第3話 調べ

 狭い取調室に机を挟み、刑事と対峙した。


 「さて、えーあなたには黙秘権があります。言いたくない事は言わなくて良いという権利です」


 この【黙秘権】。刑事がいったとおりの事だが、いざこの黙秘権を使い黙っていると、


 「なんで?ちゃんと正直に話せ。反省してないんか?悪いと思わんのか?」


としつこく聞いてくる。それでも言わなくても良いのだが、本当に言いたくない事以外は言っていたほうがめんどくさくないし、その後の心証にも多少影響すると言われている。


  結局前記の【任意同行】にしろ【黙秘権】にしろ、あってないようなものなのだ。


 「まずは名前の確認するから。熊谷祐介で間違いないか?」


 「はい」


 「生年月日は?」


 「1983年12月8日です」


 「本籍地は解る?」


 「F県○市、○○の○」


 刑事は聞きながら、手元の紙にざっくりと書き込んでいく。ドラマでは取調室には刑事と書記のような人がいる描写があるが、あれはあまりないらしい。基本的に一対一だった。

 そして、暗い中行われるような印象もあるが、取調室は明るく、時によって冷房も効く。


 「家族は?両親と弟が一人?」


 「結婚はしてないね?前もしたことない?」


 「ありません」


 「過去に薬物を使用したことは?」


 「ありません」


と、一通り身辺状況の確認と、一応薬物や交遊関係など事細かに聞かれて、その度一言一言かわすだけのキャッチボールが、ただ事務的に室内に響き渡る。


 「しっかりやったこと反省して、まだまだ若いんだから」


 「はい」

 「じゃあ事件の事聞いていくから」


刑事は新しい紙を取り出し、祐介に向き直った。


 「最初から聞かせてくれ」


 「どっからですか?」


 「この日何時に家を出た?」


 「15時です」


 「なにしに行っていた?」


 「友人と逢う約束があったんで」


 「誰と?何時待ち合わせやった?」


 「17時で、今村大介とです」


 「車やったな?家から待ち合わせ場所まで何分かかる?」


 「だいたい一時間半くらいです」


そうしている間も刑事は目をそらすことなく、突き刺さるほど厳しい目で睨んでいた。


 「被害者はどうやって見つけた?」


 「 車で待ち合わせ場所に向かっていたら、一人で歩いていたのをみつけたんで」


 このやりとりは淡々と進んだ。

 刑事は聞いては紙に書き、書いては聞いた。


 「 で、どっちに逃げた??」


 「覚えてません」


 「 覚えてない訳ないやろ、自分のことやろうが」


 「ほんとに覚えてません。ひと月前のことなんて」


 「この日が友達と約束ある日って覚えてただろうが」


 「でも細かいところは覚えてません」


 「あ!?お前本当に反省しとるんか!」


 刑事は、人によってやり方はさまざまで、祐介を取り調べた刑事は、【決めつけ】【揚げ足取り】【屁理屈】と、話していて気持ち悪いほど不愉快な人間だった。

 それでも、祐介は話せるところは話し、例え自分が覚えていなくても刑事からの誘導には乗らず、淡々と話し続けた。

 刑事の誘導は巧みで、一瞬自分がホントにそうだったのではないかと思ってつい同意したくなってしまうものの、そこを堪えながら話を進めた。

 もし刑事の誘導にハマってしまった場合、下手をしたら刑量は重くなることのほうが多い。自分がやったこととはいえ、必要以上に刑を受ける必要は、犯人だったとしてもないのだ。


 この取り調べは1日にしていい時間数が決まっているようで、基本的には8時間ほどらしい。だが、よっぽどの凶悪な事件や、調べることが大量にある場合はこの限りではないようで、たとえば詐欺事件や共犯の多い事件などはかなりの量になるようだった。


 祐介の事件は被害者こそいるものの単独犯で、物的証拠はないものの素直に自供しているので、長期的な調べはないように思えた。

 だが、予想外に長引くことになるなんてことは今の祐介には解るはずもなく、ただ淡々と時が過ぎるのを待った。

 一通り話終えると【調書】という書類を作成することになる。これは自分のやった事を時系列に説明し、事実を書面にまとめ、検察官に提出、裁判でも証拠として提出されるのだ。

 初回の調べではそこまで詳しく説明することは無く。大まかな流れだけの文面を作成する。その事件の流れを簡単にまとめた調書が作成された。調書の内容はこうだ。



 調書

 今から私が犯した罪について説明していきます。

 黙秘権があることは、刑事さんから聞いて分かっています。

 私は、平成〇年〇月〇日、友人である


  今村大介


 と午後17時に遊ぶ約束をしていたので、午後15時に○○にある自宅を車で出ました。

 自宅を出て、国道〇号線を北に向い、C市に入りました。

 そこで、1人歩きをしていた被害者を見つけ、


 「この人を襲って、気分をスッキリさせ、ストレスを発散させよう」


 と思いました。

 車を、


 ○○の駐車場


 に置き、その被害者の後をつけていきました。

 最初被害者との距離は20メートルくらいでしたが、人の少ない住宅街に入っていったので、小走りで距離をつめ、5メートルほどになりました。


 しばらくすると、周りに誰も居ないことが確認出来たので、一気に距離をつめ、後ろから抱きつき、左手で胸を鷲掴みにし、数回揉んだあと来た方向に逃げました。大体2、3秒だったと思います。


 来た道を引き返し車に戻った後、友人との待ち合わせに行く為、○○へ向かいました。


 自分がやった事に間違いありませんし、被害者の方には申し訳ないと思っています。


               熊谷 祐介



 名前の横に左手の人差し指で指印を押して、調書は終わった。


 初日の調べはこれで終わり、次の日から本格的に始まるとそう思っていたが、祐介にはまだまだ知らないことが沢山まっていた。

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