第4話 失われた世代
僕がタケルの観察記録をつけ始めた数年後。
観察記録を基にして、新種のマソドレイクをニポソ産マソドラゴラと学名登録することを、父の名で世間に発表した。
これは薬草園持ちの横のつながりを利用し、二代目に就任した父の名を広める目的と、僕自身、そしてタケルを守る意味があった。
たかだか、一学生の僕が新種のマソドラゴラを発見し、新しい学名を付けたところで、一笑に付される時代なら良かった。
あるいは、微笑ましい話題として、受け入れられる時代なら。
観察記録をつけ始めた一年後、僕の妹が産まれた。
妹は薬草園持ちの家に生まれたのにも関わらず、生まれつき魔力が全く無かった。
そしてこれは、僕の家族の問題だけではなく。
世の中全体で、魔力が全く無い、もしくはほとんど無い子供が生まれてくる、失われた世代の始まりだった。
ーー魔力に代わるものを、見つけなければならない。
はじめ、世間に流行ったのは節約だった。魔導具の効率を上げ、少ない魔力で多く稼働できるようにする。
次に蓄魔力だった。少しずつ魔導具に溜めておき、一気に消費する。
どちらも魔導具の開発と量産による普及に成功し、諸外国に対し、魔力不足を侮られることなく、より効率的に魔力を回せるようになり、優位を誇れるようになった。
しかしどちらも、魔力持ちの上の世代がいる間の一時的な措置に過ぎない。
失われた世代以降、僕たちの世代と同程度の魔力持ちが生まれることはなかった。
そんなある日、タケルが一晩で変態し、成体のマソドラゴラとなった。
そして、月に一度の繁殖期が始まった。
「ふう。ふう。はあ。はあ」
その日、タケルに会いに行くと、明らかにいつもと様子が違った。
体の大きさが大人と同じくらいになり、頭の草と花ーーこれは擬態で、この花の部分を見て雄株か雌株を判断するーーが色が変わり、緑の草と紫の花だったのが、青い草と赤い花に変わっている。体の色は、茶色になっていた。
「タケル! どうしたの?」
「……夜に……急に大きくなって……それが終わったと思ったら……なんだかずっと体がむずがゆいんだ……」
タケルは体を掻き出し、だんだんと強く、ガリガリと引っ掻き出した。
「やめてタケル! ちょっと、おじいちゃんを呼んでくる!」
慌てて祖父を呼び、タケルの前に連れて来た。
「タケル君。お久しぶりじゃな。ふうむ。成体したか。まさか、繁殖期か?」
「おじいちゃん、繁殖期って?」
「一般的なマソドレイクは、雌雄同体で、雌株の一帯の中に、一株だけ雄株になるものができる。それが繁殖の時期に、擬態した草花の部分からおしべとめしべに当たる部分が受粉のようなことをしている。だが、タケルは……最初から雄株じゃ。初めて会うた時、頭の花を観察したじゃろ? あれで幼生の雄株と見分けたんじゃ。他に雌株もいないのに、繁殖期に入るとは……」
祖父が考え込む様子を見せた。
「もしや? まさか? タケル君、君の耳部分を見せてくれるか」
「……うっうう。はい……痒いカユイかゆい……」
「大変じゃ……。耳の穴の中が詰まっておる。これは、種、じゃ」
「タケルの耳に、タネ?!」
「ああ。おそらく、タケル君は自家受粉して、それが花からうまく出ず、耳の中に詰まってしまったんじゃ!」
「……耳の種……かゆい、カユイ、痒い!!!」
「「タケル!」 君!」
祖父はサッと、腰に着けている仕事道具から、銀色に光る短い棒を取り出した。
先がスプーソのようになったそれは、試薬を計るための道具だったはずだ。
祖父は短いスプーソ付き棒を耳かきのようにタケルの耳部分の穴に入れ、中身をほじった。
その手つきは優しく、ゆっくりと動かし、丹念に穴の入口から奥へとほじり、掻き出していく。
「……あっ。あああ……おじいちゃん、らめぇ……」
「タケル君、大丈夫じゃ。今、全部出すから」
「タケル! じいちゃん! 頑張って!」
ぽろぽろと、耳部分から種がこぼれる。
僕はそれを拾い集め、皮袋に入れた。
「ふう。ひとまず、これで大丈夫じゃ。しばらくして、体の変態が落ち着いたら、種は花部分から出るはずじゃ」
タケルは鼻部分から、紫の鼻血のようなものを出して呆然としている。
「ヒュウゴ。タケル君の体が落ち着くまで、月に一度耳を掻いてやりなさい。種を出せば、体の痒みは止まるはずじゃ」
「……かゆく……無い……けど……こんな……おムコに……いけない……」
「タケル! 大丈夫! 落ち着くまで、僕が毎月耳掻きするから!」
この時採取できた種を、祖父はタケルの居る生育環境、土壌条件が似ているニニギ山、フヨウ峰、シュラの国麓へ蒔いた。
そう、今回僕の卒論用に採取したニポソ産マソドラゴラの代表的な産地である。
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