第4話

俺は急に目の前が真っ暗になった。

なにが起こったのかよく理解できなかった。

ただ、さっきまで体を攻め続けていた真冬のキリキリとした空気は感じられず、代わりにポカポカと暖かい空気が俺を包んでいたことだけは分かった。


「…」

俺はまだ目を開けられずにいた。


『目を開けてみろ。』

あの黒ずくめの男の声がする。


俺はそっと目を開けた。

そこは大きな広場だった。

さっきまで、俺の住む町で一番大きな家の屋根の上にいたはずなのに。


広場の真ん中には人だかりがあった。

ただ、俺を驚愕させたのはもっと別のことだ。

俺の体は縮んで小さくなっていたのである。

服装は…よく覚えている、子供のころに着ていた服だった。

ちょうど10才くらいの頃だろうか?

だがその驚愕も俺にとっては長続きしなかった。


どうせ夢でも見せられているんだろう、催眠術か何かか?

もしそうなら子供の頃の自分とか、そんなものはよく聞く手口だ。「なんだこれは…」男を【見上げて】俺は言った。


『ほう、なかなかCOOLな反応だな。普通ならもっと驚くものなのに。』

「ほんとう、COOLですね。なんなら、僕たちと一緒に旅をしますか?」


「説明しろ。」


『行けば分かる、あそこの人が集まっているところに行くがいい。

そこにはお前の復讐を手助けしてくれるヒントがあるだろう。とびきりCOOL

でSMARTな復讐のヒントがな。』


【復讐】という男の言葉に俺は少し興味を抱き、あの人だかりの場所にゆっくり歩いていった。近づくにつれ、その人だかりが誰なのかようやく分かりだした。

俺の小さい頃の友人たち…

貧乏で成績だって悪く運動もろくにできなかった俺を、それで

も友達だと言ってくれたやつのあの顔も見える。


やつは、俺の人生の中でたった一人の友人、心友だった。

今、やつは遠い外国へ行ってしまい、もう十年以上も会っていない。

クラスの中で俺が初めて恋をしたあの子の顔もある。

結局、ただの一言も話ができぬまま転校していってしまったあの子だ。

中には俺をいじめたあいつとその取り巻きどももいる。

なんとも思っていなかったやつらもいる。

全員、近づいてくる俺をじっと見ていた。


そして、心友が手を上げた。

「おお~い、何してるんだ!、早く来い!」

その心友の声をきっかけにみんなが俺を呼びはじめた。

わいわい、呼ぶ声が聞こえる。

その声を聞くにつれ、俺の意識は次第に遠のき始めたが体は特に変調はなかった。

その後のことを俺は遠い意識の彼方からじっと見ていた。

俺はみんなの呼ぶ声に笑顔で手を振りながら、みんなの下へ走って行った。


そして、心友と握手をする。

そして、みんなに囲まれる。

心友と肩を叩き合った。

「ずっと今までどこに行ってたんだ。」

「ずっと会いたかったんだぞ。」

「俺もさ。でもお前はずっといなかったんだ、お前はいったいどこに行ってたんだ?」


あの子と初めて話をした。

「あなたと一度話がしたかったの。だってクラスで話ができなかったのはあなただけなんだもの。」


「僕も話がしたかった。」


「嬉しい。いつも目が合ってもあなたはすぐに目をそらして

しまっていたから…あなたにずっと嫌われてるんだって思っていたの。」


俺をいじめていたやつらと手を取り合った。

「お前の貧乏をネタに、お前にずいぶんひどいことをしちまった。すまなかったな…」


「僕も君たちをたくさん嫌ってしまったよ。」


「何だかお前を見ていると、俺たちがお前みたいに貧乏になったらって思うと怖かったんだ、だからお前を見るのが嫌だったんだ。本当にすまねぇ。」


「僕も君たちが怖かった。」

心友は、俺のそばでずっと、俺の肩を抱いていた。「ほら、こいつら、お前が怖かったんだとさ。バカみたいだろ?」

心友は笑っていた。

いつも俺をかばったり、俺を励ましてくれたやつだ。俺はこいつに何度「死にたい」と洩らしたことだろう。そのたびにこいつは困った顔をして、そんなこと言うなと言っていた。散々俺はこいつを困らせた。だが、奴はいつも笑っていた。


