第2話 征服抗争
幼い時に見た征服王の絵物語を思い出す。
空閑(クガ)タツミは「征服抗争」の真っ只中に立っていた。
東からは、最新鋭の火器を携える猛者たちが砂塵を天高く舞い上がらせ血気盛んに行軍を始めている。
西には、大男がただ一人。味方はおろか武器一つ持たない男は、動かぬ山のような仁王立ちで、大軍を待ち構える。
どちらも「征服団」としてのランクは格上。「征服者」になったばかりの自分が来るべき戦場ではなかったと、双剣を握る腕の震えを抑えながらタツミは額の汗を拭う。
都内某所。普段は人々が行きかうスクランブル交差点が今は立ち入り制限をされ、征服抗争の舞台に様変わりしている。
いつもまぶしく光っている大型ビジョンには、上空からのライブ映像が流れていた。
東西に分かれて陣をとる中央に、タツミの赤髪が小さく映っている。だが、彼の情けなく小さい姿に気づいている観衆などいるのだろうか。
大征服団の抗争で無名のタツミが名を上げれば、どこの団体からも門前払いを食らっている自分でも引く手数多だろうと思っていたのだが、見通しが甘すぎた。
甘いというよりも力量が足りない。
征服団のランキングを決める一つの要素。それが征服抗争だ。決まった区画内で征服団同士が抗争を行い、火花を散らして優劣を決める。国内で生放送される抗争に人々は熱狂しテレビに噛り付く。
なにも熱を上げるのは観客たちだけではない。抗争の勝率が高い主要征服団は各地区の筆頭征服団として人々に選ばれる。だから、征服者たちも意気揚々と征服抗争に参加し剣を振るう。
今回の征服抗争は、日本のNo.2とNo.4の戦いだ。戦火を交えると決まった日から都内は大騒ぎ。有休をとる人が多く出て、臨時休業になった企業もあるのだという。実際、皆がテレビの前から離れず外出もしないので、今日開いている店は暇を持て余しているところだろう。
タツミもおとなしくテレビの前で観戦しておけばよかった。
大群の足音が近づく。数百の一歩は地鳴りを生む。
弱々しく竦む足に、タツミはやはり選択を間違えてしまったのかと猛省する。
本来は両者以外立ち入り禁止のエリアだ。ばれれば征服者の資格は剥奪。征服団に入ることはおろか、ソロでの活動も続行不可能になる。警備をかいくぐって足を踏み入れた以上、何らかの成果を上げない限り後戻りはできない。
両者の間に立ちながらタツミは剣を構えなおす。
両手に短い剣を持つ小回りを重視したヒット&アウェイの先頭スタイル。
そんな一対一を想定した戦い方が、大群相手に通用するのだろうか。
そんなはずがないとタツミは赤い目に映る光景に打ち震えた。
行軍は止まらない。東西どちらもタツミの存在は既に視認しているだろう。しかし、彼らは戦場の中央に立つ少年を見ても、場違いな迷子だとは認識しない。
殺人行為以外は何をしても許される征服抗争。両者ともタツミを罠や囮と認識しているに違いない。
東の大群は漸く足を止める。しかし、タツミの安全を考慮したのではない。証拠に、息の合った動作で一斉に火器を構え、その銃口に緑色に光るエネルギーを溜める。
西の大男に離れた距離から無慈悲な爆撃をお見舞いするつもりなのだろう。
それでも、大男は距離を詰めずに、ただ腰を低く落として構える。武器を持たない彼の戦い方は、その身一つで戦う猛打戦法。エネルギー砲弾の雨を掻い潜り、巨弾よりも強烈な拳で大群を凪払うつもりだろう。
やはり両者ともタツミの事は眼中にない。
ああ、この選択は間違いだった。
タツミにうなだれる隙も与えずに火蓋は切って落とされた。
まず動いたのは、大男だ。爪先でアスファルトを抉り疾走する。二メートルはあろうかという巨体からは考えられない弾丸並みのスピードでスクランブル交差点を爆走する。
遅れずに大群もエネルギー砲弾を発射する。緑色の線が見事に並んで飛んでいく。
