第2章 ヴァルサス その3

 ヴィルズ神域の中心にある噴水の前で、ヴァルサスは目を覚ました。

 ここはザリアス大陸に住むエイファルにとっての拠点であり、山の神々『ヴィルズ』が住むとされる山岳地帯の地形を生かしつつ、白亜で作られた建物が並んでいる。

 ヴァルサスは、エイファルである事だけでなく、主な狩場であるザリア湿地地帯に一番近い事からこの街を拠点としている。

 さっそく狩場に行こうと一歩踏み出した瞬間、


「こんにちは」


 ボルトと言う名前のジャーガの男に呼び止められた。

 ザリア湿地帯で見かけた初心者離れした初心者である。


「ああ。君か。こんにちは」


 挨拶を返すも、ボルトからの回答はない。

 身動きもしていない事からコントローラーを使って懸命に返事を打っているのだろう。


「会話をするならコントローラーより、キーボードを用意するといい」


 自分ならいいが、こうも返事が遅いと他の人間から疎まれてしまうだろう。

お節介の自覚はあるが、必要な事だ。

 しかし、


「キーボードです」


 ――うそ……。


「おそくてごめんなさい」


 予想外の答えに凍り付くヴァルサスだったが、いざ我に返り、本当に余計なお世話をしてしまった事を後悔していた。


「気にしなくていい。こちらこそすまない。それで俺に何か用か?」

「対人戦の練習したいんです。あなたすごく強かったから」


 ヴァルサスから見たボルトもかなりの腕前だ。

 いや、だからこそヴァルサスの実力を悟ったのかもしれない。


「俺と決闘をしたいという事か?」

「はい」

「なら、いい場所がある。付いてくるといい」


 ヴァルサスは、ヴィルズ神域にある決闘場を目指して歩き始めた。

 ボルトは、後を着いて来つつ、尋ねてくる。


「どこへ行くんですか?」

「決闘場だ」

「町の中って対戦禁止なんじゃないですか?」

「確かに対人エリア以外ではPK出来ないようになっている。ただし各種族の拠点の街にある決闘場を利用すれば対戦出来る。PKエリアみたいに横やりが入る心配もないしな」


 決闘場は、決闘に合意したプレイヤー同士で利用出来る施設だ。

 プレイヤー同士の合意があれば、アイテムや武器を賭けた決闘も行え、決闘している場面をリアルタイムで公開する事も可能で他のプレイヤーの対戦を観戦する事も出来る。

 ヴィルズ神域の決闘場は、白亜で出来たコロシアムの形状となっており、遠距離職でも過不足なく立ち回れるだけの広さがある。

 ルールもプレイヤー同士で自由に選べ、エイファルの受付嬢が立っている受付カウンターの前でヴァルサスがボルトに聞きながら決闘の条件を決めていく。


「装備レベル補正は、入れるか?」

「いりません」

「アイテム使用は?」

「なしで」

「時間制限は?」

「無制限で」

「試合の観覧設定は?」

「なしで」


 装備レベル補正なし。レベルの高い方が低い方に装備レベルを合わせないからステータス差がモロに出る。

 アイテム使用なしも、一度ダメージを負ってしまうとリカバリーが難しい。

 攻防のバランスがいい魔法剣士のヴァルサスと防御を犠牲にしたランナーのボルトとでは、かなりボルト側が不利なルール設定となっている。

 ボルトは、かなりの実力を持っているが、自信過剰と言わざるを得えない。


 練習であるとは言っていたが、この条件では練習になるまでもなくヴァルサスがボルトを瞬殺出来てしまう。

 かと言って手加減すると、見抜かれる可能性が高い。

 先日の戦いを見てもセンスが良く、読みの冴えている優秀なプレイヤーだ。


 合意の上とは言え、初狩りと似たような行いをしている事に少々気が引けるが、手抜きをして気分を害するような真似はしたくない。

 ルール設定が終わり、ヴァルサスとボルトの両名が受付から白亜で出来たコロシアムの中に転移させられる。


 決闘開始まで五秒間のカウントダウンがヴァルサスの視界の中心に表示される。

 恐らく開始と同時にボルトは、まっすぐに間合いを詰め、先制攻撃を狙ってくるはずだ。

 まずは、そこを迎え打つ。


 ヴァルサスが臨戦体制を整えると同時に、カウントダウンが〇となる。

 ボルトは、予想通りヴァルサスを目掛けて真っ直ぐ突進してくる、

 愚直過ぎる動きだが、ヴァルサスはむしろ驚嘆させられていた。


 ――速い。


 ボルトが身に着けている装備は、防御系のステータスが減少する代わりにAGIを大幅に上昇させるものばかり。恐らくランナーを超えるスピード特化型ビルド『スティンガー』だ。

