第1章 拘置所へ

第15話 たくさんの出会いとルールの厳格化

 ようやく拘置所への移送通知が来た。裁判に向け、ようやく1歩前進できたような気がした。


 実はS警察署から拘置所に移送されるこの間、別の警察署にも移送され再逮捕と調べがあったのだが、こちらはもともと自供していた。

 しかし自供したものと、刑事が逮捕した事件の互いの言い分が食い違い、不起訴となった。


 そんな無駄な時間も終わりを告げ、ようやく拘置所の檻をくぐったのたった。


 

 拘置所に送られてきたのは6名。最初に手荷物等の確認を行い持っていけない物は【領置】。

 持って行けるものといえば、【衣服】【本】【日用品】の類い。

 その確認が終わり、45リットルの黒いキャリーバックが支給される。これにそれらを入れ自分で管理するのだ。

 もちろんダイヤル式の南京錠もついており、他の人に勝手に見られる心配のないように配慮してある。

 中には勝手に他人の荷物を漁る人物もいるのだ。


 検査などが終わり、それぞれに呼称番号が割り振られる。祐介の番号は【326番】となった。

 手続きが全て終わりいよいよ部屋へ案内される。歩き進む度鍵の着いた格子を通り抜ける。そしてやっと部屋についた。


 

 部屋はB棟2階11室。部屋に入ると中にはすでに5名が入っていた。


 「色々とルールがあるから、こいつらに色々聞いて、備え付けの冊子もあるから良く読んどけ」


 そう言うと案内してくれたオヤジは扉を閉めた。


 部屋の中は12畳ほどの畳スペースと2畳ほどの土間、そして半畳弱のトイレがある。

 その土間スペースがキャリーバックを置く場所で、他の人のとまとめて置くのである。

 そして土間の壁際には小さなシンクがあった。


 祐介の座る場所は部屋を入って左奥。そこにはすでに折りたたみ式のテーブルと、畳まれている布団があった。


 持ってきたキャリーバックを土間に置き、祐介は席につく。すると1人の男が目の前にやって来て丁寧に説明を始めた。


 「日用品買えるけど何かいる?」


 「あ、はいじゃあ――」


 と祐介は用紙に書き込んでいく。


 拘置所で物を買ったり何かを願い入れする場合【願箋(がんせん)】というものをオヤジにもらう。

 買える物は日用品からお菓子から本からと色々ある。

 どの願箋をもらえるのかは曜日によって違う。しかし移送されて来た初日だけ、例外的に書くことが許される。


 月曜は本とお菓子。火曜は日用品等と決まっているため、好き勝手に願箋を貰うことは出来ない。

 日用品の願箋はマークシート式。欲しい商品の番号を塗りつぶし、個数も塗りつぶしていく。

 最後に自分の居室のあるB-2-11と記入し、生年月日と名前、称呼番号を書いて完成。


 左手の人差し指で指印を押し、それをオヤジに提出して願箋は終了だ。



 その後もその男は丁寧に教えてくれた。

 起床時間は6時20分。土日祝日は1時間遅い7時20分。

 それから点呼があり7時頃食事。

 しばらくしてオヤジが願箋があるのか回ってくる。それからは自由時間ではあるが、横になることは許されない。横になれるのは基本的に土日の昼のみ。

 そして順番に運動の時間が回ってくる。

 12時に昼飯があり、また自由時間。夕方の食事があるまで何も無い。

 夕食を終え部屋の掃除をし、18時にラジオがつく。布団を敷いていい時間でもある。最後に21時就寝。入浴は留置場と同じく週2回、月曜と木曜である。

 これが基本的な生活のリズムである。


 そして、ここでは警察署にある留置場とは異なり先に出てきた横になれない制限等ルールが厳しくなる。そのひとつに【他者とのやりとりの禁止】がある。

 要するに、物の貸し借りや譲渡をしてはいけないというルール。

 これは中の人間を平等かつ公正にする為で、もしやり取りが発生した場合その者達の間に優劣が現れ、上下関係が出来てしまう。

 それにより強いものが部屋を牛耳り、係を押し付けるなど不適切な状態が出てきてしまうからだ。


 そしてもしこの様な事態が発覚した場合、【調査】と呼ばれるものが行われる。

 調査は別室に連れていかれ事の次第を色々聞かれる。それはもう取り調べと変わらず調書まで作成される。

 そして、今までいた部屋に戻ることは出来ず【懲罰房】と呼ばれる一人部屋に入れられ、調査中はそこで過ごさなくてはならなくなる。

