魔龍と聖女

聖女の勧誘

「私達新体操部のマネージャーになっていただけないでしょうか?」


 綺麗な日本語を話すのは、目の前の金髪碧眼きんぱつへきがんの女。

 とんでもなく整った顔は、清楚せいそを超えて神秘の域にまで達している。

 潤んだ瞳は優しい光をたたえている。


 もし聖女という人間がいるならば、彼女のことだと誰もが言うだろう。


「それ、俺に言ってるのか?」


 対して極悪の化身とか、陽林院高校の悪魔とか、洲島の邪竜とか言われているのが俺。


 女子はおろか男子さえ、約一名を除いて、俺の視界に入ることさえ恐れている。


「はい。柳伝りゅうでん君にお願いしています。どうか引き受けてはいただけないでしょうか」


 彼女が頭を下げ、フワッと金の髪が揺れた。


 固唾を呑んで見守っていた周囲のギャラリーどもが騒めき出した。


紫峰院しほういんさんが頭を下げた!?」

姫華ひめかさん、そんな……」


「紫峰院さんが一年生でも、彼女の言葉を無視できる奴なんていない……」

「ああ。じゃああの悪魔が、新体操部の女子を蹂躙じゅうりんするってのか」


卑劣ひれつだぞ柳伝! 彼女を暴力で脅迫きょうはくするなんて!!」


―― 言いたい放題だな、外野どもが。


 頭を下げ、顔の見えない紫峰院姫華にだけ聞こえるように、声を飛ばす。


「おい女狐。何を企んでやがる」

「私ね、小心者なの。だからあなたを監視下に置いてないと、気が休まらないの」


 とても小さく呟かれた、俺にだけ辛うじて聞き取れる程の、彼女の言葉。


「喜びなさい柳伝君。本来は男子禁制で、特にあなたのような粗野な人は、近づくことさえ許されないんだから」

「断る」

「駄目よ。もう決まったことなんだから。あなたに拒否する権利は無いの」


 紫峰院が頭を上げる。

 それはうれいを帯びた可憐かれんな顔で、どうやったら今のような言葉が出てくるのか、理解できるものではなかった。


「お願い、できませんか?」

「……わかった」


 周囲のギャラリーの悲鳴が爆発した。

 驚愕きょうがく、悲鳴、号泣。


 防弾ガラスがビリビリと震え、ラウンジの入り口から、生徒指導の教師が駆けて来るのが見える。


「くそったれ」


 俺の放った悪態に、初めて、紫峰院の笑みが変わる。

 口の端を少しだけ挙げて、一瞬だけ瞳に浮かんだ嗜虐しぎゃくの光。


「こき使ってあげるわ。楽しみにしてなさいな」


 とても綺麗な微笑ほほえみで、俺だけに聞こえるように、最低の宣告をした女に。


「〇ァック」


 短く中指を立ててやった。

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