こんな客……嫌だ

みやび

こんな客がいたら嫌だ

「はい、次の方どうぞ。」


ここの仕事はかなりキツい。


出入りの激しいこの場所を俺達は出入りする客を一人ずつ危険物を持ち込んでいないか審査している。


少しでも誤ってしまえば、多大なる被害が出てしまうので、慎重に相手を見極める必要があるのだ。


「えーっと……持ち物はオキシジェン*だけですね。他には何かお持ちでしょうか?」


「いえ?これだけです。」


お客は他に荷物もなく、身体検査をしたが問題無かった。


「はい。では、どうぞお通り下さい。」


「ありがとうございます。」


お客はお辞儀と共にお礼を言うと中へ入って行く。

俺はその様子を見送る間もなく次のお客を呼んだ。


「次の方。どうぞー。」


次のお客はなにやら そわそわと落ち着きが無かったが、俺は仕事を進める。


「えーっと、こちらのお荷物は、ナイトロジェン*と記載がありますが……。」


「え、あぁ。そうですよ。ナイトロジェンをいつも運ばせてもらっているんです。」


そう答えるも、ナイトロジェンだけでは無いと検査では出ていた。


「あの、検査では確かにナイトロジェンも含まれている様ですが、別の物も混ざってますね?」


「はぁ?そんな訳ないだろ!?」


先程まで落ち着きが無かった客はいきなり声を荒げた。

俺には日常茶飯事なので気にもならない。


「いえ、しっかりと「RS」*の反応があります。これは持ち込めませんね。」


「はぁ!?別にこれくらい どうって事ねーだろうが!」


「規則は規則ですので。」


「お前、頭固すぎだろ!!別に死にゃしねーんだから、良いじゃねぇか!!」


「駄目な物は駄目です。お引き取り下さい。」


俺はそう言い放ち、後ろにいる警備員を呼んだ。

粗暴なお客は警備員によって取り押さえられ、紐で縛られて運ばれて行く。


「次の方ー。どうぞ。」


次に現れたのはりんとしたたたずまいのお客だった。


「えー……これは、見るからに駄目ですね。」


「何がでしょう?どこからどう見てもカーボンダイオキサイド*でしょう?」


そう自信満々に言うお客に俺はため息しか出せない。


「いえ、周りは確かにカーボンダイオキサイドですが、その中にアデノ*を隠していますね。」


「私はこれがカーボンダイオキサイドだと言われたんですよ?あなたの見間違いでは無いですか?」


「……誰がどう見ても変だと感じますよ。」


「それなら、その人も勘違いしているんでは無いですか?」


何を言っても無駄なお客はたまにいる。

俺はそのお客に呆れながら後ろで待機している警備員を呼び、ロープで拘束しさっさと帰ってもらった。


「次の方。どうぞー……」


俺は徐々に疲れが出ていたが、それくらいでを上げてしまうと同僚に申し訳なくなってしまう。


次に現れたのは陽気なお客だった。


「よう!兄ちゃん!疲れてるなっ!!」


「はぁ……。えーとお荷物は?」


「荷物なんて持ってきてねーよ!!」


「……何しに来たんですか。」


「観光しに来たんだよっ!ここは楽しそうな所だって聞いてよ!!」


「……では、身体検査の方をお願いします。」


「えぇ!?身体検査なんてするのかよ!!」


なぜそんなに驚くのだろう。


「ええ、規則ですから。」


「それは俺達に対する差別じゃねーのかよ!!」


「はい?いえ、規則なので……身体検査して貰えなければお通しする事は出来ません。」


「それこそ差別だよ!!俺は深く傷付いてしまったよ。他の人に変わって貰いたいよ!!」


仕事をまっとうしているだけなのに、なぜ そこまで言われないといけないんだ?


それから数十分、このお客に粘られていた。


次が控えているから早くしたい俺。

伸ばすだけ伸ばして、俺が根負けして通すのを待つ客。

そして、俺が見る筈だったお客を見てくれる同僚。

中々、進まない列に苛立ち始める他の客。


一人の客のワガママによって、これだけの被害が出てしまっていた。


だが、俺は俺の仕事をしなくてはならない。


同僚に申し訳ない、と一礼すると、同僚から苦笑で手をヒラヒラさせ「気にするな」と言葉を貰い、もう一人からはガッツポーズをしながら「頑張れ」と応援されてしまった。


これ以上、同僚にも迷惑をかけられないので、俺はお客に言葉を放つ。


「それ以上、駄々をこねる様でしたら、即刻帰って頂きます。」


俺が強い口調で言うとお客は怒り出した。


「はぁ!?それが客に対する態度なのかよ!」


「私が優しく言っている間に検査していれば済んだ事です。」


「客を満足させるのがお前らの仕事だろうがよ!!」


「それは私の業務内容には入っておりません。」


「客に対する態度がなってねーっよっ!!」


「礼儀のなっているお客様にはちゃんと対応させて貰っています。ですが、あなたの態度は見るに耐えません。」


「俺の!どこがだよ!!言ってみろよ!!」


「全てです。」


「ちっ!そこまで言って何も出なかったら訴えてやるからよ!?覚悟してけよ!?」


「どうぞ、ご自由に。」


俺は淡々と興奮する客の相手をした。

すると、客の方が頭に血が上り過ぎたのか、検査の許可を出す。


俺はすぐに身体検査に移った。


上から下まで身体検査を行うが何も出てこない。


「ほら!何も出なかっただろうがよ!?おい!謝りやがれよ!?今なら許してやるよ!」


得意気に客は言い放つ。

だが、俺はもう一つ確認していない場所がある事に気が付いた。


「靴を脱いで貰えますか?」


「は?」


途端に客の顔色が変わった。


「靴を脱いでください。検査を行いますので。」


「ぢ、地べたに足をつけっつーのかよ!?」


俺は一つ思案してから、紙を床に置いた。


「これで問題ありませんね?」


「……ちっ!」


客は舌打ちしながらも靴を脱ぎ、投げ渡してきた。


俺はそれを受け取ると、その靴に何か違和感を覚える。

そして、俺は靴底を剥いだ。


「お、お前っ!!客の私物を壊すんじゃねーよ!!弁償しろよ!?」


尚もわめく客に、俺は靴底から出てきた物を見せる。


「これは、何ですか?」


「……。」


客は目を反らし沈黙した。

俺はすぐにその物体を検査にかける。


「……これはオルトミクスのA型*ですね。こんなモノを持ち込もうとしていたとは……」


「そ、それは俺の物じゃねぇよ!!俺じゃねぇ!!」


「あなたの物であっても無くても、持ち込もうとした時点で犯罪です。お引き取り下さい。特にオルトミクスは……」


「お、俺……これからどーなるんだ……よ……。」


「しかるべき所へ行ってしかるべき対処をして貰うだけです。」


俺はにこっと笑顔を客に向けると、その客は顔面蒼白がんめんそうはくになり項垂れてしまった。


そんな客を前に、俺は警備員を呼び、客がロープで縛られ帰って行く様子をみていた。


が、そんな余裕も無く、俺は次のお客を呼ぶ。


「次の方。どうぞー。」


─────


これは私達が身に付けた事のある「マスク」のお話。


─────

出てきたカタカナ*の意味


オキシジェン(酸素の英語名)

ナイトロジェン(窒素の英語名)

カーボンダイオキサイド(二酸化炭素の英語名)

RSウイルス(風邪ウイルスの一種)

アデノウイルス(風邪ウイルスの一種)

オルトミクスウイルス A型(A型インフルエンザ)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

こんな客……嫌だ みやび @-miyabi-

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