第4話 48(よんぱち)

警察が家に来て初日の調べが終わった翌日の朝、7時に起床の合図が出た。


 「起床ー!!」


 その掛け声と同時にオヤジたちが数人入ってくる。寝ていた容疑者達は、自分にあてがわれた青いシーツに包まれた布団を畳む。この布団がなかなか暖かい。掛け布団も青い生地に包まれている。


 祐介が拘留されたのは5月の事だったが、留置場の中は冷房がかなり効いており、結構寒い。これは、一応刑が完全に確定するまでは推定無罪なので、いくら凶悪な犯罪を犯したであろう人物ももれなく悪い待遇というのはない。

 畳んだ布団はまた1人ずつ部屋から出され、押し入れにしまい、歯磨き等の洗面をする。この歯ブラシと歯磨き粉は、最初に留置場に入る際に初回購入として自分の所持金を使い買うことが出来る。

 ただ自分で買い物する訳ではなく、購入用紙というものを渡されそれに書いてある歯ブラシやら歯磨き粉やらの項目に数を入れ、オヤジたちが買ってくるシステムなのだ。

 もちろんなんでも買える訳ではなく、必要最低限な、歯磨き粉や石鹸等などの日用品、それから趣向品である一部のお菓子類とノート等である。ちなみにボールペンは買うことが出来ず、貸し出し用を使う事になる。



 洗面を交代で行い、全て終わった後、また点呼が始まる。

 点呼を終えると朝ごはん。朝は絶対のり弁だった。警察署で出る弁当としてはかなり良い方で、警察署によっては署で出している弁当もあり、中には侘しいものもあるらしかった。



 弁当を食べてる時、今日の担当のオヤジが部屋の前に来て、55番ちょっといいか、と言ってきた。

 何かと思い祐介は鉄格子に近づいた。


 「今日検察庁いくからな、準備しときなさい」


 準備と言ったって何も無いのに準備もくそもなかった。


 (それにしても検察庁?何しに行くんだ?)


と、祐介は何も分からなかった。

 じつはこれはとても大切なことで、検察は逮捕してから48時間以内に裁判所に『 この容疑者をもっと取り調べしたいので拘留する許可を下さい』という書類を提出するべきか否かを判断するために、検察官自らも取り調べをするのだ。

 こうして警察署が取り調べた事を検察に送ることを【書類送検】、検察が裁判所に拘留許可を得るかどうかのことを俗に【48(よんぱち)】と言う。

 裁判所に送った時、不起訴や起訴猶予になる場合ももちろんあるが基本的には拘留続行になる。期間は1回最大10日間で、最大2回拘留されるので、20日間は出れることはまずない。

 警察署や検察は基本的には起訴するつもりでいるので、証拠がある上で逮捕しているので裁判所が拘留を認めないことはまずない。



 祐介がご飯を食べ終わったあと、しばらくしてから【運動】が始まる。

 といっても部屋から出され、運動用の部屋に入るだけなので大したことは出来ない。

 祐介が行ったその部屋は、およそ4畳半くらいで中央には電動の髭剃りと爪切りが置いてあった。

 これはみんなが使うものなので、使ったあとはキレイに掃除して、消毒までしなければならなかった。

 運動部屋にはオヤジたちか2人。


 「おはようございます」


 「おはよう」


 オヤジたちや、他の容疑者も2人ほどいるので祐介は挨拶を交わした。

 そのうちの1人、体のがっしりした、その筋の人に見える男が話しかけてきた。


 「お兄ちゃん大したことしとらんのやろ?」


 「えぇ、まあ」


 「少額の窃盗で初犯やったらよんぱちで出れるんやないか?」


 「そうなんですか??」


 「お兄ちゃんが初犯の窃盗やったらな。まぁ確実とは言わんけど」


 「それなら良いんですが」


 「大丈夫やって、もし起訴されても初犯なら執行猶予やから。俺は今回傷害やけど弁当もってるからな」


 「弁当ってなんですか??」

 「弁当ってのはな──―」


 【弁当】とは、いわゆる執行猶予の事で、通常裁判で有罪となり懲役刑に行くはずだが、その期間を数年ほど猶予し更生するかどうか様子を見るということだ。


 具体的に言うと、もし懲役2年6月、執行猶予4年の場合、本来は2年6月を刑務所で過ごさなければならないが、4年の間は刑務所に入れず外、いわゆる【シャバ】で普通の生活をさせ様子を見る、となる。

