15. 青少年福祉支援ホーム

 早くから複製能力に目を付けられたヒナギは、怪しげな大人に囲まれて十四歳までを過ごす。

 青少年福祉支援ホームという正式名称は、施設の外へ出てから覚えた。

 収容された子供たちは、自分の暮らす場所をただホームと呼ぶ。


 一般的な勉学は、参考書やドリルを与えられ、狭い個室で独り励んだと言う。

 学科の試験はあったものの、ホームが関心を寄せていたのは彼女たちの特能だった。

 午前と午後、一日に二回行われる特能検診と訓練が、何年にも亘って繰り返される。


 ホームの職員たちは、子供同士が交流することに良い顔をしなかった。

 ヒナギたちが顔を合わすのは、朝夕の食堂での食事と、正午から一時間の昼休憩の時だけだ。

 職員の監視下での休憩では、あまり活発に他人と会話する者もおらず、自室へ篭る子が多かった。


 そんな中、幼いヒバはヒナギと強引に話そうとしてきたそうだ。

 彼がなぜヒナギを気に入ったのかは分からないが、毎日中庭で会う約束をさせられたと言う。

 ヒバのお気に入りは、自分の能力でコーティングした小石だ。

 真っ黒な石が、彼の宝物。庭に落ちている僅かな小石を拾っては、夜ごとに融着で加工していたらしい。

 これらをヒナギへ見せては、得意げに自慢するのが少年の日課だった。


 退屈な、それでも彼らには唯一のホームも、十五歳の秋を機に去ることになる。

 卒業検定、そう呼び慣わされる一連の試験を経て、子供たちは各々の進路へ振り分けられた。

 特能の有用性や強度が判定基準なのは、ヒナギらも薄々気づく。

 出来るだけ上を目指すため、死に物狂いで自主訓練を行う者もいた。


 ヒナギもヒバも、その例に漏れない。

 自分よりずっと年下だと思っていた少年は、成長障害を患っており、ここで初めて同い年だったと知った。


 ヒバはより上を目指し、またヒナギにも同じ進路を希望したので、彼女も自分の訓練時間を増やす。

 今となっては、その愚かさが恨めしいと、彼女は冷め始めたコーヒーを啜りつつ先を続けた。


 ヒナギの検定結果はCプラス、能力は特異だが微弱とされる。ヒバはAマイナスをもらい、この通知日が彼を見た最後となった。

 別れを予期していた彼は、黒い小石を一つ、プレゼントだと手渡す。

 卒業検定用にヒバが作ったというそれが、俺も車で見た顔付きの石だった。


 A評価を下された者は即座に首都方面の別所へ移送され、Bならホームの姉妹施設である“能力開発福祉センター”で監察が継続される。

 Cは放逐に近く、サクラザキ研究都市の実験棟で特能調査に協力させられた。


 対人実験と称し、ヒナギは誰とも知れぬ人間を相手に複製能力を奮う日々を重ねる。

 当時の彼女は十秒前後の複製が精々で、伸びない記録に、研究員たちは明白あからさまな落胆を見せた。


 サクラザキには全国、さらには海外からも続々と能力者が送られてくる。

 潤沢な資金と設備を誇る研究都市でも、無限に研究対象を受け入れられるわけではない。

 単に珍しいからという理由で予算を振り分けるほど、サクラザキはアカデミックな街ではなかろう。

 より有益な対象を優先した結果、ヒナギは要監視特能保持者にまで格下げされた。


 足首に位置情報を発する追跡リングを嵌められ、隔日の検診が必須の生活――軟禁生活と似たようなものだ。

 首都の特研病院には患者用の宿泊施設が在り、そこに移り住んだ彼女は、病院から三十メートル以上離れることを禁じられた。


 特殊な能力保持者キャリアを探していたサヤが、そんな彼女の前に現れる。

 診察記録が全て極秘とされているのだから、注意を引いて当然だった。

 施設へ忍び込んでヒナギと接触したサヤは、複製能力者を発見したことを喜ぶ。しかし、特研の管理下から逃げたいと申し出たのはヒナギの方だ。