 AGIを重点的に伸ばすランナーのさらに上を行く特化型のスティンガーは、圧倒的な初速を活かした火力で相手を攻め立てつつ、一撃必殺のカウンターをチラつかせて相手の迂闊な行動を心理的に縛るタイプのビルドを言う。


 どんな重装備でもスティンガーのカウンターを喰らえば一撃で倒されかねず、下手な攻撃は出来ないが、素早い速度と極振りの火力は、防御だけではジリ貧だ。

 素早い故、回り込んでの盾ガードのめくり等も得意としており、理論上は最強と言われるビルドでもある。だがあくまで理屈上での話。現実はそう甘くない。


 ボルトの平均装備レベルは七十二。ジョブはメインもサブも暗殺者で、さらにステータス上昇系のスキルも装備同様他のステータスを犠牲にAGIを伸ばすものを詰め込んでいる尖った構成のはずだ。

 これは、特化ビルドを初めて組む初心者にありがちである。

 いくらスティンガービルドでも、ある程度はHPに振らなければ保険を確保出来ない。

 攻撃ステータスをひたすら伸ばして、当たらなければ問題ないというスタンスを取る手合いの転がし方は、心得ている。


 ――速さに任せた突進の対応。その代表例を見せてやる。


 ヴァルサスが迎え撃つべく、右手で片手剣を、左手で短杖を構える。

間もなくこちらの射程距離。その鼻先の間合いで、ボルトがヴァルサスの左側へとステップした。

 トップスピードの突進で正面突破を意識させた直後、ステップで背中に回り込んでからのめくり致命ダメージ狙い、且つ相手の近接武器を持っていない方に回り込む。

 この戦法は定石であり、ヴァルサスは読んでいた。


 ――やはり初心者だな。


 定石は、有効な手段ではあるが、経験豊富な人間を相手にした場合、無闇に実践しても容易く対処されるだけだ。

 ヴァルサスも、ボルトに遅れて数フレームのタイミングで、サイドステップをする。

 しかしヴァルサスのステップは、背後に回ろうとするボルトのそれより小さくボルトと軸を合わせる程度だ。避けるつもりではない。

 ヴァルサスの右手の剣がステップと同時に横一線に振るわれる。


 スウェースラッシュと呼ばれるソウルディバイトの対人テクニックの一つだ。

ステップの出始め三フレームに攻撃モーションを入力すると、ステップが途中でキャンセルされ、ステップの慣性のままに移動しつつ攻撃が可能となる。

 元は三年前に発売された初期バージョンに存在するバグであったが、対人プレイヤーからの好評を受け、二年前のアップデートを経て公式仕様となった。


 これはバグであったが、技術そのものは対人戦における戦術の幅を広めた事。

 速さが攻撃力に直結するソウルディバイトのシステムにおいて、想定外の攻撃力になるバグではなかった点が大きい。

 ステップをキャンセルして放つため慣性が効いて攻撃は出来るのだが、通常のステップ攻撃の方が速度が出るため威力は高かった。

 要求されるテクニックが高い反面、実用度としては牽制技。

 だがスティンガービルドを相手にカウンターで運用する場合、一撃必殺の切り札となる。


 この装備レベル差で相手は、AGI特化の代償で防御系ステータスに強烈なマイナス補正。当たれば即死は不可避。

 さらにソウルディバイトは、ステップの無敵時間設定が極端に短く、無帝時間以外のステッモーションへの攻撃は、カウンターヒット判定となる。

 勝利の確信を持って繰り出されたスウェースラッシュだったが、ボルトを切り裂く事は叶わなかった。

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