第2章 ヴァルサス その4
ヴァルサスの剣先が触れる瞬間、ボルトは全身から赤い光を放ち、懐へ飛び込んで来る。
――なに!? ジャストステップ!?
ステップの出かかり一フレームにのみ存在する完全無敵フレームによる回避成功を表すエフェクト。
偶然か。はたまた狙っていたのか。どちらにせよ形成は一気にヴァルサス不利へと傾いた。
完全に短剣の射程内で、こちらは武器の振り終わりの硬直。
ノーダメージで切り抜けるにはジャストステップによる回避しかないが、短剣の素早い攻撃モーションに無敵フレームを合わせるのは至難の業だ。
ボルトが手にした短剣が青い光を纏って袈裟切りに振るわれる。短剣用のスキルで最も攻撃速度の速い『ソニックフリッカー』だ。
青い刃が左肩に触れる直前、硬直から解放されたヴァルサスはバックステップした。
無敵時間による回避は諦め、あえてダメージを受ける選択だったが、諦めではない。
ソウルディバイトの当たり判定は、厳密に作られており、高いダメージを与えるには武器毎に設定された有効ダメージ判定部分を当てなければならない。
短剣の場合、根元に設定されており、先端部分のダメージは著しく減衰する。
もちろん減衰してもステップ中に受けるためカウンターヒットとなるのだが、それを加味しても一か八かのジャストステップより生存確率は高いと判断したのだ。
歴戦の感覚に支えられた選択は功を奏し、ボルトの一撃はヴァルサスの左胸を軽くなでる程度で終わった。
本来なら殆どダメージを受けないはず。だがヴァルサスのHPゲージは、最大値の二割を一度に失った。
――二百七十ダメージ!?
掠っただけでこれなら、ジャストステップを選択してフレーム回避に失敗していたら一撃で仕留められていた。
ヴァルサスは、さらにバックステップを二回連続で行い、ボルトから安全距離を確保する。
ボルトの戦略は、ブレーキを一切かけずに突進し、攻撃を誘ってクロスカウンター。
火力特化の低HPビルドだから何を喰らっても即死。ならやられる前にやる発想だ。
だとしても、ボルトは割り切りすぎている。
――いや、動きを読まれてるのか?
ヴァルサスの動きを完全に予測出来なければ、取れない戦術。
確かにヴァルサスの行動も定石だった。初心者相手に油断もあった。
でもそうそう躱せないタイミングで仕掛けている。
並のプレイヤーならパニックを起こして、ステップのタイミングをミスするはずだ。
仮にヴァルサスの動きを完全に動きを読めていたとしても、相当の技術がなければ達成出来る芸当ではない。
――そのゲームセンス。確かめてやる。
ヴァルサスが自らボルトとの間合いを詰め、放たれた剣閃五つが連なるように敵を襲った。
片手剣用スキル『アサルトダンス』は、片手剣で使えるスキルでは最も早い初速と連撃速度を誇る。
普通の相手なら奇襲として成立するタイミングだが、ボルトはスキルのぶっぱなしが通用する甘い相手ではない。
この行動は、ボルトのスペックを確認するための作業だ。
彼は、絶対に避けてみせる。
ボルトは、ヴァルサスの確信通り、赤い光を纏った身のこなしでアサルトダンスを掻い潜ると懐目掛けて突っ込んできた。
――全弾ジャスト!? あっさりやるかよ!?
常人の反射神経で出来る芸当ではない。圧倒的なまでの天賦の才に支えられた技の極致。
さらにアサルトダンスのモーション終わりに躊躇せず、ヴァルサスの懐に飛び込んで来る思いきりのよさ。
やはり油断していい相手ではない。自身と同格の敵であると認識を改める。
中途半端な攻撃でけん制し、間合いを放すという手は使えない。ジャストステップからまた距離を詰められるのがオチだ。
ヴァルサスが左手に持った短杖を振るうと、青い光で出来た壁が形成される。瞬間、ボルトはバックステップで距離を放した。
この行動に、ヴァルサスは内心で首を傾げる。
今使ったのは、魔法系の防御スキル『イージスウォール』だ。
あらゆるダメージを七十%カット出来る魔法障壁を前方に発生させる魔法剣士がよく使う防御手段の一つだ。
持続こそ二秒間と短いものの、発生が速く優秀なスキルなのだが、ボルトの退避行動を誘ったのは想定外であった。
攻撃魔法を撃つとでも錯覚したのだろうか?
