第4章 逃げない勇気 その4
ヴァルサスにソニックピアシングを避ける手段はない。
――取った。
ボルトだけでなく、ヘルザーも確信した致命打が目前に迫り、ヴァルサスの片手剣が黄色に輝き出した。
破れかぶれの攻撃をしても、ボルトの一撃の方が速い。相打ちにすら持ち込めないが、ヴァルサスの狙いは違った。
ソニックピアシングと片手剣空中用スキル『ヴァルスラッシュ』の光がぶつかり合い、青い稲妻が発生した。
すると、ボルトとヴァルサスの身体は、反発しあうように弾き合い、互いに体制を崩しつつ地面に落下していく。
何が起きたのか理解したヘルザーの全身を戦慄が駆け抜けた。
「スキル相殺!? マジかよ!? 普通狙って出来るもんじゃねぇぞ!!」
スキルとスキルの攻撃判定が衝突した瞬間にのみ起こるスキル相殺。
本来なら滅多に起こる物ではないし、狙ってやる物でもない。
熟練プレイヤーが動画として投稿する魅せプレイや大会後の余興のお遊びでやる程度だ。
実戦で相殺を使ってスキル回避をするのは世界大会ですら稀で、起こった時には拍手が巻き起こる超高等テクニック。
ヴァルサスにとっても確実に出来る自信があったわけではない。何もしないでやられるよりはいいと、タイミングがずれたらカウンターを受ける覚悟をしての行動であった。
初めて経験したスキル相殺に、ボルトの思考が一瞬停止する。その隙を狙い澄ましたかのように着地と同時に、ボルトを爆炎が呑み込んだ。
龍が空へ昇るかのように猛る猛炎の渦がうねり、周囲の廃墟を紅に染める。
べーさんの放った最上位魔法『フレイムテンペスト』だ。
――やられたか?
敗北を覚悟したボルトだったが、HPバーはまだ半分ほど残っている。
何故生きているのか理解出来なかったが、爆炎のエフェクトが消え、自身の身体から発せられる黄色い光を見て確信する。
寸でのところでピッグマンの防御系エンチャント『イージススキン』が間に合い、即死を免れたのだ。
しかしイージススキンの効果は三秒と短く、受けるダメージを八十%カットするだけで完全に無効化するわけではない。
スティンガービルドのボルトにとって今の体力量は、かすり傷が致命傷となる。
ボルトが回復薬を飲もうとするも、既にヴァルサスが片手剣の射程距離に詰めて来ていた。
さらにべーさんもボルトをターゲットしたままで、自力で回復出来る状況ではない。
「待ってろ息子よ!!」
ならばとピッグマンが治癒魔法の詠唱を始めると、キャミーの振るう二つの鉄爪が襲い掛かる。
バックステップで逃れたピッグマンだったが、詠唱は中断され、さらにキャミーは射程距離から逃がしてくれる気配はない。
ヘルザーがキャミーとピッグマンの間に入り、片手剣を振るった瞬間、キャミーの鉄爪の先端がヘルザーの腹を一撫でした。
当たったのは先端だが、カウンター判定により、HPバーは残り一割まで減らされる。
いくらタンクでもこの体力は、あまりに心もとない。
トドメを加えんと追撃するキャミーであったが、ピッグマンの放ったフレイムボルトが鼻先に迫る。しかしこれを容易く回避してみせたキャミーは、狙いをピッグマンに切り替えて接近する。
このままでは二人ともキャミーにやられてしまう。
ボルトが助けに行こうとダッシュしたが、進行方向にヴァルサスがステップで回り込んでくる。
完全に分断されてしまった。
手が出ない。
負けるのか?
