないことが多い。

 特襲が発砲許可と言えば、それはテーザーや麻痺銃を指した言葉ではなく、刑務官の持つ麻痺散弾を意味していた。


 麻痺性の顆粒剤を固めて作られた弾は、体表に当たると弾け散るくらいの強度である。弾速も遅く、致死性能も低い。

 とは言えショットガンには違いないので、皮膚に食い込めば流血するし、目に当たれば失明もしよう。


 俺に手錠を嵌めようとする隊員は、麻痺弾を食らった男だ。

 力が抜けて来たのか、抑える力も弱くなり、拘束を諦めて手錠を投げ捨てた。


 ヒナギも四つん這いになって、頭を低く垂れている。そこへ蹴り飛ばされたサヤが、ヒナギに覆い被さるように倒れ込んできた。

 俺たちを一か所にまとめて、散弾で片を付けるつもりだろう。とすると、麻痺した仲間は邪魔になる。

 テーザー隊員は俺にのしかかる男のベルトを掴み、後ろへ退かせようと引っ張った。


「させるかよ……」


 俺もベルトの前側を左手で握り、綱引きの如く力をめる。そう、全力でだ。

 その綱が急に無くなったら、どうなる?


 麻痺隊員のベルトが、いや上下の制服と武装ベストがベルトごと掻き消え、俺の右手の先へ送られた。

 いきなり抵抗が失せた男は、たたらを踏んで後退あとずさる。


 下着姿の肉塊を振り払って、俺はテーザー担当の隊員へと一気に間合いを詰めた。

 銃口が触れそうな位置から麻痺弾を撃ち、サヤの仇とばかりに思い切り前蹴りを浴びせる。


 バチンと、火花が鼻先を掠めた。

 残る一人が発射したテーザーの電撃。本当にサヤを蹴ったのは、こっちの隊員だったか。

 重力操作の援護が手元を狂わせてくれたお蔭で、電極針は明後日へ飛んでいった。

 テーザーを投げた隊員は、腰の裏から麻痺銃を抜く。どいつもこいつも、武装は万全だ。


 男との距離は三メートル少々といったところ。三人目も麻痺させるため、俺は構えられた銃に向かって床を蹴った。

 やれる。その狙いのままで撃てよ!


 銃口の先を、広げた左の手で遮る。

 必要なのは、麻痺弾を恐れない根性だけ。もっと言うなら、平常心で攻撃を捌く図太さだ。

 ここから一秒、いいや、三秒は結界を張る。近寄れば転移させる三センチ厚の結界を。


 一発目の弾は、俺の力に触れたと感じた瞬間に右手へ移動した。

 二発目も左手の小さな、だが強力なアポートの領域が体に触れることを拒む。


 焦って連射してくれたのは有り難い。連続発動なら、俺も散々っぱら練習させられた。

 三発、四発と防がれた隊員は、五発目を撃つ際に銃口を下げた。


 今の俺では、これ以上の長時間・・・アポートは無理だ。

 四秒なら期待を上回る健闘であり、手から一時的に力が失せる。

 でもな、俺は一人で戦ってるわけじゃない。


 俺の足を狙った麻痺銃の照準は、サヤの力で更に下へ狂わされる。

 銃の装填数は五、その最後の弾がフロアにぶち当たってタイルを傷つけた。


「俺の番だ」


 麻痺弾を放つと同時に、隊員へ肩から体当たりする。

 もつれ合い、お互いの体に指を食い込ませて、俺たちは床をゴロゴロと転がった。


 密着した状態で相手の脇腹当たりを殴っても、大した有効打にはならない。

 格闘技術は向こうが上、麻痺のハンデを与えてやっと五分と五分の戦いか。

 特能も武器も使わず、筋肉任せの力比べが始まる。


 隊員が弱るまで持久戦になるのかと思ったその時、散弾の銃声がホールに反響した。

 奥にいた刑務官は四人、全員が麻痺散弾銃を持っていることを、ここに来て気づく。

 特襲が劣勢なのを見て取った彼らは、隊員ごと散弾で制圧すると決めたようだ。


 初弾に続き、二発三発と銃撃音が響く。

 腹這いになったサヤとヒナギは、痺れた特襲隊員二人の陰に隠れる形となり、直撃は免れていた。逆に下着の隊員は血まみれだ。


 特能、特に発火能力と聞いて、刑務官たちは俺たちに接近したくないらしい。

 それは結構なことだが、サヤの重力操作だけではいつか被弾する。


 ガチャガチャとリロードする喧騒に混じり、間近で囁くサヤの顔が思い浮かんだ。


“目を閉じて”


