人間

 人間としての意識は、生まれた時からあった。

 龍としての記憶と力を失い、ただの赤子となり、薄暗い部屋の中で、母である少女に見下ろされていた。


「ごめんね。産んで、ごねんね」


 少女は泣き、絶えず涙を零していた。

 父親はいなかった。

 いや、誰かさえも分からなかった。


 一日を、がらんとしたその古い部屋の中で過ごした。


 そして布を詰めたリュックに入れられ、少女に背負われて、何処かへと連れて行かれた。


 ファスナーが開く。


「ごねんね。許して。ごめんね」


 リュックから出された俺は、壁に作られた扉の中に入れられる。

 透明な壁に包まれた寝台に置かれ、部屋の明かりに照らされる。

 

 闇を背にして、母である彼女が、ゆっくりと扉を閉めていく。

 

「……許して」


 扉は閉じ、少女の姿は消えた。


 それから十六年が経った。


 体は成長し、一人で生きていくだけの力を手に入れた。

 そもそも龍の幼体は、その命を一人で生きることから始めるのだ。

 脆弱な人となっても、龍である俺は、孤独というものを恐れることはなかった。


 自由に気ままに、新しいこの世界を謳歌しようと思った。

 完全に龍の力と記憶を取り戻せば、絶対者として君臨することもできるだろう、と。


 そのいつかを想いながら、平坦な日々を過ごす。


 けれども、ふとした時に、俺を産んだ少女の姿が脳裡を過ぎる。

 

 口にし続けた謝罪の言葉。


 それが俺の胸を疼かせる。


 龍である俺には、弱い人間の言葉は分からない。


 だから彼女の言葉も分からない。

 

―― 人間になっても、俺は。


 そう、だから俺は……。


―― 知りたいと思ったのだ。

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