慣れたスティンガービルドのプレイヤーなら跳躍からめくりに転じるはずだ。
もちろんそうしてくるであろう事をヴァルサスは読んでおり、跳躍に前ステップを合わせて相手の射程外から逃れるための誘いとしてイージスウォールを使った。
仮にボルトがその策を読んでいたとするなら、バックステップを合わせるより何もしないまま、前ステップしてくるヴァルサスのステップを狩った方がいい。
スキルに関する知識不足。
チャットスピードの遅さ。
仮に初心者を装うにしても、少々手が込み過ぎている。
初心者の振りしたPKプレイヤーの目的は、PKエリアでの奇襲攻撃。
何故奇襲しやすいPKエリアではなく、決闘場でのデュエルを選択したかが不可解だ。
様々な事実から推察するにボルトは、嫌がらせが目的のニセ初心者ではない可能性が高い。
ならばこの実力は、天性の物?
ゲーム知識もない、チャットでの会話もろくに成立しないような初心者がプレイヤー歴三年のヴァルサスを同じ領域に立っている。
――あってたまるか。
反射神経は見事。これは認めざる得ない。
しかし反射神経だけで勝てるほど甘いゲームじゃない。
大切なのは、知識量と練習量。その二つでヴァルサスがボルトに劣るとは思えない。
ヴァルサスは、再び自らボルトとの距離を詰めた。
こうすればボルトは、必ず真正面から突っ込んでくる。その予想通り、ボルトはヴァルサスのステップの初動に反応して地面を蹴り、ダッシュでヴァルサスとの距離を縮めてくる。
ヴァルサスのステップがもっとも速さを増した瞬間、閃光のような刺突がボルトの目前に迫った。完全に虚を付いた一閃をボルトは、左横へステップして逃れる。だが身体は、赤く光らなかった。
ジャストステップの失敗。虚を付けた。
ボルトは、三度バックステップを繰り返し、ヴァルサスとの距離を大きく放してくる。
――成功だ。動揺が画面越しに伝わってくるぞ。
ステップのモーションが一番速くなる瞬間、加速度の高い突進系のスキルを合わせる対人技術ステップアサルト。スウェースラッシュの発展技の一つである。
速度で破壊力が向上するソウルディバイトに置いて、対人攻略共に有効なスキルだ。
猶予は〇フレームの目押しだが、ヴァルサスは入力ラグのある環境でも感覚だけでこれを出来る。
対人戦は、どんなゲームでも突き詰めると、相手の嫌がる行動を押し付け、尚且つ自分のしたい行動を確立していく作業だ。
動揺は、その点において最大の好機である。
ヴァルサスは、再びダッシュで間合いを詰めていく。
先程までは、愚直なまでに乗ってきたボルトだったが、躊躇が見られる。自身が得意な接近戦を仕掛けるべきか。それとも距離を放して、様子を見るべきか。
ボルトの迷いを嗅ぎ取ったヴァルサスは、ダッシュの慣性を残しつつステップし、さらに片手剣用突進スキル『バーチカルチャージ』を放った。
急加速によって人の反射神経を置き去りにする速攻は、しかしボルトを捉える事は出来なかった。
――これを躱すか。
ボルトは回避にこそ成功しているが、ジャストステップではない。
しかし長時間の攻防では、いずれ対応される可能性が高い。
ヴァルサスの繰り出す攻撃は、いずれも高等技術のバーゲンセール。プロプレイヤーでもない限りは、致命を約束するはず。
――なんだよ。こいつ。
ヴァルサスの攻撃を避けるボルトの動作は、贅肉を削がれていき、
――もう対応した。
全ての攻撃をジャストステップで捌き出した。
ボルトの戦闘能力は、ヴァルサスの予想をはるかに逸脱している。
しかし同時にヴァルサスに確信が生まれていた。
確かにボルトの技術は、すごい。
だが、読みや知識で避けているわけではない。反射神経だけで攻撃を捌いている。
ボルトの行動は、一見するとベテラン染みているが、その実、単純な行動の繰り返しだ。
ひたすら敵を射程距離に収めるべく接近。
攻撃は全てステップ回避で対応。
この二つの繰り返しだ。
もちろんこれは、ソウルディバイトにおける戦闘の基本ではあるが、しかしヴァルサスが行ったような細かいテクニックが色々とある。
だが、ボルトはこうした対人テクニックをまるで使ってこない。
高いAGIから得られる速度に任せて接近し、敵の攻撃はジャストステップで回避する。
決められた戦術を繰り返す様は、初心者丸出しだ。
ヴァルサスの推理が当たっているのなら、ボルトを倒すのに必要なのは、技巧を凝らした攻撃テクニックではなく、もっと単純な行動でいい。
ボルトは、ヴァルサスが繰り出すスウェースラッシュやステップアサルトのタイミングを身体で覚えたはずだ。
ヴァルサスは、ボルト目掛けてステップしながら、移動の慣性に乗せたバーチカルチャージを繰り出した。