 そして、もしその4年の期間の中で犯罪を犯さずに暮らすことが出来れば刑務所に入れられることは無いが、犯罪を犯し逮捕起訴された場合、その時の裁判で下された刑プラス、執行猶予を貰っていた時の分も加算される。これはとても辛いことだ。


 「大丈夫やってお兄ちゃん。もし刑務所行っても2年もなかろうから余裕よ。2年なんか右見て左見たらすぐ終わる」


 「そうでしょうか……」


 「3年までは早いよ、でもそれを超えたらきつくなるな」


 「その違いはどこでしょうか?」


 「やっぱ好きなもんくえないことやろうな、3年まではなんとか我慢できるがそれをこえるととたんに色んな物が食べたくなるから。ま、老人は金がないのもいるからそういうのは何度も刑務所を出たり入ったりしてるがな」


 家族に見放され住む家もなく、お金もないような老人は刑務所を出所したとしても行く宛もなく仕事もなかなかない。中には若い頃から見放され仕事も見つからず、ずっと出たり入ったりの人もいる。刑務所には、介護施設のような状態の場所もあるという。


 「お兄ちゃんはまだ若いから全然やりなおせるよ」


 「はい、ありがとうございます」


 運動も終わり本を2冊借りた後、部屋へ戻される。それくらいのタイミングで日常品等の購入出来る紙【自弁購入用紙】を渡される。詳しく言うと買えるものとは、【ノート】【歯ブラシ等の洗面用品】昼か夜に食べれる、通常出される食事とは別に買うことの出来る【自弁】【野菜ジュース類】等だ。その用紙を書き終わり、それから暫くはまたゆったりした時間が流れた。


 

――午前9時───


 慌ただしい時間が流れ始める。ある者は調べに呼ばれ、ある者は差し入れや面会等が始まり出す。


 「55番、いくぞ」


 呼ばれた祐介は部屋を出される。そこには同じように検察庁へ連行される人もいた。

 紐付きの手錠を両手首にはめられ、紐をお腹に巻き付けられる。そしてそれに連なるように別の手錠が繋がっているので、縦に列車のように容疑者達は繋がれていく。


 これはもちろん逃げられないようにする為である。1人だけ繋がっていると、その分逃げられるリスクも出てくる。だが複数人繋がっていれば、よほど息があっていない限り逃げられる事はほぼない。

 それにどうせ何人も連れていかないといけないなら、紐を持っている警察官は1人にして、周りに配置していた方が動きが取りやすいのである。


 繋がれたまま検身をされ、全員が終わり準備は完了。階段を降りドアをあけると、ご存知護送車が止まっている。先頭から乗り込むと奥から詰めて座らされる。もちろん座っている側にドアはない。それから約40分、高速を進み検察庁へと向かった。

 昨日まで普通に見ていた世界が、ずっと遠いものに感じられた。護送車からみる景色。その世界が物凄く輝いて見えた。



────検察庁に到着。

 ぞろぞろと容疑者達は降ろされていく。全員が1列に繋がれているため、そろりそろりと歩みを進める。裏口から中に入ると、明かりはついていても少し薄暗かった。すぐ横にある怪談を下に降りる。奥にはズラっと、格子に囲まれた部屋がいくつも並んでいて、他の警察署から連れらてきた容疑者達と、それらを連れてきていた看守と思しき人たちがいた。

 祐介はそこにある部屋のひとつに入れられ、手錠を外された。


 「……さむっ」


 そのフロアは冷房がガンガン効いていて、涼しいを通り越してまるで真冬のように寒かった。

 だが、みんなそこでじっとしているしかなく、ただただ自分の番が来るのを待っていた。そして、30分は待っただろうか、ようやく祐介が呼ばれ、検事の待つ検事室へ連れていかれるのだった。

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