第3話 世界征服実行委員会

『いい子のみんなー! 集まれー!』

 

 嫌に明るいお姉さんの声が薄暗い部屋の中で響く。

 長机が並ぶ薄暗い会議室では、子供向け教育番組特有の笑い顔も胸が痛くなるだけだ。

 それに、とタツミは自分の置かれた状況に苦笑いを浮かべながら思う。

 

 椅子に拘束された状態では内容が頭に入ってくるはずがない。


『今日は「征服者」について皆にお話しするよ』


 コミカルなBGMを垂れ流し、緊張するタツミを無視して映像は進む。


『皆は「征服者」ってどんな人か知ってるー?』

『かっこいいー!』

『つよいー!』

『なりたいー!』


 とりまく子供たちの曖昧な説明にお姉さんはにっこりと頷いた。


 征服者。

 その字面から想像できる恐ろしさとは程遠い黄色い声援が子供たちから上がっていた。


『征服者さんはね、毎日、日本を征服するために「征服活動」をしてくれているの。でも怖くないんだよ。征服者さんは悪い人たちを捕まえたり、芸能活動したり、便利な道具をたくさん開発して社会貢献してるんだよ』


『シャカイコウケン?』


『皆を助けてくれるいい人たちってことだよー』


 征服者の活動は戦闘をする征服抗争が全てではない。むしろ、社会貢献としての征服活動が主になる。

 というよりも、前提と言ったほうが正しいかもしれない。


『皆は征服者さんの中では誰が好きかな?』


 子供たちが各々好きな征服者の名前を挙げる。

 どの征服者も、「番付」で上位にいる者ばかりだ。

 

 各都道府県。さらに細分化して、市や区には、そこで活躍する征服者の番付が存在する。華のある活動から地域清掃など地道なものまで。様々な征服活動で人々の心を掴むことで、番付の上位に名を連ねることができる。

 

 そこまで来て漸く征服抗争を行う許可が下りるのだ。

 これは実力差のある征服者を抗争させないための措置と言える。

 

 例えば、日本のNO.4大征服団エーゴスと番付圏外の野良征服者タツミが戦えばどうなるかは、数時間前の抗争を思い起こせば火を見るよりも明らかだろう。タツミは思い出すだけでぞっとするので、できれば想定するだけで済ませてほしい。

 

 征服抗争に参加を許された征服者には番付の他にランク付けがなされる。これは、純粋な戦闘力。戦いの上での強さの格付けだ。上はSから下はEまで。ちなみに先のエーゴスはランクA。このランクがあまりに離れすぎると征服抗争も認められない。

 

 市区で選ばれると次は都道府県内での征服抗争が行われる。この主要征服者同士の熾烈な順位争いの頂点に立ったものに与えられるのは、しかし、征服を許される権利でしかない。

 

 最後に決めるのはそこに住む人々だ。民意を掌握してやっと「筆頭征服者」として、そのエリアの征服が可能となる。


『選ばれた征服者さんたちは各自治体と協力して私たちの生活のお手伝いをしてくれるんだよ』


 筆頭征服者になったとしても、その地区すべての行政を管轄するわけではない。優先的に自治体から日本、そして世界征服の支援を受けられるようになる。筆頭征服者の意向が行政に採用されたり、征服した土地の企業がスポンサーとしてついてCMが流れたりするので、多くの征服者は躍起になって上位を目指す。


 中にはアイドルみたいな征服者もいるぐらいだ。テレビやネットを利用して、商魂、改め「征魂」逞しく活動しなければ筆頭征服者への道は遠い。


 こんな大征服時代を一人で生き抜くのは荒波の中をビニールボートで渡るような無鉄砲な行為だ。


 だから大半の者は「征服団」を作る。


 目的を同じにした者。強者のおこぼれにあずかろうという者。形は幾千あれ、数の持つ力は偉大だ。実際、征服者番付の上位の九割を征服団が占めている。


 だからこそ、タツミは後先考えずに征服団加入のため動いていた。

 そうすることが、全世界を征服した「征服王」の名を得る近道だからだ。


 断じて、手錠をされたまま薄暗い会議室で教育番組を見るためではない。


 タツミは赤い瞳を少しだけ動かして室内を見渡す。

 スクリーンで破顔するお姉さんの横に、映像ではない少女が二人。


 一人はタツミに手錠をかけた銀髪の少女だ。相変わらず汚物を見る目でタツミを睨みつけている。怒った顔も美しく普段ならば一も二もなくお茶に誘うのだが、下手な事を言うと彼女の双拳に光る手甲を赤く上塗りしかねない。大人しく口は閉じておいたほうがいいだろう。