ボルトは、ジャストステップで左に回り込むように逃れると、ヴァルサスの背後を捉え、短剣が紫色の光を放ち、急所を穿たんと迫る。
――ひっかかった。
ステップアサルトの硬直にソニックピアシング。これこそヴァルサスが最も望んでいた行動だ。
ヴァルサスがまっすぐ振り下ろした剣は、すぐさま二段目を振り放ち、その場で回転しながら三百六十度を薙ぎ払った。
ボルトは一度出したスキルを止める事は叶わず、円状の軌跡を描く剣閃に胴を両断され、倒れ伏しながら灰と化した。
ヴァルサスの視界の中央に、
『勝者:ヴァルサス』
の表示が灯り、胸に詰まった緊張感を一気に吐き出した。
バーチカルチャージには、任意で出せる二段目の追加攻撃として回転切りが存在する。
回転切りの威力は高いが、技後の隙が非常に大きく、クリーンヒットさせても相手の方が二フレーム速く動けるため、普段は滅多に使わない。
追加攻撃で確実にトドメをさせる時か、今回のようにフェイントを交えて使うぐらいだ。
ボルトの攻撃を誘うため、ディレイを一杯にかけて追加の回転切り。
初心者のボルトは、追加攻撃の事を知らないはず。
そんな予想に支えられた勝利で、綱渡りのような一点読みであった。
これを回避された時の事は、さすがに考えておらず、ボルトの知識が平均的なプレイヤーレベルにあったのなら勝負は分からなかった。
決闘が終わり、ヴァルサスは、決闘場の外へ自動転移させられる。
「負けました。強いんですね。ヴァルサスさんは」
同じく外に転移してきたボルトが賛辞を述べてくる。
きっと心根からの言葉なのだろうが、素直に受け取る事は出来なかった。
「いや。驚かされたのは、俺の方だ」
紙一重の勝負であった事は、疑いようもない。
装備レベルが下の初心者の相手にだ。
だが、不思議とプライドは傷付いていない。
仮に敗北していたとしても同様であったろう。
あの規格外の才能を見せつけられたら称賛するしかないのだ。
嫉妬を抱くよりも、尊崇の念が先立ってしまう。
「初心者相手に、ここまで追い詰められたのは初めてだ。対人にはそれなりの自信があったんだがな」
「ヴァルサスさんってどれぐらい強い方なんですか?」
真正面から具体的に聞かれると存外答えにくいものだ。
自分がソウルディバイトの対人で、どれぐらいの位置に居るのか、考えた事はない。
基本的には、ダンジョン攻略型のMMOアクションRPGであり、競技性の重視や対人を主軸としたプレイヤーは、発売後に後から付いてきたものだし、ヴァルサスが対人に傾倒している理由はいくつかあるが、初心者のボルトに分かりやすい表現というのは難しい。
一先ずの目安としては、対人戦の勝率であろうか。
「決闘の勝率は、八割強だが……」
「それってやっぱすごいんですか?」
平均的なプレイヤーの勝率が五割前後であるから相応のはずだが、ボルトに響いている様子はない。
他に分かりやすい例えは、ないのものか。
頭を捻って出て来た表現をそのまま口に出してみる。
「一応プロプレイヤーにも勝った事はある」
「すげえ!!」
伝わったようで、何よりだ。
しかし大袈裟に感嘆される程の事とは思えなかった。
発売日から毎日この世界に居続けている人間ならば、それぐらいの事は出来るようになっている。
所詮は、テレビゲーム。現実には、存在しないデジタル空間上の絵空事。
そこで強い事の一体何が誇れるというのだろうか。
「別にすごくないさ。たかだかゲームだしな……」
「そんな事ないです! ゲームだって立派なスポーツじゃないですか。イースポーツって言うんでしょ?」
「まぁそうだが……俺は、大会に出ているわけではないしな」
「大会に興味ないんですか?」
実際のところ、全く興味はない。
けれどそう答えてしまうと、ボルトとの繋がりが切れてしまう気がした。
「ないわけではないが……」
曖昧な答えに、ボルトから言葉が返ってこない。
無言でその場に立ち尽くしている。
何か失言をしてしまったのだろうか?
不安に駆られながらも待っていると、
「すいません。家族に夕飯呼ばれたので、ログアウトします」
と告げ、ボルトの姿が消失すると同時にフレンド申請が送られて来る。
どうやら気に入られたらしい。
ヴァルサス自身も、ボルトを気に入ったし、仲良くなれる相手とそうでない相手の区別は、この世界に長く身を置いている経験上、自信がある。
ボルトとは長い付き合いになりそうな、そんな予感を抱きながら、
――家族か……。
真っ直ぐに家族という言葉を放てる彼に幾ばくかの嫉妬を覚えながらヴァルサスは、ザリア湿地帯を目指して歩き出した。
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