 この部屋の厳しいところは今まで持っていた本などは別の場所に保管され、娯楽は一切禁止される。

 場合によっては日中は仕事を課せられる場合もあるのだ。

 ただ唯一、施設から貸し出された本を見ることはできる。だがそれだけだ。



 説明をしてくれた男はこの部屋で1番古い。拘置所では古い順から1番席、2番席と座る順番が決まっている。

 部屋の中からドアに向かってドアに近い左側から1番席。対面が2番席。そして1番席の横3番席と並ぶ。

 祐介は6番席である。


 「俺田久保、よろしく」


 「熊谷です」


 それから自己紹介をし合った。


 1番席は【田久保】。20代半ば窃盗らしいが、後からまわりに聞いた話だと性犯じゃないかということだった。拘置所や刑務所で性犯の事を【ピンク】という。

 そしてピンクの人間はいじめられるという噂があった。


 2番席は【前川】。20代前半と若くかったが、シンナーの影響があるらしく、前歯が無かった。前川は背中に般若の刺青があるのだが、知り合いの練習で入れたらしく、お世辞にも上手いとは言えないもので、ずっとネタにされていた。


 3番席は【東浦】。関西人で同じく20代前半。詐欺。自意識過剰で自慢好き。中学の時から悪さをしてきたといつも自慢する。


 4番席、【川津】。40後半。放火未遂。放火であれば1発で刑務所に行く可能性ありで、5年はくだらない。未遂なのでギリギリ懲役に行くかどうか。


 5番席、【近藤】。20代前半傷害。ジャイアン的な感じで前川と仲良し。いつも前川と五目並べをしていた。



 この6人で今後生活していくことになる。

 祐介の印象ではそんなにいじめるような感じの人はおらず少し安心した。



 「熊谷さんは将棋できる?」


 田久保が話しかけてきた。すると周りの雰囲気が変わった。


 「また将棋してくれなくなるかもしれんね」


 東浦が言った。祐介は意味が分からなかったが、


 「はい少しならできます」


 と返した。すると田久保は将棋盤を取り出し、


 「じゃあ1回打とう」


 と言った。この一言で祐介は田久保はそんなに強いひとではないなと思った。


 将棋は【打つ】のではなく【指す】という。将棋を嗜む人は間違えたりしない。


 案の定田久保はすぐに負けた。祐介もそんなに強い方ではなく、序盤の定石などはほとんど知らなかった。

 唯一知っている戦法が【鬼殺し】。ハマると鬼をも殺すほど威力がある事からこの名前がつけられた。祐介は単に「カッコイイから」という理由だけで覚えた戦法だ。ただし、冷静に対処されると不発で終わりぼろぼろになるのだが。


 田久保はこの戦法を知らなかったらしく、為す術なく破れた。


 「おー熊谷さん強いんだね」


 川津がすごく関心していた。この部屋に田久保と同等、もしくは強い人がいなかったらしく。待望の待ち人だったらしい。


 「もういっかいしよう!」


 と田久保はムキになって挑んできた。その後も祐介は勝ち続け、とうとう田久保は音を上げた。


 「田久保さん将棋する人いなかったもんね」


 と川津がにやにやして言った。田久保以外の人は将棋をしない訳じゃない。だが、他の人は田久保と将棋を指したがらなかった。

 その訳を祐介は後ほど知ることとなる。


 後日、気が向いたのか東浦が田久保と将棋を指した。展開は田久保優勢に進み終盤が訪れた。

 祐介はその対局を見ていてふと思った。田久保の指す手がわざとらしい。後数手で詰むのにわざと東浦の王を逃がし、また追い詰めるの繰り返し。

 東浦は明らかにイライラしていた。


 それがしばらく続いたが、ようやく東浦が詰まされ負けた。


 祐介が田久保に何故あんな指し方したのか聞いてみると、


 「だってその方が長く楽しめるでしょ?」


 と言っていた。それを聞いて祐介は


 (なるほど、みんなが言ってたのはこういう事か)


 と理解した。そして祐介ももうこんな人とは指したくないなと思い、それから田久保と指すのを辞めた。



 田久保はまた1人になった。誰を誘っても断られる。

 しかし他の人同士は将棋をする。田久保はイライラしていたが、その原因が自分にある事を分かっていない。

 そしてその人間性ゆえに、累犯の人をも敵にまわしてしまうことになるのだった。

 

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