第4章 逃げない勇気 その3
八月二十三日の午前〇時からから八月二十六日の午後二十三時五十九分までの期間中、ソウルディバイトのPVP部門の予選会が開催される。
三日間、各ブロックでレーティングマッチが行われ、もっとも獲得レートの多いチームがそのブロックの代表選手として、九月に開催される全国大会のトーナメント戦に歩を進める。
レーティングマッチのマッチングは基本的にランダムで行われるが、自分より獲得レートの多いパーティを指名して挑戦するチャレンジマッチも行う事が出来る。
ただしチャレンジマッチの挑戦権行使は、予選期間中、各パーティに付き一回のみ。
さらに指名した自分より上位のパーティが挑戦を受けてくれないと、チャレンジマッチは成立しない。
チャレンジマッチが成立すると、獲得ポイントの増減が通常の十倍になるため、一か八かの賭けになるが成功すれば全国大会への出場がぐっと近づく事になる。
Pブロック最終日の午後二十三時〇〇分。
俊介のパーティの獲得レートは、四〇二三で十七位。
明のパーティの獲得レートが四七九一で三位。
Pブロックは今大会で最も接戦のブロックであり、俊介のパーティが明とのチャレンジマッチで勝利すれば千近いポイントを得られ、一位を狙える順位に浮上出来る。
俊介たちは、最終日のギリギリまでチャレンジマッチの挑戦権を残しておき、ついに明のパーティと雌雄を決する時が来た。
俊介たち大島家のパーティがチャレンジマッチのマップに転送される。
フィールドは、朽ち果てた城を背景にした城下町であり、石畳の広場を中心に木製の廃屋や石造りの崩れた家々が並んでおり、スティンガービルドにとっては遮蔽物には困らず、立体に動き回れる足場も確保出来る有利なフィールド構成だ。
一番乗りかと思っていたが、俊介操るボルトの正面にある木製の廃屋の陰から明の操るヴァルサス、貴美の操るキャミー、そして黒いローブをまとったブレッグの男の三人が歩み寄ってくる。
哲郎の操るピッグマンは、杖を構えて一人臨戦態勢を取ったが、試合開始まで一分ある。準備時間である今いくら攻撃しても相手にダメージを与える事は出来ない。
ボルトと洋介操るヘルザーが戦闘態勢を取らずにいると、ピッグマンもようやく理解したのか杖を背中に背負った。
「ヴァルサス、そっちの人は?」
ボイスチャットで問い掛けると、珍しくヴァルサスもボイスチャットで答えた。
「フレンドのべーさんだ。最近ログインしてなかったけど、事情を話したら協力してくれて」
紹介されたべーさんは、温和そうな男の声を響かせた。
「僕にとってはゲームの中のフレンドもリアルの友達と同じ友達だからね。ボルトさん、お手柔らかに頼みます」
口調や声音から察するに、哲郎より年配かも知れない。
そんなやり取りをしている間に、画面に表示されたカウントダウンが三十秒を切った。
俊介と明は、互いに言葉を交わさない。
語るべき事は山ほどあるが、言葉を交わすだけではきっと伝えきれない。
『チャレンジマッチスタート!!』
試合開始の合図が画面に表示された瞬間、ボルトは短剣を振るい抜き、ヴァルサスの懐に突進した。
圧倒的初速による攻撃をヴァルサスは右方向へのサイドステップで躱し、
――ボルト。いきなりじゃん。
――実戦に卑怯もクソもないだろ、ヴァルサス。
二人は、同時にバックステップし、間合いを放す。
ボルトがヴァルサスにロックオンして身構え、ピッグマンが杖を振ると、ボルトの短剣が赤黒く輝き出した。
エンチャンターの本領、武器エンチャントによる火力支援は、一撃必殺のスティンガービルドの火力をかすり傷すら致命傷の域へと引き上げる。
並のプレイヤーなら最上位エンチャントスキル『闇の血牙』を見た瞬間、効果時間の二分間は逃げの一手を選択するが、ヴァルサスと両手に鉄爪を装備したキャミーは自ら接近戦を挑んだ。
迫る敵をボルトが迎え撃たんとステップインして間合いを縮め、射程距離に二人を収めた。
先に間合いに入った方を取る。
そう決めて振るわんとした短剣だったが、ヴァルサスとキャミーは、同時にサイドステップでボルトとの軸をずらした。
ボルトとの戦闘を回避した形。二人掛かりで来ると思っていたボルトの虚を突いてくる。
ヴァルサスとキャミーが狙うのは、エンチャンターであるピッグマンだ。
エンチャンターは、仲間の強化に回復等、幅広い支援魔法の使い手で、パーティ戦では真っ先に潰すのがセオリー。
個人の戦闘能力・プレイヤースキルで言えば、ボルトは間違いなく全国大会レベルだが、集団戦における知識となるとまだ初心者に毛が生えたレベル。
この戦術の欠点は、自パーティの後衛職を無防備にしてしまう事だが、ボルトの性格を考えるとピッグマンを助けに来る。
仮にべーさんに向かったとしても、彼の戦闘技術はボルトでも容易くは倒せないから、ヴァルサスとキャミーがピッグマンを倒す方が早い。
そしてピッグマンの動きは、お世辞にも熟練者とは言えない。
二人掛かりの攻撃を凌ぎ切る事は不可能のはず。