 もう一人は小柄な女の子だった。琥珀色の柔和な眼に翠玉色の髪。隣の銀髪少女とは類の違う愛くるしさをもつ少女だが、その可愛い容姿よりも気になることが一つ。


 銀髪少女とお揃いの黒い制服に袖を通している彼女はグミを絶え間なく食べていた。

 空ろに宙を見つめたままグミを口に運び続けている。

 もきゅもきゅという咀嚼音に合わせて頭部の三日月形に跳ねた髪が動く。


 どうやって動いているんだ、あれ。


『征服者になるにはどうしたらいいんですかー?』


 小型スクリーンに映された子供の一人が元気に手を挙げてお姉さんに質問する。


『いい質問だね。征服者さんになるには「征服王」の銅像にお願いをしなくちゃいけません』


 映像が切り替わる。映っているのは、丹念に掘られた筋骨隆々な大男の石像だった。


 大昔、全世界を征服したと言われている名も無き征服王。

 その銅像に自分の「為すべき征服道」を誓うことで「征服王の残滓(パーティエム)」という超常的な力を授かり、征服者としてのスタートラインに立つことができる。


 身体能力は全員が向上するものの、もらえる能力は千差万別、一長一短。人によっては全く役に立たないものもあるので、スタートラインに立った時点で周回遅れが確定する場合もある。


(この二人も征服王の残滓を持っているのかな)


 タツミがそう考えるのも当然だった。

 

 征服抗争に割って入った実力者。

 そして何より彼女たちの「所属」を考えれば、確信はより濃く色を増す。


『それじゃあ今日はここまで。未来の征服王たち。しっかりお勉強するんだよ。次回は、アンチの対処法についてお話しするよ。ばいばーい!』


 急に現実的になった次回に興味をそそられる。しかし、今回の放映はここで終わるらしい。  

 お姉さんと周りの子供たちが大きく手を振る。


 次第に画面は暗転し白い文字でエンドクレジットが流れた。

 少ないスタッフ数名の名前が下から上に流れた後、でかでかと制作者名が映された。


『世界征服実行委員会』

 

 黒い制服を着る少女二人はこの世界征服実行委員会の所属だ。

 あらゆる征服活動及び征服抗争についての管理、企画、広報、その他すべての雑務を一挙に引き受けるのがこの委員会だ。


 しかし、ただの縁の下の力持ち集団であれば、タツミも脱走は考えない。


 征服者を英雄視する現代で、世界征服実行委員会は爪はじき者の集団だ。

 彼らの仕事の中には、征服者の風紀を厳しく取り締まる業務も含まれている。世間で人気者として扱われる征服者たちを厳しく取り締まる実行委員会の世評は芳しくない。


 タツミも、昔、生で観戦していた征服抗争を実行委員に中断され、無理やり家に帰されたのであまり良い印象は持っていない。その時は、開始時間が遅れたとか少しの不正が発覚したとか、どうでもいい理由で中断されて散々文句を言ったのを覚えている。

 

 ヘイトを溜めているのはタツミだけでない。一般的な世論として不興を買ってしまっている。


(まあ、今回は僕が疑いなく悪いんだけどさ)


 面倒な展開になってしまった。拘束されていなければ頭を抱えたいぐらいだ。


 映像が終わり、蛍光灯が部屋を明るくする。

 これから自分はどうなるのだろうか。そのことを考えると胃が痛くなる。


 主要征服者同士の征服抗争を中断させてしまったのだ。しかも、それは日本全土に放映されている。これで、タツミの征服団加入は実質不可能になった。こんな何をしでかすか分からない厄介者を快く迎え入れるお人好しはいないからだ。


