19. 求める力

 想定した能力名で検索し、有用そうなものをピックアップする――その手法は、通用しなかったそうだ。


「腐食能力や穿孔能力とかを探したのよ、最初は」

「そう言ってたもんな。あったのか?」

「検索した単語は、どれもゼロヒットだった。おかげで苦労したんだから」


 検索がダメなら、五百人近い名簿を自力で調べていくしかない。

 充電スタンドに着く少し前から、サヤはこの作業に没頭していた。


 字面だけでも、どんな能力かを想像することは出来る。

 精神系は無意味だろうし、派手な破壊も今回は御法度だ。物質の特性変化が適切か。

 リストを一つずつ順にチェックした彼女は、末尾近くの一人に目を留めた。


「“縮小能力者シュリンカー”、山芦やまあしけん

「シュリンカー? そんな奴がいるのか」

「能力の詳細は推測するしかないけど、箱を小さく出来るなら――」

「厚みも減る。俺の力が届くわけだ」


 では、その山芦という男は、現在どこにいるのか。俺が問う当然の疑問に、サヤは額に手を当てて宙を見る。


「卒業は一昨年、ヒナギの後輩だね。クラスはBマイナス」

「じゃあ、何とかセンターに送られたんだな?」

「そうなんだろうけど……」

「何だよ、ハッキリしねえな」


 Bクラスが、必ず“能力開発福祉センター”へ収容される確証は無い。ヒナギの見聞きした事実から、そうだろうと予想しただけだ。

 しかし、サヤが口ごもったのは、別の理由からだった。


「名前に聞き覚えがあるのよ」

「山芦堅、にか?」

「ヒナギは知らない?」


 ヒナギと入所時期が被る可能性はあるが、彼女は名前も縮小能力も記憶に無いそうだ。

 サヤが端末に集めてきた記録にも、その名前は存在しない。となれば、謎のセンターを調査するのが次の方針か。


 取材と称して内部へ侵入、或いは夜間にセキュリティを突破して潜り込む。そんなサヤの挙げる案を聞きつつ、俺は山芦の名を心中で繰り返した。

 覚えは俺にもある。初めて耳にした名前じゃない。


「警備はホームと同等だと思う。監視カメラとセンサーを無効にするのが難しいから、やっぱり取材を装って――ショウ?」

「ヤマアシケン」

「うん?」

「……ああっ、山芦堅!」

「だから何なのよ!」


 アナウンサーのアクセントがおかしいことに、もっと注意を払うべきだった。山芦という名は、ローカルニュースで聞いたものだ。

 シノメバンクを襲撃した犯人は山芦堅、これを犯人の出身地名と勘違いしていた。


 篠目の大理石像を破壊した男だと教えると、サヤはニュースアーカイブを漁り始める。

 能力者が犯人ということで、メディアも慎重に事件を報道した。

 差別対象にされやすい特能持ちは、犯罪の詳細が伏せられることがままある。

 山芦も同様に、彫像をどうやって壊したのか、つまりどんな能力者なのかは伝えられていなかった。


「ニュースになってたから、私も覚えてたわけね。犯行手口は分からないけど、像を再公開した時の記事がある」

「俺も聞いたよ。えーっと、確か――」

「“修復の過程で、実寸より幾分小さくなった”、だそうよ」

「縮めたのか、山芦が!」


 像を丸ごと縮小したのなら、対象のサイズからして、かなり強い能力者だ。

 それがBマイナスと判定されたということは、力の使用条件が厳しいのだろう。

 ともあれ、箱を小さくさせれば、万事解決する。難点は、山芦が現在いる場所だった。


「待てよ、ソイツは捕まってんだろ。今は刑務所か?」

「裁判前だから、特能拘置所かな。城浜の郊外に在る特能者専用の拘留施設ね」

「どうするつもりだ?」

「決まってんでしょ。拘置所の山芦に縮めさせるのよ」


 馬鹿か、と思う。いや、口にも出した。警察へ侵入するなんて、自殺行為だ。

 特襲が拘束しに来たのを忘れたのかと、俺はサヤの無謀をいさめた。

 常識溢れる俺の言葉を、彼女は鼻で笑って却下する。


「今さらビクついてんの? 拘置所にも警官はいるけど、特殊検察官の管轄だし、警察本部とは離れてる。山芦の力を借りるだけじゃん」

「だからって大胆過ぎるだろ、ホームとはわけが違う。銃撃戦になるぞ」

「ならないって。ショウがいればね」


 そう言いながら人差し指を唇に沿えて、サヤは黙考タイムに入った。

 しばらく身動みじろぎしなかった彼女が、やにわに端末を忙しく操作し始める。

 方策を固めたのだろう、サヤはその勢いのまま、どこかへ電話を掛けた。


「あ、すみません。そちらへ拘置された者に、面会したいのですが……」


 いきなりか。城浜特能拘置所に繋ぎやがるとは。

 知人の名前と同じなので確認したい、一時同じバイト先に勤めたことがあるなどと、サヤは調子良く嘘を並べ立てる。


 山芦の罪状は不法侵入と器物破損であり、重犯罪に問われたわけではない。

 特能持ちであるのが警戒されているだけで、被疑者の権利は認められており、面会要求は受け付けられた。


 実際に会うためには、山芦の承認が必要だ。

 即答を求めたサヤは、通話中のまましばし待つように告げられた。

“ビーホームで一緒に研修を受けたカワサキイズミ”と、彼女は名乗る。

 勘の良い男であれば、ホームの一語に反応してくれよう。


「“カワサキイズミ”?」

「ヒナギの端末に登録してある名前よ」

「ヒナギに行かせる気か? さっき倒れかけたばっかりだぞ」