 ホームを卒業・・し、若干でも外の世界を見聞きした彼女は、自分が篭の鳥であることを自覚していた。

 いや、もっと以前からか。大人に知られぬよう慎重に、少しずつ、ヒナギは他人の記憶を複製してきた。

 脈絡の無い無数の記憶――細切れになった思い出の欠片が、憧憬の念を掻き立てる。

 サヤは檻を破壊して、外へ連れ出してくれる救いの主だったのだ。


「そんな逃げ方をして、追跡されないのか?」

「前準備には、たっぷり時間を掛けた。消せる記録は消して、追跡リングも外したし」

「だからって、要監視特能保持者、だっけ? 重要人物なんだろ」

「名前は大層だけど、出来損ないだもの」


 優秀な特能者を育成するホームで、結果を出せなかった半端者だと、ヒナギは自嘲してみせる。

 随分な卑下っぷりだが、ようやく俺をまともに見た顔は笑っていた。


「C級なんて、篠目の眼中には無いよ」

「篠目?」

「あとからサヤが調べてくれた。ホームは、篠目が建てた能力者専門の孤児院だった。表向きはね」

「またあの野郎か。その実態は、特能持ちの育成機関ってとこかな。よく問題にならねえもんだ」


 ヒナギがホームで会った子供には、内壁を溶かし得る発火能力者もいた。火事騒ぎになったので、よく覚えているそうだ。

 この子供は、当然ながらA判定を受けて卒業した。


「そんなやつなら、黒箱も溶かせるかもなあ」

「無理じゃない? 仮に可能でも、中のメモリまで溶ける」

「それもそうか。他に開けられそうな能力はなかったか?」


 私は覚えが無い、そう答えたヒナギの背後から、サヤが近寄ってきて会話に参加した。


「切断能力者ってのが、三年前にいたみたい。それくらいね」

「いいじゃん。箱をぶった斬るんだよな」

「そんなの軍事級よ。まだこの国にいるかも怪しい」


 やはり特能で開けるつもりか、とヒナギが彼女の方針を確認する。

 大掛かりな工作機械を調達するより、特能者キャリアを探す方がノウハウもあり楽だとサヤは答えた。

 だが肝心の特能に心当たりが無いのに加えて、箱を前にじっくり日を費やすのもイヤだと言う。


「もう走り出したのに、また年単位で調査を始めたら、どんなトラブルが起きるやら。特襲も動いてるみたいだし」

「なら、強引に探してみる?」

「どうやって?」

「ホームを調べる。A級は無駄かもしれないけど、B級ならあそこにデータがあるはず」

「無茶言わないで。ホームなんて軍事施設並のセキュリティ……」


 語尾を濁したサヤは、踵を返してPC端末の前に座る。

 彼女はこれまで得た情報を、忘れないように文字に書き起こしていた。暗号化されたテキストデータをデコードして、その一つを画面に表示させる。

 何を閃いたのかと、俺とヒナギも彼女の後ろに行き、肩越しにモニターを覗いた。


「“綾月氷凪”――ヒナギの聞き取り記録か」

「そう、えーっとね……」


 スクロールされる内容は、俺がついさっきヒナギ本人から聞いたものと同じだ。

 物心ついた時には、ホームにいた。独学と訓練に明け暮れ、ヒバと知り合う――。

 記述のディテールはずっと細かく、ヒバ以外の子供についても、詳しく書かれていた。

 十五歳と題された段落の一点を、サヤが指で差す。


「ここ」

「“十月三十一日、卒業検定”、年号は無しなんだ」

「ヒナギは年の感覚がおかしいのよ。四年前だとは思うんだけど」

「で、それが?」

「ハロウィンでしょ、この日は。だからカボチャの石を渡したんだと、今気づいた」

「ああ!」


 あまりに不細工で、俺もカボチャだと連想してなかった。

 ヒバが顔を刻んだ黒石は、ジャッコランタンのつもりだ。卒業検定の記念に、ってことだろう。

 だが、そこに何か意味があるのか?