対する大男は拳で迎え撃つ。赤く煌めく手甲は易々と緑の砲弾を弾いた。射線からそれた砲弾は、近くの建造物に当たりコンクリートを粉々に爆砕した。
タツミの剣では建物に傷一つつけられず砲弾も弾けない。
今からでも逃げるべきなのだろうが、タツミはエネルギー砲弾を掻い潜るのに手いっぱいでこの場を離れることができない。何とか回避を続けるが、不格好に体をよじる姿は、まるで波にもまれるクラゲのようだ。避けているだけでも褒められるべきだろうが、悲惨な現状はお笑い種にしかならない。
しかし、両者が近づくほど弾雨は激しさを増す。
体を掠る熱線が増えてきた。少し掠っただけでもタツミは膝を折りたくなるほどの痛みに襲われる。だが足を止めてしまえば、次に迫る熱線は確実に体のどこかに直撃するだろう。致死性のない光弾とはいえ、複数直撃されれば無事では済まない。
逃げられず往なせず避け切れない。
万事休すか。タツミは視界を埋め尽くす緑に、遅すぎる後悔に赤い瞳を揺らした。
『抗争を直ちに停止しなさい』
天から降り注いだ言葉とともに、タツミの視界を埋め尽くしていた緑が一瞬にして白色へと変わる。目の前で何かとぶつかり合い爆発し白煙が上がったのだ。
その煙を払い散らして、少女が一人、空から降り立つ。
「委員会権限を実行。両者、矛を収め停止しなさい」
抗争の爆音を凛としたアルトの声が静める。
腰まで届くほどの煌めく銀色の髪をなびかせ、少女は立つ。青磁色の鋭い目に宿る星の輝きに絶句する。筋が通った鼻。顎は美しいシャープな輪郭。シルクのような洗練された白い肌。
黒を基調とした制服に隠された女性らしい細くもしなやかな体からは、隠しきれない少女の麗しさが垣間見える。
強者に囲まれてなお凛々しい佇まいに、タツミは呆然自失で見惚れてしまう。
「征服英雄アドラシオン。征服団エーゴス。この場は委員会が納めます」
少女の言葉に両軍は素直に武器を収める。
東の征服団「エーゴス」は足並みをそろえて停止し構えていた銃を背負っている。
西の大男「征服英雄アドラシオン」も拳を下ろし、心配そうにタツミを窺っている。
危険は去ったと思っていいのだろうか。タツミはほっと息を吐く。
少女が何者かは知らないが征服抗争は一時停止され、この場から避難することができるわけだ。
無名ながらも名を上げるという誤算だらけの計画は叶えられそうもないが、命が救われたことをまず喜ぶべきだろう。
銀髪の少女が手を差し出す。赤い手甲をつけたその腕はタツミに伸ばされている。
いつのまにか腰を抜かしていた自分の情けなさに頬を紅潮させずにはいられない。だが、助けられた感謝を羞恥で言葉にできないほど、タツミは非礼な少年ではない。
ありがたく少女の手を取ってお礼を言おう。あと連絡先も聞いてお近づきになろう。そしてお茶に誘うのだ。
しかし、タツミが少女の手を掴むことはなかった。
無論、連絡先を渡されたわけでもない。
タツミの手には手錠が付けられていた。
「へ?」
「征服抗争の妨害行為であなたを逮捕します。おとなしく連行されなさい」
青磁色の綺麗な目は何も地で尖っていたわけではないらしい。
タツミは知っている。これは他の征服団に門前払いを食らった時と同じ、厄介者を煙たがる視線だ。
決して、これから楽しくお茶ができる雰囲気ではない。
少女はタツミを引きずりながら大軍をかき分けていく。睨みつける征服者たちの視線が無遠慮に突き刺さる。
それだけではない。征服抗争を映すはずだった大型ビジョンに映し出されているのは、銀髪の少女に情けなく引きずられていく赤髪の少年の姿。
つまり、惨めなタツミの姿は日本全国に放送されているということだ。
こうして、空閑タツミの美少女との楽しいお茶会、並びに、征服者としての華々しい一歩は見事に頓挫した。
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