 覚悟はしていたつもりだが、大それた賭けに後悔の冷や汗を流す。胃だけではなく、心臓までおかしくなってしまったのかもしれない。全力疾走した後みたいに激しく脈打っている。今ならきっとタツミの胸の上で紙相撲ができる。


 駆け出し征服者の若気の至りと好意的に考えて活動の一時停止。

 あるいは、厄介な芽は有害な花を咲かす前に摘むと判断して活動の無期限停止。

何とか前者に転ぶように祈るが、どうなるかは委員会の意向次第だ。どんな命が下されるのか。タツミは大人しく待つことしかできない。


 待つことしかできないのだ。


 ……やけに待たされるな。


 少女二人は無言のままだ。制服から彼女たちが実行委員会なことは明らかだが、何も指示が無いとはどういうことだろう。


「委員長はなぜ来ないのですか」


 しびれを切らしたのだろうか。銀髪の少女が苛ついた様子で小柄な少女に問いかける。小さな緑の頭が横に振られると、銀髪の少女は大きなため息をつき、これまた大きな足音を部屋に残して外に出て行った。


 さて、これでタツミは小柄な少女と二人きりになったわけだが、どうするべきだろうか。


「ねえ、君、もし良かったらこの手錠を解いてお茶でもどうかな。おいしい紅茶を淹れてくれる店を知ってるんだ」


「……」 


少女は翠玉色の髪を揺らすだけで無言だった。グミを食べるもきゅもきゅ音だけ響いている。あどけなさを残す丸い頬が可愛らしい。


「グミ好きなの?」


 頷く彼女と三日月形のアホ毛。


「……グミ持ってるけど、食べる?」

「食べる」


 即答だった。

 コマドリのような可愛らしい声の彼女は何のためらいもなくタツミの拘束を解いた。

 大丈夫かな、この子。


「はやく、グミ」


「あげるけど、名前教えてもらってもいいかな」


 いつまでも小柄な少女では口説きようがない。


「叶恵コトノ。グミ」


 最後のグミは名前じゃないよね、きっと。


 コトノには悪いが脱走には一歩近づいた。あとは、没収された武器を回収して逃げるだけだ。ありもしないグミを餌にぶら下げれば場所を教えてくれるだろうか。


 しかし、タツミに熟考するだけの十分な時間はなかった。

 銀髪の少女が出て行ったドアの奥から騒がしい喚き声と足音が近づいてきた。


「シェリーちゃん、許してよー」


「駄目です。なぜこんな時まで遊んでいるのですか」


 扉を開けて入ってきたのは、レトロゲームを手に持った銀髪の少女と黒髪をぼさぼさにした女性だった。


「だって、イヌベーダーがやっとクリアできそうだったんだもん」


「だもん、ではありません」


 糸目の眦に涙を溜めた黒髪の女性も二人と同じ制服を着ていた。しかし、他の二人とは異なり、制服には皺がついてよれよれだ。ボタンもしっかり留めておらず、スカートを短く織り込んでいる。中には白いパーカーを着ていた。