「複写は十秒でいい。彼女の力が絶対に要る」

「焦りすぎたら失敗の――」


 端末から男の声が流れたのを聞き、サヤは片手を挙げて俺の口を閉じさせた。

 面会は午後四時と決まり、城浜郊外に向けて早速スタンドを発つ。

 運転するヒナギの白目からは、見たところ黄ばみが消え失せた。凝視する俺に彼女も気づき、軽い調子で大丈夫だと答える。


「短時間の複写なら、もう何てことない」

「無理な時は、はっきり断れよ」


 後席にちらりと目を遣ると、サヤは汎用端末を握り唸っていた。

 四時からの作戦手順に頭を悩ませているのだろう。

 少し声を抑えて、ヒナギへ、いや自分自身へも問うように言葉を投げる。


「どうしてサヤを手伝うんだ?」

「ふふっ」


 珍しく、ヒナギは楽しそうに吹き出した。

 俺がそれを尋ねるのか、と彼女は言い返す。全く以って、ヒナギの言う通りだ。


 サヤのその目標に邁進する姿は、何か惹かれるものがあり、手を差し伸べたくさせた。

 羨ましいのかもしれない。俺の心中を見透かすように、ヒナギが手伝う理由を付け加える。


「サヤに求められるのは、悪い気がしない。特能があってよかったとすら思う」

「そうか。そうだな……」


 車は一度コンビニに寄り、パン類を買い込んで昼飯にした。

 コンビニの駐車場でサヤの朗読を聞かされたが、これは山芦向けの下準備だ。


 固めていた髪を乱暴に手で崩したヒナギを見て、慌てたサヤが女性らしく整え直してやった。

 面会にまで男性の格好をしていくこともなかろうが、着替えが無いのでスーツ姿は変わらない。

 せめてもとサヤは自分のスカーフを貸し、ネクタイと替えてヒナギの首に巻いた。

 なんだか変装時より妖しく、男装の麗人みたいになってしまったものの、余計な口は閉じておく。


 三時には城浜市内に入り、家具用の接地テープを買う。

 椅子の脚なんかの接地面に貼るシールで、引きずっても床を傷つけない優れ物らしい。

 売り文句である摩擦係数の低さに、期待しておこう。


 どこのマニアが書いたのやら、拘置所の内部構造は、詳細な解説が情報交換サイトに載っていたとか。

 これを頭に入れて、準備は全て完了する。


 午後三時半、拘置所近くの路上に駐車し、俺とヒナギは手順を再確認し合った。

 後ろに座るサヤの「問題無し!」が、ゴーサイン。彼女は留守番で、俺たち二人の働きに成功は委ねられる。


「よろしくね。見張りは不必要かもしれないけど、何かあったら防犯ブザーを鳴らすから――」

「音が鳴ったら、即時撤収だろ。どこに特襲の目が光ってるかしれんから、気をつけろよ」


 やや悔しそうな彼女の表情は、本心からのものだろう。自分が実行役を担えないことが腹立たしく、不安もあるのかもしれない。

 複雑な心情を呑み込み、サヤは俺たちにペコリと頭を下げた。


 車を降りてヒナギと並び歩く俺は、一度後ろを振り返る。

 サヤも車外に出ており、目を閉じて、俺たちに向かい手を合わせていた。


「これだから、邪険にできないんだ」

「誰より必死なのよ、サヤは」

「分かってる」


 自然な動きで、スピーディに。ここから先、不審な行動は禁物だ。

 この辺りに建つのは全自動化された工場ばかりで、人通りが極端に少ない。

 一区画ほど進んで右に曲がると、全ての窓に鉄格子が嵌まった特能拘置所が現れる。

 継ぎ目の無いグレーの壁は、各種耐性を備えた特能研究の賜物だ。


 小さく空いた正面エントランスから、ヒナギを前にして俺たちは中に入った。

 受け付けで端末チェックを済ませると、エレベーターを使って二階へ行くよう指示される。

 無愛想な係員に従って面会室のある二階へと上るとすぐ、空港の税関に似た入室検査ロビーが設けられていた。

 担当の刑務官は、無愛想を通り越して威圧的に俺たちを睨む。


 周囲を見回す俺とヒナギを呼び付けて、刑務官が面会までの手順を説明した。

 特能拘置所は、一般の拘置所とはかなり様相が異なる。

 全国各地に満遍なく存在し、一つの施設で収容できる人数は多くない。これは、犯罪性向のある特能者を一か所に集めたくないが故の配慮だ。


 細則もあれこれ相違があり、一度に面会出来るのは二人まで、時間は十分以内、差し入れは禁止とされる。

 面会希望者は、凶器になりそうな物はもちろん、金属類を持つことも許可されていない。


 刑務官はヒナギと俺の顔を交互に見て、ID登録をするようにカウンター端のセンサーを指した。


「面会は二人で?」

「いいえ、私だけです」

「では、カワサキさん、そこへ金属類を入れて」


 ヒナギは手ぶらで、汎用端末以外に持ち物は無い。

 俺はサヤから預かったウエストポーチを腰に巻いており、彼女から離れて静かにファスナーを開ける。中に入っているのは、黒い箱。

 箱の側面には両面テープが剥き出しで貼られ、上部にはメモリが、下部には接地テープがくっつけてあった。


 ヒナギが探知棒で身体検査されている隙に、裾を払うフリをして腰を曲げ、箱をスニーカーの横に置く。

 検査ロビーと、面会室がある奥の廊下は、強化アクリルの透明壁で仕切られていた。

 壁には電子ロックされた手動ドアがあり、これを開けるには専用カードと暗証番号が必要だ。


 俺は刑務官の目を盗み、静かに黒箱を足で押した。

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