第6話 そして卒論へーー

 「なあ、ヒュウゴ。この、生物多様性とか、地域性種苗とか、まやかしだよなぁ。ただの建前じゃん?」


 学会後の研究室。

 僕とヤスは、誰も居なくなった部屋で、だらだらと喋りながら学会の片付けをしていた。


 「まあ、そうだね。記録に残るものからは、失われた世代についてをなるべく残さない方針だ。かと言って、何の理由もなく実験しました、とは頭に付けられないし」


 「そうは言ってもなぁ。失われた世代のことを他国から隠し通すとか、歴史上無かった事にするとか、どうかしてるぜ」

 「何十年か先は、魔力無しの世代しかいないかもな」


 いつか、失われた世代のことも、正史には残らない、お話の中のことになるのだろうか。

 それとも僕達魔力持ちが、そうなるかもしれない。


 「僕は、マソドラゴラを誰もが使えて研究できる方法を発表出来れば十分だよ」

 「ほんとお前は欲が無いな。お前ん家の発見だろ?」

 「おいおい。いくらなんでも、国や世間相手に高値で売り付ける真似出来ないよ。それより、失われた世代が生活できる方が大事さ。……妹の事もあるからな」

 「そりゃそうか! 俺も、弟達がせめて、普通に暮らせる方がいいや」


 ヤスみたいに、同じ薬草園持ちの後継者候補で、新種マソドラゴラの発見について、親同士が利益を融通した繋がりだと、こんな冗談も出てくる。


 研究室の他のみんなは、先に学会後の宴会に行き、著名な先生方の持て成しや、他学院生との交流をしている。

 僕達は学会の片付けを担うと言って、こうして久々の息抜きをしていた。


 「それにしても、ヒュウゴ。このマソドラゴラの論文、すげえ発表だったなぁ。まあ、俺の手伝いがあったからだな!」

 「そうだな、ヤス。僕の卒業後も、頼むぞ?」

 「任せとけって! 二つ名返上、【卒論殺し殺し】の異名、獲得したし!俺も実家に貢献できたな!」


 【廉価失禁】の二つ名を返上したヤスは上機嫌だ。

 研究の最中、ヤスの性格には何度助けられただろう。とにかくいつも機嫌が良く、鋭い意見や質問なども上手に返す。

 同じチームで本当に助かった。


 「本当に……ありがとな、ヤス」

 「どうした急に? さて、ヒュウゴ、これから飲むぞ!」


 そう言って、片付けが終わった研究室から出る。

 ヤスは優秀だ。銀月までの短い時間の中、学会準備、引き継ぎの根回し、卒論準備、実験、全てヤスがいなければ回らなかっただろう。


 ヤスと僕は宴会に参加し、チームのみんな、研究室のみんなを労いつつ、先生方や他学院の学生達と意見や感想を交換しつつ、大いに飲み、食べた。

 解散した後も、研究室に集まり内輪で飲み、誰かが持ち込んだ火の酒が回り、気付けば朝だった。


 僕は自分用にスクナヒコノクスネを煎じた。



 ……今頃タケルはどうしているだろうか。


 夏に帰省をした時、言葉数も少なくなっていた。

 ただただ、げえむ機を貸してくれ、一緒に遊んだ。

 暗いじめじめしたところにいる、祖父よりも老けたタケル。

 タケルとの最後のげえむだったかもしれない。



 ……タケルは、この世界のものではない。



 一度だけ、リソゴを食べながらぽつりと呟いていたことがある。

 タケルはニッポンという、名前が似てるけど別の世界からこちらに生まれ変わって、マソドラゴラになったのだと。


 あの時は、そんな夢みたいなことがと思った。

 だが、マソドレイクと異なるマソドラゴラ、無尽蔵の魔力を思えば、あり得る話かもしれない。



 ――この国の神様が用意した魔力の代わり。


 ふと、そんなことを思う。



 本当は、火吹きドラゴソの卵が魔力の代わりを担うはずだった。

 だが、ドラゴソは多くの人の命と、そして自分の卵と引き換えに生き延び、別の命に生まれ変わった。

 困ったこの国の神様は、別の世界から、魔力の代わりを用意した。それが、タケル。


 失われた世代のために遣わされたマソドラゴラ、テンセイニッポンジン。



 なんて話は、火の酒を飲み過ぎて作った、僕の妄想だけど。



 あとは卒論をまとめあげ、提出するだけだ。今日は、今日だけは、みんなでゆっくり休もうと思った。



 ――こうして、僕、ヒュウゴ・サエキの卒論は、無事終了した。



 ヒュウゴ・サエキの実家の薬草園。

 その周りは山々が囲み、多くの樹木がある。

 上から見ると薄暗く、陰になった洞穴のような場所に、ヒトの形をした枯木がぽつんとあった。

 人間で言うところの三角座りの形をした枯木は、携帯型端末ゲーム機のようなものを持っていた。

 ゲーム機の画面が表示される。



 『ヒュウゴへ。最後の力で手紙を残した。ぼくはこの世界で君と過ごせて楽しかった。

  ニッポンではいつも一人でいたぼくが、この世界でも一人でいるのは仕方ない事だと思っていた。

  でも、ヒュウゴが気付き、ぼくの種が役立つと分かり、ある種の満足感のようなものを得る事ができた。

  この手紙は日本語で書いてあるから、君には読めないと思う。

  でも、どうしても書きたかった。

  君に会えて良かった。ありがとう』




 ある日、枯木の側に少女が近付き、何かを拾い、去って行く。



 そして、卒業したヒュウゴが学院から帰ってきた日。



 ヒュウゴの妹、リアの部屋の植木鉢には、小さなタケルが生まれていた。


(了)

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ヒュウゴ・サエキの卒論 黒イ卵 @kuroitamago

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