第5話 マソドラゴラの魔力
「ヒュウゴ。ちょっと来なさい」
「おじいちゃん。どうしたの?」
ある日祖父に、実家の一室に呼ばれた。
そこは薬草園の中にある密談室で、機密性の高い毒草や薬草の取引など、特に大事な商談などに使われている部屋だ。
僕は初めてその部屋に入れてもらった。
「タケル君から採れた種子が育ち、成長したマソドラゴラを引き抜いた事は知っとるな? それで、その根を用いていくつか実験をした。すごいぞ、タケル。このマソドラゴラは、これからの魔力の代わりになれる!」
この出来事の後に学名登録をするのだが、既に僕と祖父の間で、マソドレイクと区別を付けるためにマソドラゴラと呼んでいた。
タケルから採取したマソドラゴラの種を、最初は僕の実家の山に蒔いた。
もちろん、タケルの生育環境と土壌条件が似通った場所だ。
種は無事発芽し、祖父が魔力を使い、成長を早めた。すると、タケルそっくりのニポソ産マソドラゴラが生まれた。
だがタケルと違い、意味のある言葉を話せるものはなく、自家受粉もしなかった。集団にすると一株雌株ができ、受粉した。
そして、引き抜いたマソドラゴラを粉末にし、魔導具に使用すると、魔力の代わりになることがわかった。
「条件が似ている、他の土地にも蒔いてみようと思う。そこでだ。ヒュウゴ、これは今の時代、うちだけの秘密にしておける事ではない。火吹きドラゴソの卵になるだろう」
火吹きドラゴソの卵とは、昔、たいそう力の強いドラゴソがいて、さらに火を吹く事ができた。
そのドラゴソの卵には価値があると言われ、あわよくばとドラゴソの隙を狙うものが後を絶たず、多くの人が火吹きドラゴソの吐く火炎に飲み込まれ、卵ごと命を落としたというお話だ。
大き過ぎる力を持つものは、その力で多くの欲と災いを呼び寄せるという教訓が込められている。
「わかったよ、おじいちゃん……。父さんと母さんにも、相談しろってことだね?」
「ヒュウゴ……。そうだ。もう、タケル君の事は、秘密にしておけない。何より、二代目就任の書類はさすがにもう出さないとまずい」
実質的就任後、五年以内に書類提出を義務付けられている。
この年妹のリアは、三歳になるところだった。
父と母も密談室に呼び、タケルとのこれまでの事を話す。
「ヒュウゴ、大変な発見をしたね。責めてるわけではない。薬草園持ちの後継者として、薬草や毒草と友達になれるお前には才能がある。ただ、今の時代の中、取り扱いを間違えると、大変な事になる。わかるね?」
「うん、父さん。僕は火吹きドラゴソの卵になるつもりはないし、リアのためにも、これから必要な事だと思う。父さん、母さん、僕はどうしたらいい?」
話を静かに聞いていた母が、口を開いた。
「――ヒュウゴ。力が欲しいか? 何物からも守れる力が。だが、現実にはそのようなものは無い。全てを焼き尽くすか、うまいこと生き延びるか、だ。お前はどちらを選ぶ?」
母の眼が、ちろちろと赤い炎のように瞬いた。
「……僕は、僕はタケルを守りたい! そして、リアのような失われた世代の子達に、マソドラゴラの希望をあげたいんだ! そのためには、父さん、母さん、力を貸してください!!」
「――まあ、及第点ね。いいでしょう。あなたも、義父上もよろしいですね?」
「アリアの仰せの通りに」
「ふう、寿命が縮まるところじゃ。して、ヒュウゴが書いたタケル君の観察記録を論文としてまとめ、二代目就任書類と合わせて出すのはどうじゃ? 箔付けと、お前なら薬草園のつながりを利用して、うまくやれるじゃろう? ついでに、他の地域にも種を蒔き、産地を三つほど作っておけばよい」
「義父上もある程度、考えてくださったのですね」
「そりゃ、アリアさんがこわ……かわいがっとる、ヒュウゴの為じゃ! ははははははは!」
こうして僕の観察記録は新種ニポソ産マソドラゴラの論文としてまとめられ、三つの産地で採れたもの、として発表された。
父は薬草園二代目として、有名になった。
僕は来年から、実家を離れ、草木や種子の勉強のために学院へ行く。
僕とタケルは、離れ離れになる。たまの帰省だけが家族とタケルに会う機会になるだろう。
「タケル、君の種から生まれたマソドラゴラから、魔力が採れたよ。いつか僕はリアのために、魔力無しでも薬草、毒草生育や管理が簡単になるような研究をするよ! たくさん論文を読んで、マソドラゴラを、もっとみんなが使えるように!」
タケルは、そうか、と言って笑った。
思えばタケルの旧い魔導具は、タケルの根の一部から繋がっていて、タケルから魔力を供給され、発動されていた。
ずっとずっと、タケルから無尽蔵に魔力は湧いていたのだ。
そのせいだろうか。
タケルは、他のマソドレイクよりも寿命が長く、変態も遅かった。
そして、この時、祖父の外見と変わらなくなっていた。
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