「レイラさんは実行委員長としての自覚を持ってください」


 だから誰が思うだろう。こんな校則を守らない不良女子高生みたいな女性が、実行委員会の長だなんて、信じられるはずもない。


「あなた……! いつの間に」


 驚いているのはタツミだけではない。

美しい銀髪をたなびかせたシェリーも拘束を解いて立ち上がっている彼に驚き、一瞬だけ体を硬直させた。


 しかし、次の一歩は早かった。ゲーム機を投げ捨てると赤い拳に力を込めてタツミとの距離を一気に詰める。

 虚を突かれた。眩しい銀髪がタツミの体を撫でる。一呼吸の合間に距離を詰められた。


油断はなかったが、赤い拳は既にタツミを捉えかけている。


 タツミはただ眼を丸くして赤い閃光を追うことしかできなかった。

 拳を防ぐ手立てはない。


「何のつもりですか、コトノ」


 タツミと拳の間に割って入ったのは、グミを食べ続けていたコトノだった。

 先ほどまでのぼんやりとした彼女からは想像できない俊敏さだった。シェリー同様、目で追うことはできても彼女が何をしているのか、タツミにはさっぱり分からなかった。


「グミ。まだ貰ってない」


「コトノちゃん! そんな優男にお菓子で懐柔されちゃダメ! レイラママ泣いちゃう!」


「レイラ、ママじゃない」


「ばれた?」


 放り投げられたゲーム機をキャッチしたレイラは、コトノの腰にしがみついて目を潤ませる。けれど、彼女の対応は反比例して乾いていた。仰々しく嘘泣きを続ける自称母親は無視して、コトノは無表情のままタツミに手を差し出す。

 その手を掴んだのは、事情を理解し呆れ顔のシェリーだ。


「この男はグミなんて持っていませんよ。先ほど武器を没収した時、持ち物は全て検査しました」


「……はっ!」


 もきゅもきゅ音が止まった。琥珀色の瞳がこれでもかというほど大きく開いた。眉間に皺をよせタツミを睨みつけているので、おそらく怒っているのだろうが全く凄味がない。

むしろ可愛い。 


 いや待て、とタツミは周囲から軽薄と言われて久しい自分の思考回路にいったん蓋をする。自分としては思ったことをそのまま口にしているだけなので周囲からのこの批評に納得はできないのだが、流石にこの場でその発言は悪手だと分かる。


 タツミから警戒を解かないシェリーはもちろん、剥くれ面のコトノも間違いなく実力者だろう。コトノのお腹に顔面をこすりつけているレイラは測れないが、多勢に無勢とはこのことだ。


「待ってください! 逃げません。逃げませんから、話を聞いてください」


 できるだけ刺激しないように下手に出るしかない。


 征服王の残滓を授かっている時点で男女の体格差はまったく意味をなさないのだ。これ以上刺激して袋叩きにあうのは御免こうむりたい。


「僕、ずっと征服団加入を断られていて。何としても立派な征服者になりたくて」


「やり方が違うでしょう。たとえ単独でも地道な征服活動をすべきです」


 シェリーが言うことはもっともだ。よしんば、先の征服抗争で何らかの成果を上げたとしてもそれは正攻法ではない。狡賢く卑怯な行為だと誹りを受けてもおかしくはない。


 だけど、そう言ってもいられないのだ。


 タツミは膝を折り額を床に擦り付ける。


「許してください! こんなんじゃ送り出してくれた両親に顔向けできません!」


 情けなくてもいい。でもここで諦めるわけにはいかない。

 せめて、もう一度。もう一度だけチャンスを貰えれば、―――今度は出し惜しみしない。


 だけれど、その機会がタツミに訪れることはなかった。

 少しの沈黙の後、シェリーは冷たく言い放つ。


「では尚更、あなたは償うべきです。応援してくれている人のためにも」


 彼女の低い声が重くタツミの肩にのしかかる。もう救いの手はない。征服者の資格は剥奪。故郷には帰れず、日本中で笑い者にされて居場所はない。国外で誰の頼りなく暮らすしかない。


 征服者の残滓で英語が身につけばよかったのだろうか。


「シェリーちゃん。ちょっと可哀そうじゃない?」


 レイラが引けた腰でシェリーを宥めるも彼女は頑なに首を振る。


「私が言いだして彼を捕まえたのです。それに、今回の征服抗争には莫大な資金を費やしている。それも償わなければなりません」


「でもさー」


「委員長! 甘さを見せて何になりますか。毅然としてください」


「はう!」


 レイラが背中を緊張させる。委員長ということは最高権力者のはずだが、実際の実力差は逆なのだろうか。


(もう僕には関係ないか)


 タツミは地に手をついて土下座のまま項垂れていた。

 今更何をしても、もう遅い。もう征服王への道は絶たれた。


 ……いや、やはりこのままでは終われない。


 征服王の銅像の前で掲げた誓いを思い出す。自分の野望の炎に薪をくべる。

 終わらせない。ここが終点だというのならば。


(僕はこの「征服王の残滓」で新たな道を切り開く)