何とも思わなかった奴らとも、一人ずつ手をとり話をした。

「お前を放っておいてごめんな。」

「お前はどんなやつだろう?ってずっと思ってたんだ。」

「お前と一度遊んでみたかったんだ。」

「お前も見てたのか!?英雄ナイト!あれ、おもしろいよな~。」


「あなたが寂しそうにしていたのを知っていたのに、わたし、なにもしてあげれなかったわ。」


「いつも本を読んでいたでしょう?わたしも本が大好きなの!」


俺は遠い意識の中で、あのもっとも苦しくつらかった子供時代に感じていた絶望が、少しずつ、少しずつ、溶かされていくのを見ていた。


【今】の俺から見れば三文芝居のような話だと思うこの光景も、子供のころの俺はみんなの言葉に笑い、そして涙していた。


少しずつ日が暮れて、広場にはあの町一番の大きな家の屋根の上に光っていたのと同じ、透き通った月の光が差していた。


俺とみんなは、ともし火を焚き、その大きな炎を囲んで歌を歌い、ダンスを踊った。


俺は笑っていた。お調子者がしゃべるつまらないギャグにみんなで笑い転げていた。

初恋のあの子と、たくさん話をした。

彼女は将来サッカー選手と結婚したい、と言っていた。


サッカー選手になればよかったと俺は本気で思った。

心友とまたたくさん語った。

奴とは、英雄ナイトのカードを一緒に集めていた。

ポケットからカードを出し、どこまでたまったか二人で見せ合ったりもした。

楽しい…。


意識の彼方からその光景を見ていた俺は、この幸せがずっと続け

ばいいと思っていた。子供のころの俺が救われている光景を見て、

俺は『よかったな』と、本気で祝福したい気持ちでいた。

まるで他人事のようだったけれど、その俺自身の笑顔と喜びを俺

は心の真ん中に火がともったように、まるでクリスマスに灯す

キャンドルの火のような暖かさを感じながら、喜んでいた。


そして気がつくと、俺のそばには親父とお袋が俺と同じ顔を

して子供のころの俺を見ていた。

俺は親父とお袋と三人顔を見合わせて笑いあった。

俺は夢を見ていた。

とても幸せな夢だった。

でも、それは夢でしかないことだけはわかっていた。

…だが、それでも俺は幸せな気分を味わっていた。

ただ、幸せだった…


一度まばたきをした瞬間、俺は現実のあの屋根の上にいた。

月の光と、屋根の上に積もった雪と、そしてあの身を切り裂くような寒気がまた戻ってきていた。


「寒い」


俺は体をちぢこませた。


『戻ったな、どうだった?歓喜と悦楽の世界は。COOLだったろう。』

「…お前が俺に見せた夢なのか?」黒ずくめの男に俺は聞いた。

『お前の体験をどう解釈するのかはお前の自由だ。ただ、俺のよう

なCOOLな男は真実しか語らない。お前が傷つけられたと感じるなら、そいつよりも幸せになってやればいいだけさ。お前が孤独だったと感じるなら、繋がりを今からでも作ればいい。真の復讐はそこにあるだろう。』


「…ご主人様、今回は 本当に COOLでいらっしゃる!」


男の言うことが俺には何のことだか、俺にはよくわからなかった。

俺は男と猫の声をうつむいて聞いているだけだった。

…何も考えられなかった。


俺は一体、何に復讐したかったのか?

俺と俺の両親の幸せを奪ったやつらに復讐したいはずだった。


でも、もしこの男が見せたあの夢が現実にあったことだとしたら?

あの夢で聞いた、みんなの言葉が本当に現実だったなら?

親父とお袋はたくさん傷ついていたはずだった。

俺を見る余裕などなかったはずだ。

でも、二人が見せていたあの笑顔は?


夢は夢でしかありえないはずなのに、俺は訳が分からなくなっていた。

だがなぜか、目からは涙があふれるのだった。

「ご主人様、今回は 本当に COOLに 決められましたね。長年 ご主人様に お仕えしていますが、こんなにも COOLで SMARTな ご主人様は 初めて見たような 気がします。」


『一言余分な言葉が入っているように感じたが、お前の承認を素直に喜ぼう。』


「でも、あの人 大丈夫でしょうか?なんだか、もうちょっと話を したかったように僕は 思うんですが?」


『きっかけさえあれば、人は如何様にも変わることができる。奴の復讐心という暗い心も、元を正せば愛なのだから。』

「う~ん、さすがは ご主人様、COOLですね。」

『ふっ、では次へいくぞ。』

「はい、ご主人様。」


俺が顔をあげたとき、黒ずくめの男と猫は、もうそこにはいなかった。


————————————————————

「今年のクリスマスも冷えるわね。」

「そうだね。でも、去年よりはずっとましさ。」

「あなたと過ごす初めてのクリスマスはどんなかしらって思ってい

たけれど、なぜずっとこんな人様のお宅の前で、月を見上げているの?」

「いやかい?」

「いいえ、あなたが傍にいるならどこでもわたしは幸せだわ。」

「実はね、ここは俺が忘れていたものを思い出したところなんだよ。」

「忘れていたもの?」

「今夜はまだ時間がたっぷりある。行こう!ゆっくり話してあげるよ。」

俺は、一年前のクリスマスの夜に出会ったあの黒ずくめの男と、猫にまた会えるかもしれないと思ってここに来ていた。


あの時、言い忘れた礼をあの奇妙な奴らに伝えるために…

だが、奴らはいなかった。

ひょっとすると、また屋根の上で月明かりを見ているかもしれない。

そう思ったのだが。

しかし、会えなかった。だが、また来年があるだろう。

あの男の言った言葉の意味は、いまだによくわからない。

だが、奴が見せてくれた夢が今も俺の心にキャンドルライトの火のように暖かいものを灯してくれている。

俺はもう一度、あの屋根の上の月をみて彼らに心の中で(おまえら、最高だぜぃ!)と礼を言った。

そして、俺のすべてを許すことができた俺は彼女の肩をそっと抱いて、

二人、家路についた。 〈了〉

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