侵入者 二


 時計の針は深夜十一時を過ぎた。


 荒々しい内海の風は、ますますの湿気を帯びる。

 雲はより厚く、空はより黒く、天の光は塞がれる。

 

 黒い影は真っ黒で、静かにしていれば人か獣かさえ、わかりはしない。


 誰が彼、彼は何?

 

 それを良いことに、野蛮な人の光が、縦横無尽に庭の中を暴れ回っている。


 タタタタンッ。

 

 アサルトライフル達がリズム良く、暗闇の先へ五・五六ミリ弾を叩き込む。


 潮の匂いが混じる夜風を硝煙しょうえんがローストして。


 環境に優しい無鉛化弾頭で頭をぶち抜かれて、男達へ襲い掛かる不思議人形ワンダーゴーレム達が壊されていく。


『キシャッ』


 宙を舞う手榴弾しゅりゅうだん


『キシャッ?』


 爆発。


『キシャアアアッ!!』


 えぐれ飛ぶ玉砂利と、吹き飛ぶ三匹のトロール人形。


 広い日本庭園は殺伐さつばつとした戦場に変わり。

 男達の通った後は、庭師が見れば卒倒する程度にはグチャグチャにされていった。


「ったく、誰が直すと思ってんだよ……」


 惨状さんじょう……。

 ただただ、惨状……。

 

 弾痕だんこんを刻まれて転がるボロボロの石灯籠いしどうろうは、安芸あきの国一番の名工が手掛け、夜桜の下で御殿様と本因坊秀策の対局を照らしたと伝わるものであり。


 爆破粉砕された松の古木は嘘かまことか、志賀直哉が感嘆かんたんして名を付けたといういわれがあるものであった。


 どんな暗闇に閉ざされたとしても、人ならざる力を持つ流威の眼は、真昼のように世界を見通すことができる。


 故に流威は杉の巨木のいただきで。 

 現実逃避したくなる景色の在り様に。

 頭を抱えているのだが。


(しかし、このド畜生共がただの押し込み強盗なら、話は簡単なんだよな)


 瀬戸内一の豪商『柳伝家』。

 始まりは島に住まうただの猿楽師の系譜。

 江戸の時代には、参勤する大名や渡来の人々に芸を見せ、時にはまじない師の真似事をして生計を立てていた。


 転機は文明開化の明治維新。


 東の果てにドッと西洋が雪崩込なだれこみ、荒れる時代の波をサーファー以上に乗りこなし、大正の始めには巨万の富を築くことに成功する。


 確かに運もあった。

 そしてそれを掴み得たのは、芸を売ると同じくして、大名からの有力者や西欧人との繋がりを得て、蓄えた知識を活用したからだ。 


 戦後を経て、多くの旧家名家が没落してもなお、柳伝の家は栄えている。


 山の上に築かれた城のような屋敷には幾つもの蔵が立ち並び、その中には古今東西の宝が置かれている。

 かつては進駐軍への賄賂おねがいで大半を失ったが、バブルの頃にはその十倍以上をまた蔵へと収めることになった。


(センサー、ドローンに故障無く、警備システムにも異常なし。俺の結界はスルーされて屈辱くつじょく。ついでに作品も壊されて、予報は嵐の模様。あ~あ)


 そして柳伝家は今、半導体から量子コンピューター、漢方からバイオエレクトロニクスまで、多くの企業や団体を支配、または影響下に置くに至っている。


(これだけの銃器を島に持ち込めて、おまけに強力な魔法使いまでいやがる。ホント、きな臭いったらありゃしない)


 世界中を覆った死病の流行、その避難所として瀬戸内海の四つの島を魔改造して作られた洲島すしまという都市。


 それを実質的に支配しているのが、西日本の政治経済を牛耳る、柳伝という一族なのであった。

 

(あと一週間で期末テスト。おまけにあの女のせいで針のむしろ

 

 警察は柳伝家の意のままに。

 二十四人がいつの間にか灰の山となり、山の肥やしとなり果てたとしても。


 行方不明でさようなら。


 令和の始めまでストップ高だった『人権』は、諸々もろもろの事件を経て、この頃は顕著けんちょに下落傾向となっている。


(ここでストレス解消といくか。特にあいつは遊べそうだしな)


 二百メートル先の、大柄な黒コートの男を注視する。


 そして流威の視界の中で、男は獰猛どうもうな笑みを浮かべた。

 

 瞬間。


「ハハッ、そうだな。こんな玩具にんぎょう共じゃあんたも退屈だろう」


 流威の左手の中で、男の投げたナイフが蒸発する。


 杉の枝を軽く蹴り、流威は男達の前にトンッと着地を決めた。

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