ピッグマンに接近するヴァルサスとキャミーに立ち塞がるのは、大盾を構えたヘルザーだった。
しかしたった一人のタンクでヴァルサスとキャミーの猛攻を凌げるはずがない。
ヴァルサスは、短杖を洋介に向け、四発のフレイムボルトを放ち、同時にキャミーが左サイドステップでヘルザーの背後に回り込み、鉄爪で背中を切り裂かんとする。
大抵のプレイヤーは、この連携で沈めてきた。
対するヘルザーは、フレイムボルトの初弾のみをジャストガードで受け止め、騎士用の片手剣スキル『ファストリング』を放った。
威力こそないが、低い姿勢から全方位に攻撃判定を持つ回転切りを放つスキル。
背後に回り込んだキャミーへけん制をしつつ、三発のフレイムボルトがヘルザーの頭上を掠めていく。
キャミーがバックステップでヘルザーから離れるや、ヴァルサスがステップアサルトを絡めつつアサルトダンスで切り込んだ。
しかしヘルザーは、奇襲の連撃を全弾ジャストガードで防ぎ切り、返す剣を振り下してくる。
これをヴァルサスは、右サイドへのジャストステップで回避した後、バックステップでさらに距離を取った。
「このタンク強い」
初弾のみフレイムボルトをジャストガードで防ぎ、キャミーが背後に回り込むタイミングに合わせてファストリング発動。
さらにファストリングのモーションで低い姿勢になる事を活かして、残り三発のフレイムボルトを躱してくる。
相当対人をやりこんでいる証拠だ。
ヘルザーの戦いぶりを見せられたべーさんは、二人だけでは崩し切れないと判断し、ピッグマンに狙いを定めたが、拒むようにボルトがべーさんの懐に潜り込み、短剣を振るった。
咄嗟にバックステップで避けるも、短剣の切っ先が僅かにべーさんの胸部をなぞった。
HPバーが致命打を受けたかのようにごっそりともっていかれる。
目測でHP最大値の九割が失われた。。
「なんとまぁ……AGIガン振りすぎだわい」
「これで仕留める!!」
残り一割。掠れば終わる。
トドメを仕掛けるボルトだが、べーさんは、数十と連なる斬撃を紙一重で避け続ける。
決して甘い攻めではない。今まで戦ってきた魔導師なら確実に仕留められる高精度の攻撃を以てしても詰め切れないほどの技術がべーさんにはあるのだ。
ボルトが攻めあぐねる一方で、ヴァルサスとキャミーの連撃に、ヘルザーは追い詰められていた。
緩急と間合いを完全にコントロールしての挟み撃ちは、熟練のヘルザーと言えどノーダメージを捌くのは不可能だった。
HPバーがみるみる削られていき、既に総量の半分を切っている。
しかしこれは、ヘルザーにとって計算内の劣勢。
二人の熟練プレイヤー相手に長時間粘れるなんて端から考えていない。
狙うのは一撃。
二人まとめてなんてよくばるのではなく、一人でいいから確実に仕留める事。
受けたダメージを倍にして返す大盾専用スキル『リベンジリパルサー』は、地面に大盾を叩きつけた衝撃波で周囲にいる敵を殲滅する技。
ヘルザーの最大HP六割分のダメージがたまっている。
倍にすればタンクですら屠り得る一撃は、魔法剣士であるヴァルサスとランナービルドのキャミーが耐えられるものではない。
問題は切り札を使うタイミングだが、これも打ち合わせ済み。
ヘルザーのHPバーが三割を切り、色が緑から黄色に変わった瞬間、ピッグマンがボルトの短剣に再びエンチャントを施した。
ボルトは、べーさんへの追撃を止め、ヘルザーの元へ奔った。
ヘルザーは、ボルトの接近を確認すると大盾を振るい上げ、地面に向けて振り落した瞬間、
「リベンジリパルサー!!」
膨大な白い輝きが地面から溢れ出し、洋介の周囲を光の暴風が荒れ狂った。
しかしヘルザーの周囲に、ヴァルサスとキャミーの姿はない。
ヘルザーが視線を上げると、頭上からヴァルサスとキャミーが落下してくる。
攻撃の反動で跳ね上げられたのではない。リベンジリパルサー発動のタイミングを読み、安全圏の空中へと逃れたのである。
リベンジリパルサーの当たり判定は、地面からおよそ二メートル。横への判定は十五メートルと広いが、縦方向への判定は薄い。
とは言え発生が早く、見てからジャンプして回避するのは不可能。
二人が無傷なのは、ヘルザーの狙いを完全に読んでいた証拠だ。
そしてリベンジリパルサー発動後は、一秒間ほどの硬直時間が存在する。
致命的な隙。だが、この隙こそがヘルザーの望んでいたでいた展開だ。
空中に逃れたヴァルサスとキャミーを狙い澄まし、ボルトが短剣を構えながら跳躍する。
「何!?」
「嘘!?」
想定していなかった奇襲にヴァルサスとキャミーの意識が硬直する。
ヴァルサスとキャミーなら確実にリベンジリパルサーを読んでジャンプで避ける。
けれど足場のない空中に逃れた場合、それ以上の攻撃を回避する手段はないに等しい。
だからこそのリベンジリパルサー。全てはボルトを活かすための布石。
ボルトがソニックピアシングを放ち、飛翔するかのようにヴァルサスへ迫った。
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