 シェリーは情けない委員長と無言のグミ好きにお説教をしている。

 

 彼女は判断を誤った。


 そんないつでもどこでもできることを、わざわざ今この場所でやるべきではなかった。

 惨めな姿を晒し続けているタツミを弱者だと決めつけるべきではなかったのだ。

 武器はない。しかし、油断している今なら三人が相手でも、いける。

 

 気を失わせるだけでいい。タツミは一瞥した後、シェリーの背中を捉えすぐさま立ち上がった。

「とにかく、空閑タツミの処分は私が決めます」

 

 シェリーがそう言ったのは、確かにタツミの手刀が彼女の首を打つ直前だった。

 しかし、なぜか。


 タツミはまた椅子に拘束されていた。

 

 先ほどのシェリーとコトノの動きはかろうじて目で追うことができた。しかし、今回は一回の瞬きの間で、タツミは椅子に縛り付けられてしまった。何が起きたのか把握を出来ず、驚きの声を上げる前に口が布で塞がれていた。

 

「シェリーちゃん。一つ確認したいんだけど、この子が空閑タツミ君?」

 

 糸目のレイラが老獪に笑う。先ほどまで年下に泣きついていたお調子者が浮かべる表情ではない。


「間違いありませんが、委員長?」


「こんな可愛らしい子が『狂乱者』かー。意外だねぇ」


 タツミは自分を瞬く間に縛り付けた力の正体を目の当たりにする。

 先ほどまでレイラが大事に持っていたゲーム機が、浮いていた。

 綿毛みたいに漂い、しかし、落ちることはなくその場に留まっている。


『念動力』


 ありとあらゆるものを触れずに自由に動かし、時には山さえも宙に浮かべてみせる。


 これこそが、藺草(イグサ)レイラの征服王の残滓だった。


「シェリーちゃん。タツミ君の処分は、私が引き継ぐよ」


「しかし、委員長!」


「一ノ瀬シェリー。これは委員長権限。絶対だよー」


 先ほどまでの上下関係が逆転していた。シェリーが強く出ることは無くなった。言いたいことを我慢して、唇を噛んで黙り込んでいる。


 はたして、どんな心変わりだろうか。タツミは生唾を飲む。レイラは彼の名前を聞いて、実力行使をしてきた。

 タツミは夢見る征服者の内の一人で、生まれも平凡な一般家庭だ。資産家や政治家の息子ではない。そんな彼に媚を売ってもできることはないし、お金だって一円も搾り取れない。そんな彼を優遇しても何も得られるものはない。


「空閑タツミ君。君の処遇を決定します」


 レイラは笑顔のままタツミにずいっと顔を寄せる。


 あ、この人意外と美人だ。


 服は着崩しているし髪もぼさぼさだけど、肌は絹のみたいに美しい。それに顔の造形も整っていて、開かれた瞳は魅力的な黒真珠のようだ。

 こんな美人のお姉さんに命令されるなら、資格剥奪でもいいかな

 

 いや、落ち着くんだ。タツミは身動きを封じられながらもさっきの彼女の言動を思い出す。

 レイラは、同情的だった。きっと悪いようにはしない。今にも悪巧みをしていそうな笑顔が朗らかに切り替わり、気持ちよく若い征服者を送り出してくれるはずだ。

 レイラの口を注視する。いったいどんな閃きを披露してくれるというのか。

 

 タツミはまた生唾を飲み込む。同じように喉を鳴らす音が聞こえた気がした。だけど、それが誰のものかを確認する前に、レイラの仰天発言にタツミは息を呑んだ。


「ようこそ。世界征服実行委員会へ! 今日から一緒に働こう!」


「……ええぇぇーーーーー!?」


 叫べるものならば叫びたかった。だけど、タツミの口には猿ぐつわがある。

代わりに大口を開けて驚いたのは、さっきまで澄まし顔でみんなを叱っていたシェリーだった。


(慌てている顔も綺麗だなあ)


 思わぬ展開に暗雲が立ち込める中、タツミは丸く開いた赤い目で彼女を眺めることしかできなかった。


 

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