侵入者 一


 下弦かげんの月と星々が雲に隠れ、夜が黒い闇へと変わった。

 民家さえまばらな郊外の道を、三台の黒いSUVが走って行く。

 

 橋を渡って左折したそれらは、緩やかなカーブを描く坂を上り、重厚な木の門扉に閉ざされた古い屋敷の前でタイヤを止めた。


 ドアが開き、中から黒衣の男達が姿を現した。

 彼らは音も無く地面へと降り立ち、その手に持つ銃を構える。


 一際大柄な男が彼らの中から歩み出て、皮手袋に包まれた右手で門扉に触れた。


 そして。


「「!?」」

「ほう……」


 男の右手が火に包まれた。

 それがプロジェクションマッピングのような実体の無い幻ではないこと示すものを、炙るような熱とそれを生み出す異質な力の波動を、彼は肌に感じていた。


「それなりではあるが、この程度」


 フウッ、と男が右手に息を吹きかけると、火は簡単に消えてしまった。

 そして服も手袋も、全くの無傷である右手が現れる。


「何ということも無い。所詮は枯れた一族の手技だ」


 男の右手がまた門扉に触れる。

 そして今度は火に包まれること無く。


 魔力が走った。


 木の門扉がちりとなり崩れ果てる。

 それを革靴が踏み潰し、闇の奥に広がる庭園へと進む。


「行くぞ」

「「はっ」」


* * *


 砂浜を駆け寄った男女が熱い抱擁ほうようを交わす。


「もう、絶対に君を離さない」

「私も、決してあなたを離さない!」

 

 海の輝きを背景に、男と女の唇が近づいていく。


 潮騒しおさいが美しいBGMになる。


 そして。


『良い子のみんなのドグニーワールド! 夏休みは豪華パレードが盛沢山!!』


 無表情の獣のぬいぐるみ達が、これでもかと手を振って来た。


 ピッ。


「ねえお兄ちゃん」

「何だサギ?」


 スマホを弄っていた流威るいは、背後から飛んで来たテレビのリモコンをキャッチした。


「それやめて」

「すまんすまん」


 流威の妹である狭霧さぎりは、『サギ』と呼ばれることを嫌ってた。

 

 夕食を終えた兄妹きょうだいは片づけを済まし、ふと付けたテレビのバラエティーを観て、惰性で古い映画を眺めていた。


 やがて狭霧いもうとはソファーに埋もれ、流威あには飽きてスマホを取り出したのだった。


「お兄ちゃんってさ……」

「ああ」

「紫峰院先輩とヤったの?」


 スマホが絨毯の上に落ちる。

 そんなことよりもと振り返った流威の視線が、ジッと見つめる狭霧の視線と交わった。


「学校中の噂。ユイチンやナーチンがお兄ちゃんをられたってうるさかった。ほら、お兄ちゃんって近い女の子には優しくて、無駄に顔が良いじゃない」

「お前が俺をめるなんて珍しいな」


 妹様は気難しい。

 いや、昔が素直過ぎたかと、流威は頭の片隅で思い直した。


「褒めてないよ」

「そうか」


 ……。


 沈黙は気怠げで生温なまぬるく。

 どちらからともなく視線はれて。


 流威の投げたリモコンを狭霧がキャッチした。


「ちょっと出て来る」

「いってら~。コンビニ行くならポテトか何か買ってきてよ」

「太るぞ」

「…………ふん」


 スニーカーを履いて、ガラガラと戸を開ける。


 闇の中に侵入者おきゃくさん達の臭いをいで。

 

「全く、風呂に入った後なんだがね」


 気負う事も無く、庭へと歩いて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る