第2話

「もし?、いったい全体、何をなさっているんですか?」

突然、背後から聞こえた甲高い声に俺は心臓をたたかれたような思いがして、振り返った。

いつからそこにいたのか、黒ずくめの男(と思われた)が俺に背を向けて屋根の縁に座っていた。男は漆黒のマントに体を包み、頭には先の尖った魔法使いのような帽子をかぶっている。背中まで届く長髪で瘦身そうしん

座ってはいるが、それでもかなりの長身であることが窺える。

顔は夜の闇と、それ以上に俺に背を向けているためによく見えない。

そして男の傍らには、俺を不思議そうに眺める一匹の猫がいた。

あの甲高い声は、この男が発したものなのだろうか?


俺は思った。

やっぱりうまくいかなかった…。

最後の最後まで、世界は俺のしようとすることを許すことはなかったのだ。

俺は犯行現場を見られたことよりも、俺の計画が失敗に終わったことに言い知れない絶望感を感じながら声もなくその場にへたり込んだ。


「あらら?ご主人様、この人、腰、抜かしちゃいましたよ?」


『おまえがいきなり喋りかけるからだろ?。』


「でも、藁に、火をつけようとしてましたよ?火、ですよ、火。火事に なってしまうじゃあ、ないですか。」


『…放火か。そりゃぁCOOLじゃないな、せっかくの月明かりが台無しだ、もう先へ行くか。』


「待ってくださいよ、ご主人様。この放火魔さんを、このまま放っておくんですか?もしかすると、ここにも、COOLでDEEPなLIFEが、あるやも知れませんよ?」


『むむむ…』


「その気になりましたね、ご主人様。」


俺の絶望感は次第に驚愕へと変わっていった。

黒ずくめの男は、猫としゃべっている!さっきの甲高い声は、この猫のものだったのだ!いったい俺は、夢でも見ているのか…?

俺は混乱しながらやっとのことで声に出した。

「警察に言うのか?」

男は帽子の奥から俺を一瞥した。が、顔はやはりよく見えない。

『警察に行きたいのか?』

男は逆に聞き返した。

俺はまた黙ってしまった。なにも答えることが出来ない。


「ね?放火魔さんですもん、なかなか、DEEPなLIFEって感じじゃないですか。」


『まあいいだろう、ちょっとだけ付き合ってみるか。』


「はい、ご主人様。」


男は立ち上がって、俺に向き直った。

だがやはり細面なこと以外は顔が良く分からなかった。


『おい、なぜこの家に火をつけようとする?せっかくのXmasイブの夜に…』


俺は何がなんだかもう訳がわからなくなっていた。

ただ分かっていることは、俺の人生最後の計画はすでにもうオジャンだということだ。目の前にはいつのまにか胡散臭い黒ずくめの男がいて、非現実的なしゃべる猫までいる。俺は錯乱して、こう一気にまくし立てた。


「なぜだ?なぜ俺ばかりがこんな目にあう?不公平だ、俺は今日までマジメに生きてきた、俺はもう死にたかったのになぜそれすら許してもらえない?そうかわかったぞおまえたちなんか、まやかしだ!

俺の中のこの家に火を放つことへの罪悪感がおまえらのようなまやかしを作ったに

違いないんだ!そうだ!しゃべる猫なんているはずがない!!

ましてや誰もいなかったはずのこの屋根の上に、幽霊のように急にあらわれるなんて、まやかし以外のなにものでもない!もう、消えろ、まやかし!!」


「この人、よっぽど必死だったんですかね?

僕たちが ずっとここにいた事に気付かなかったみたいですよ、ご主人様」

そういうと黒ずくめの男はゆっくりこう言った。


『俺たちはずっとここにいたぞ。』


「なんだと!?」

『おまえのしている事の一部始終を見ていた、かんぬきの外れた門を開けて家の周りを一回りしてから、木にのぼり、屋根の上から火をつけた藁をその煙突から落とそうとしていた。』


「ちがう!おまえらはどこにもいなかった!!」


『どう思おうとおまえの勝手だ、俺たちはここでこの聖なる夜の月明かりを楽しんでいたのだ。そのささやかな楽しみをおまえが台無しにしてくれた…さすがにCOOLな俺も、ちょっとHOTになってるんだぜ?』


この男は冷静なのか、ふざけているのか、まるで人を小馬鹿にしたようなしゃべり口調に俺は逆に冷静さを取り戻していった。

そうだ、馬鹿げている!まやかし相手に本気になるなんて…。

だが俺は半ば意地になって黒ずくめの男にこう言った。


「おまえがまやかしでないのなら、そのしゃべる猫はどう説明する?

そんな猫、見たことも聞いたこともないぞ。」


『こいつは俺の相棒だ。それ以上でもそれ以下でもない。』


「…答えになっていないぞ?」


『そう取るのはおまえの勝手さ、世の中は広いんだぞ?

おまえの知らないことなんて山ほどあるのさ…なあ相棒?」


「はい、ご主人様」

そう言って男と猫は肩をすくめて見せた。



…やっぱり人を馬鹿にしている。

いつもどおりだ、俺の周りのやつはみんなして俺を馬鹿にする。

俺はもうばかばかしくなってそれ以上猫のことを追求することをやめた。


『さて、今度はこっちの質問に答えてもらおうか、なぜこの家に火を付けようとする?』


俺はこの黒ずくめの男に精一杯の皮肉で返そうと必死に感情をこめて言った。

「…復讐してやるためさ!!」


『復讐?』

「穏やかじゃ、ないですねぇ」

『ああ、COOLじゃないぞ。』

そういう男と猫に俺は冷めた口調になるように努めて言った。


「なんとでも言え!俺が今日までどんな思いで生きてきたのかお前らは知らんだろうが!」俺がそういうと男は

『COOLじゃないのは復讐の事じゃあない、おまえの復讐の道連れになるこの家の子供たちのことさ。』

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