第3話
『COOLじゃないのは、復讐のことじゃあない。おまえの復讐の道連れになる、
この家の子供たちのことさ。』
…なんだ、つまらないお説教クソ野郎か。
「つまりは俺がこの家に火をつければ、俺が罪を負うとかなんとか、そういうことじゃなくて純真で未来ある子供たちが、俺の復讐の道連れになってその輝ける未来を失ってしまう。
そう言いたいんだろう?
おまえたちのように正義感ぶったやつはみんなそう言うんだ。
俺がどうなろうと知ったこっちゃない。でも、その犠牲に
なる人はどうするんだ、とな。」
こんな馬鹿げたやつらに俺の気持ちなんか分かるはずがない。
どうせ、俺につまらん道徳観を説教して終わりなんだ。
それで俺が思いとどまると思っているに違いない。
「そしておまえたちは、俺が子供たちのことを考え罪の意識にかられ、
止めますと涙ながらに言えば満足なんだろ。どうだ、違うか!?」
こんな陳腐なまやかしに、いつまでも付き合いたくないんだ。
しかし黒ずくめの男と猫は、顔を見合わせてこう言った。
『おおむね間違ってはいないが…やっぱりCOOLじゃないな。』
「…ですね。」
そして男と猫はニヤニヤと笑い出した。
そのいやらしい笑いを見て、俺のなかの感情は激怒に変わった。
「なにがおかしい!」
男はくすくす笑いながら話した。
『おまえの復讐とやらがそれでは完成するどころか、むしろ逆効果だからさ。』
「なんだと!?」
『おまえはこの家に火をつけ自分も死ぬつもりだったんだろうが、それでは
まったくの無意味だ。そんなやり方では、そんな無意味な行動に付き合わされ
るこの家の人たちの命もまた無意味といえる。』
「なにがいったい無意味だ!世の中のやつらがへらへら笑って幸せそうに
しているのを俺がぶち壊してやるんだ!今まで俺を能無しと笑ったやつらに、
その能無しに自分たちの楽しみを奪われたと感じさせてやるんだ!それが俺の
世の中のやつらに対する復讐なんだ!」
『…それで?』
「そうして今日を楽しんでいるやつらをあの世で俺の両親と一緒に笑って
やるのさ!どうだ、悲しいだろう!切ないだろう!
お前たちが俺の両親を陥れ、俺を笑ってきたせいで幸せな家庭がひとつ
もっとも不幸なシチュエーションで壊れたんだ!
全部おまえたちのせいだ!、とな!」
『…やはり無理だ。おまえの復讐は遂げられない。』
「あなたがこの家に火をつけても誰も不幸になんてなりません。
みんなこう言うでしょうね。
【ああ、可哀想な家もあったものだ。それがウチじゃないことに感謝します】とね。」
『それではおまえが世の中に思い知らせてやりたいと思う怒りは、結果的に誰にも伝わらない。その無意味な行動に付き合わされるこの家の、とりわけPRITTYな子供たちは可哀想だ。おまえの失敗劇に幼い命ごと付き合わされるわけだからな。おまえが真の能無しであることを単に証明するにすぎない。それはおまえの勝手だが、無意味に命を散らす子供たちの死に様はCOOLとは到底呼べない。どうせやるんならもっとSMARTなやり方を考えたらどうなんだ。また、そんな失敗作の復讐劇のために俺たちが楽しんでいたCOOLな月明かりの夜も台無しだ。』
黒ずくめの男はきっぱりと言い切った。
そして、奇妙な猫までもが…。
「ご主人様、ずいぶん今日は言う事きついんですね。」
『…おっと、ちょっとHOTになりすぎたかな?COOLな俺としたことが…。』
「気を付けて下さいよ、僕たちは常に…」
『COOLに旅を続ける…。』
「そうです。」
『…相棒、やるようになったな。』
俺はこの男に否定される怒りに震えながら、今日まで俺のことをあざ笑ってきた
やつらのことを思い出していた。
やつらは皆こうやって俺のことを否定してきた。
俺を能無し、そして能無しの息子と蔑んで笑ったのだ!
…だが、考えてみればこの男と猫の言うとおりだ。
たしかに不幸な結末を迎えるのはこの家の人だけだ。
この放火が明日の新聞に載ったところで、世の中のやつらはきっとその記事を
読んだ一瞬しか不幸を感じないだろう。猫の言うように、その一瞬の感情すらも
どれほど世の中の奴らに与えることができるだろうか…。
俺は悔しさと虚しさが入り混じったような感覚を味わいながら、その場に座り
込んでしまった。
「ならば、俺はいったいどうしたらいいんだ!
俺のこの怒りはいったいどうすれば晴れるんだ!」
男が俺に聞いた。
『おまえはなぜ、世間を憎む?』
「だれも俺を、そして俺の家族を助けることは無かったからさ!俺の親父は他人に何度も騙された。そのせいで俺の家は貧乏で、サンタクロースだって一度も来ることはなかった!両親は小さなケーキを俺に与えるだけで精一杯だったんだ!
俺は満たされなかったことを恨んでるんじゃない。
両親が俺を満たしてやることができなくて、さぞ悔しい思いをしたに違いないんだ。」
『両親をだましたやつらが憎いのか?』
「そうさ!憎んでなにが悪い!?俺は見返してやりたかったんだ!俺が頑張れば、親父だっておふくろだって浮かばれる!そして、親父の墓の前で言ってやるんだ!あんたの息子は世の中のやつらにあんたの復讐をしてやったぞってな!」
『おまえの両親はそれを望んでいるのか?』
「俺が望んでいるのさ!俺の両親は他人に騙され、利用され、牛馬のごとく働いて…。ただそれだけの人生だったんだ!そんな彼らを恨んだこともあった!
だが彼らを追い詰め彼らの人生から楽しみも喜びも奪ったのは、世間のやつらなんだ!俺は、両親からやつらが奪ったものを奪い返したいんだ!」
『何のために?』
「何のために!?…… 何のために?……」
『…何のために?』
「そうだ!俺が楽しむためさ!俺が両親の代わりに…」
そこまで俺が吐き出したとき、男と猫は今までとは違う異質な笑い方をしだした。
『…今の聞いたか、相棒…。』
「…聞きました。しっかり、はっきりと…。」
『ん~っふっふっふっふっふっ…』
「ん~っふっふっふっふっふっ…」
男と猫は互いの顔を見合わせて笑った。
その笑い方が俺にとっては大きな恐怖だった。
「なんだ、なにを笑う!?」
『おまえ、今、おまえが楽しみたいといったな?』
「いいましたね?」
「いっ・・・言ったがどうした!?」
上ずった声で俺が言うと、黒ずくめの男は
『ならば楽しませてやろうではないか。おまえにとってはこの世のものとは思えないような、歓喜と悦楽の世界だ』
そういって漆黒のマントを俺の目の前で翻した。
そのマントがずっと降り注いでいた柔らかなの月の光を覆い隠したせいだろうか?
俺は目の前が真っ暗になった。
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