「馬鹿ねえ、今日は何日よ」

「十月二十八日だ」

「ほら」

「ほら、じゃねえ。今でも三十一日が、卒業検定の発表日かもな。こういうのは決まり事だし。だからって何だよ」


 はあー、と溜め息をついて見せたサヤは、指を立てて俺にさとす。

 ホームに侵入するのも、ハッキングするのも、相当な準備と手間が必要である。普段なら、そう。


「だけど年に一回だけ、大人数が施設に出入りする日がある」

「……検定後の移送日か」

「能力名のリストと、能力者の所在が分かればいいのよ。過去の移送記録が閲覧できればいい」


 同じ篠目が関わった施設なら、特研の病院とデータ形式は揃えているだろうと、サヤは推察した。

 下級権限でも、彼女が言う能力者一覧はアクセス出来るはずだと。


 Aクラスは、仮に情報が判明したところで接触が難しい。サヤの狙いは、ヒナギも提案したBCクラスの能力データだ。

 Aクラスがいない“能力開発福祉センター”とか名乗る施設なら、侵入する手立てもあるのでは。

 そこにターゲットがいると確定したなら、無理をするだけの値打ちもあろう。Cクラスなら尚のこと、接触できる可能性が高い。


「手分けして準備しましょう。買い出しリストを作るから、ヒナギとショウで行ってきて」

「サヤはどうすんだ?」

「計画立てたり、電話したりかな」


 彼女と行動を共にして、サヤが優秀な頭脳役だと俺も認め始めていた。

 ホームは難敵でも、彼女なら持てるパワーで攻略するかもしれん。俺の彼女への評価は、変態から変人に格上げされた。

 惜しい。どこかネジが飛んでいるからなあ。


 さして時間も取らず、サヤは買ってくる物をメモ用紙に書き上げる。

 その紙を持って、俺とヒナギは一階へ下りた。


 フォーマルな衣服と、工作用の細々とした資材がリストには記されている。

 服が変装用なのは、俺でも予想がついた。ネクタイを締めるなんて初めてだ。

 大容量の携帯バッテリーや、粘着テープ、発煙筒なんて物もあったが、これらは「無ければ不要」との但し書きが付く。


 今回の作戦では、ヒナギがかなめとなるらしい。物資のほとんどは念のための用意で、アポートも出番は少ないだろうと言われた。

 大事なのは、ヒナギの身元がバレないこと。ホーム出身の彼女を知る者が、どこにいるか分からない。

 新たに化粧品まで購入するのは、ヒナギのためだった。


「“動体センサー球”なんて、どこに売ってんだろ」

「特殊な商品は、埠頭のマーケットで大抵は買える。訳ありの人間が使う雑貨市場があるから」

「へえ」


 まずは衣料品、次にマーケットの順でヒナギは車を走らせた。

 彼女の身の上話を聞いた時に、俺にはどうにも気になることがあり、車の中で尋ねてみる。


「ホームじゃ十秒しか使えなかった複製能力が、何をしたら三分に伸びたんだ?」

「私は……どこか、抑えてたんだと思う」


 幼い頃は、特能に嫌悪感すらあったとか。ヒバの勧めもあり、卒業検定前は訓練に精を出したとは言え、試験結果には反映されない。

 研究員たちを喜ばせることに、どこかで良しとしない自分がいたそうだ。


「サヤと一緒に動くうちに、記録はどんどん伸びた。ショウには応用できない話でしょ」

「まあ、そうかな」


 仲間のためだからか、束縛から逃れて気の持ち様が変わったのか。

 俺の昔話も聞かせてくれと言うヒナギへ、学生時代の思い出を話しつつ、俺たちは夜の街を一回りした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る