 たった一言の刷り込みデュプリケート

 ヒナギが送ってくれたメッセージに従い、俺はまぶたを固く閉じて隊員へ全力の頭突きを敢行した。


っ!」


 俺の頭頂部は男の顎を打ち上げたものの、星が散るような痛みに息が止まる。

 その瞬間、閉じた目でも分かる閃光がホールを満たし、耳を弄する爆音が轟いた。


 酷い耳鳴りが俺を襲い、天地の認識が狂う。

 俺の上着を掴む手を剥がして立とうとしたが、大波にさらわれたようにふらついた。

 刑務官たちも一様に壁やカウンターに手を突き、姿勢を保つのに苦労している。


「…………!」


 腕を引っ張っられて、サヤが駆け寄ったのを知った。

 ヒナギは彼女の肩を支えにしているが、両の足で歩くのに支障は無さそうだ。


 何かを叫んでいるのは、サヤの口の動きで分かる。玄関を指差されれば、脱出を急かされていることも。

 ヒナギを二人で挟み、多少よろつきつつも外へ走った。


 爆音のせいで音は聞こえないが、手足は正常に動く。

 耳を塞げとも言っとけよと、文句が口をついたが、ちゃんとサヤに伝わったのやら。


 街路に他の特襲はおらず、行く手を阻む敵はいない。

 角を曲がって車へ向かおうとした時、拘束所から刑務官たちが出て来る。

 建物へ振り返ったサヤはヒナギから手を放し、コートのポケットからグレーの缶を取り出した。

 ジュース缶より一回り小さく、上端には輪っかの付いたピンが挿してある。


 ヒナギが自分の耳を両手で押さえたのを見て、俺も慌ててそれを真似た。

 ピンを抜いたサヤは、驚くほどの投擲力で、正確に刑務官たちのいる場所へ缶を放り投げる。

 缶を減重すれば、彼女でも簡単に遠投できる理屈だろう。


 結果まで見届けると、さっきの二の舞になるのは容易に予想がつく。

 目をつむって身構えたところに、再び轟音が響き渡った。

 距離があるので一度目ほどの衝撃は無く、「急いで!」と叫ぶサヤの声も、辛うじてだがようやく聞き取れる。


「そんな武器、いつの間に用意した?」

閃光発音筒フラッシュバン、特襲のベストに二発あった」

「アイツらのか。俺も盗っときゃよかったな」


 追っ手を一区画分は引き離したらしく、俺たちが車に辿り着いた頃に、やっと角から刑務官が顔を出した。

 助手席のドアに手を掛けると、ヒナギが運転席へ回れと言う。


「手足に痺れが残ってる。ショウが運転して」

「出来たら苦労しねえよ、手動運転だろ!」

「私が教えるから。AT車だから楽」

「はあ?」


 迷ってたのでは刑務官に追いつかれるし、特襲の増援も来る。サヤにまで急かされ、俺は不承不承と運転席へ乗った。

 ヒナギは助手席へ、サヤは後席で早く発進しろとうるさい。

 ハンドルを握った途端に、アクセルやギアの名称が頭に流れ込んでくる。


「うおっ……、ふ、複写したのか。その調子で、操作方法も写してくれ」

「ごめん、ちょっともう限界かも」

「ああ!? 踏んだら走るくらいしか分からんぞ!」

「合ってる。あとは口で言う」


 ヒナギは自分の汎用端末ユータムを起動センサーに掲げて、エンジンを掛けた。

 ギアをドライブに入れて、アクセルを踏め――言われた通りに操作すると、車が急発進してサヤが後部席で跳ね転ぶ。


「ちょっとぉ、ぶつけたりしないでよ!」

「知るか! 喋ると舌噛むぞっ」


 Uターン――そう、回頭して拘置所から離れたい。

 ブレーキを踏みつつ、ハンドルをグルグルと回す。

 タイヤが軋みを上げ、アスファルトに黒筋を描いて車体が回転した。


 刑務官のいた角に迫ったため、散弾が車の後部目掛けて放たれて、リアウインドウにあられの如く降り懸かる。

 最近の乗用車は、麻痺散弾くらいでウインドウが割れたりはしない。塗装は傷だらけになったろうが。

 アクセルを踏み込み直し、信号も無視してスピードを上げる。


「ギアをセカンドに。突き当たりを左へ」

「おうよっ」


 意外と簡単だ。ガードレールを擦ってヘッドライトが一つ弾けたが、それくらいは愛嬌というもの。

 シートの端を握り、歯を食いしばるサヤは怖がり過ぎだろう。


「どこへ向かうんだ?」

「ん、え? 前! 前見て!」

「どこに行けばいいのか、聞いてんだよ」

「車……車を乗り替えるから!」


 山手の廃車置き場に今の車を乗り捨てて、徒歩でしばらく移動。その後、公共の交通機関も使いながら、新しい乗用車を取りに行くのだとか。


「どうせなら、もう少し大きい車にしようぜ。軽じゃ窮屈だろ」

「いや、うん、ヒナギ! まだ回復しないの?」

「休憩中。わりと快適」


 習うより慣れろとは、よく言ったもんだと思う。

 廃車が連なるスクラップ工場に着く頃には、俺の運転技術も向上して、車道から外れる度合いもかなり減っていた。

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