ボルトの思考が敗色に染まろうとした時、
「しまった!!」
ボイスチャットでキャミーの声が響く。
ピッグマンの杖がキャミーの腹を突き、電流が迸っていた。
魔法系の近接スキル『スタンロッド』は、ダメージこそ低いが相手を一時的に硬直させる。
数瞬生じた隙、ピッグマンの杖が緑色に輝き、ボルトのHPバーが満タンになった。
続いてヘルザーの回復をと再び詠唱を始めるも、硬直の解けたキャミーがさせない。
紙一重で躱し続けるピッグマンではあるが、地力で勝るキャミー相手に長時間は持たないだろう。
ボルトは、ヴァルサスの繰り出す剣閃を一フレームも逃がさず視認し、紙一重で掻い潜ってピッグマンの元へと走った。
背後からは、べーさんの放つ炎の弾丸が数十と襲い来るが、ボルトの俊足を捉えきれない。
「当たらんか。速いね。ならば――」
べーさんの身体が紫色の光に包まれる。後方の状況を知る由もないボルトは、あとワンステップでキャミーを射程内に捉えるという距離で――。
「取った!!」
眼前に紫色の光が迸り、光の中から短剣を手にしたべーさんが姿を現した。
奇襲用の転移魔法『シフトドライブ』は、ごく短距離であるがロックオンした相手の正面に転移する技。
元々は背後に転移する魔法だったが、これを利用した暗殺戦法が強すぎたため、転移位置を修正された。
とは言え、実戦に置いては尚強力な魔法であり、熟練のプレイヤーでも対処は困難。
ダッシュの慣性が付いたボルトは、バックステップしてもべーさんの射程外には逃げられない。
べーさんは、致命の確信と共に短剣を突き出した。
しかしボルトには、べーさんの一挙手一投足がコマ送りのように見えている。
べーさんの短剣がボルトの胸を穿たんとした瞬間、サイドステップと同時にソニックピアシングを放った。
攻撃を避けられ、無防備となったべーさんに迫る致命の刃は、ブレッグの小さな体を瞬時に灰へと変えた。
まずは一人。倒した感慨を抱きつつも、ボルトに油断はない。
すぐさまキャミーに狙いを映し、短剣を振るった。
キャミーは、これをサイドステップで避けて背後を取りに来るが、この行動は想定内。
ボルトは、すかさずピッグマンに向かってステップインし、鉄爪の射程を逃れつつ、キャミーと駆け付けてきたヴァルサスに向き直った。
数的には三対二と優勢だが、ヘルザーとピッグマンも相当のダメージを負っている。
実質的には、互角というべき状況だろう。
そしてすぐに覆せる数的不利を自覚しているからこそ、ヴァルサスは誰より先んじて攻勢に打って出た。
前に出てくれるなら好都合。ボルトも短剣を構えつつ、ヴァルサスに走り寄る。
ボルトは、あえて無謀に短剣を振るった。普通ならカウンターで狙い撃ちされるかもしれないタイミングでの攻撃。だがこれは、駆け引きの序章に過ぎない。
一見無謀な攻撃でも、スキルに連携してクロスカウンター狙いもあるし、片手剣との攻撃速度の差を考慮すれば、どのスキルを合わせられても、ギリギリでジャストステップを成立させられる。
対するヴァルサスの選択は、カウンター攻撃を出さず、右サイドへのジャストステップによる回避であった。
――やっぱり。
さらにここからの行動は、ヴァルサスならステップアサルトを起点に仕掛けてくるはず。
ボルトは、その反撃をジャストステップで躱してからさらなる攻撃に転じる算段だ。
身構えるボルトに対し、ヴァルサスが次に取った行動は、ボルトを無視してダッシュで駆け抜け、ピッグマンに迫る事であった。
「な!?」
読みを上回られた。
ヴァルサスとの接近戦に対応出来るほどの腕をピッグマンは持っていない。
追おうとしたボルトだが、ヴァルサスに視線が奪われた一瞬にキャミーがボルトの脇をすり抜け、ピッグマンへと迫った。
――二回もやられた!?
今から追いかけても、二人を同時に止める事は出来ない。
仕留められるのは、どちらか一方のみ。
どちらをやる?
ボルトが狙いを定めると、ヘルザーがヴァルサスとピッグマンの間に割って入った。
残り少ない体力だが、ヘルザーの剣はカウンターを恐れない。
取れる物なら取ってみろとでも言わんばかりの豪胆な剣舞をヴァルサスは、ジャストステップで寄せ付けなかった。
決して温い攻め手ではないが、ボルトとの攻防に目が慣れきったヴァルサスにとって、ヘルザーとの攻防は、酷く緩慢なものに過ぎない。
剣撃と剣撃の一瞬の切れ間に差し込むように、ヴァルサスの流麗な剣閃が残り少ない体力を溶かし、ヘルザーは灰と化して崩れ落ちた。
――これで二対二。
しかし数瞬の間もなく、今度はキャミーが灰と化して霧散していく。
「キミ姉ちゃん!?」
困惑の暇を与えずボルトがヴァルサスの懐に入り込み、紅の輝きが胸を打ち抜いた。
――やられた?
敗北を覚悟したが、しかしHPバーはまだ半分残っている。バックステップで距離を放し、ボルトの右手を見ると、生き残った答えが示されている。
ボルト愛用の短剣が右手から消え失せ、握り拳に赤黒いエンチャントエフェクトを纏っている。
キャミーが一撃でやられた事を考えるに、俊介はAGI系投擲スキル『ピアシングスロー』を使用したに違いない。
十分間、投擲に使用した武器の装備が不可能になる代わりに、タンクですら真正面から即死させる一撃を放つスティンガービルドの切り札。
今のボルトは素手の状態で、攻撃力が著しく下がっている。そこをピッグマンのエンチャントで補い、打ち込んできたのだ。
今の一撃が短剣を装備して繰り出されていたら、やられていた。しかしヴァルサスは怯まずに、距離を放すどころか詰めにかかる。
相手は素手だし、こちらの命は拾ったもの。惜しむ必要がどこになる。
本来攻撃速度の関係で素手と片手剣の超接近戦では、素手の方が有利。
しかもエンチャンターのピッグマンが居る限り、素手でも侮りがたい攻撃力を秘めている。
お互いに一発で体力が消し飛ぶ瀬戸際の攻防。
けれど様子見はない。ヴァルサスは、ボルトの攻撃をジャストステップで捌き、ボルトもジャストステップの連打で攻勢をかける。
どちらも全く譲らない。一歩でも退けば負けると理解しているからだ。
ピッグマンには、付け入る隙が見えないのか、援護射撃はない。
さらに拳に掛けられたエンチャントの効果も切れてしまった。
「父さん! 指から血が出てる!!」
――え?
突如響いた洋介の声に、ボルトはVRヘッドセットを脱ごうとしたが、ヴァルサスの繰り出したアサルトダンスの回避に意識を持って行かれる。
「大丈夫だ……」
ピッグマンの声は震え、息が乱れている。
「無茶したら仕事に響くぞ!」
どういう状態か分からない。
VRヘッドセットを取る数秒の内に、ボルトはやられてしまうだろう。
だが、現実の哲郎の様子が気になってしまい、反射神経の精度が落ちてくる。
互角だった応酬は一転、ボルトの防戦へと変じていた。
怪我が悪化してしまったのなら、これ以上はいい。
後は一人で何とかするから、無理だけは――。
「息子と一緒にスポーツ出来てるんだ」
「ここで無茶しなきゃ、何時無茶するんだ!!」
哲郎の操作によってピッグマンは、次々にエンチャントを放ち、ボルトの身体がバフ効果を表す光に包まれていく。
最早哲郎の指には、痛みすらない。
あるのは、指先に纏わりつく痺れだけ。
それでも構わない。
息子と同じ場所に立ち、同じ競技をし、彼の手助けを出来る事が嬉しかった。
俊介が陸上競技をしていた頃、哲郎が送っていた声援は、どれほど届いていたのだろうか。
膨大な音に掻き消されないように、懸命に張り上げた声は、どれだけ息子に届いていたのだろうか。
だが、今は哲郎の行為が俊介の分身であるボルトの力となって、ヴァルサスを操る海藤明というアスリートに立ち向かう武器となっている。
この世界で哲郎の声援は、目に見える形で俊介に届いている。
それがたまらなく嬉しかった。
例え指が腐り落ちても構わない。
ここで息子と走り続けられるのなら。
何も恐れる事はない。何も欲しくはない。ただこの世界を息子と共に走っていきたい。
――だから人差し指よ。あと少しだけ、付いて来ておくれ。
痺れは、熱へと変じ、指の動きを弛緩させてくる。
まだ走れる。まだ息子の隣に居られる。まだ足を止めるわけにはいかない。
立ち止まらずに息子と一緒に、前へ前へと進み続けたい。限界なんて置いて来てしまえばいい。
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