Chapter 43. 星の光の下で
和泉がシグナのコントロールブロックを去ってから、島の時間がめまぐるしい速さで流れはじめた。
キャリルとシグナは、
興一は浜辺の岩に腰かけ、スマホの画面へと視線を落とす。
二十時四十四分。
ネリヤの末路を知ってから丸一日が過ぎていた。
夜気の只中にほうっと息を放ったとき、目の前で亜空間ゲートが開いた。現れたキャリルは興一の姿を認めると、ひどく意外そうに大きく目を
「コーイチ、帰ったんじゃなかったの?」
「作戦会議お疲れさん。――ほら、やるよ」
ダッフルバッグからラムネを出して投げ渡す。
くるくると回転して宙を滑った透明な瓶を、キャリルは戸惑いながらも器用にキャッチした。封を切ってビー玉を落とす。ガラスどうしの触れあう音が鳴り、さざ波の響きのなかに溶けてゆく。
「ボクこれ好き。面白いし綺麗だよね」
ぐっとラムネを
「ありがと。ECHOの人たちとずっと真面目な話ばかりしてたから、喉渇いてたんだ」
「んなこったろうと思った」
「……コーイチは、こんなところにいていいの? もうすっかり夜だよ。家の人が心配するんじゃない?」
「しねえよ。オレいつも野球の練習やってるからな、普段から帰るの遅いんだ」
「それは普段ならの話でしょ? 明日は避難しなきゃいけないんだから、帰ったほうがいいよ。ほら、荷物まとめるとかさ、やることはいろいろ――」
キャリルの言うとおりだった。
先週の時点で木星を通過していたティマリウスは、一昨日の昼に火星付近まで到達したらしい。地球に襲来するのは明日の十四時頃であろう、というのがシグナとECHOの共通見解だ。
緊迫をきわめた議論のなかで、ECHOの提案した高高度ミサイル爆撃をキャリルは即座に却下していた。たとえ核弾頭を用いてもティマリウスのシールドは突破できない、シールドが減衰する大気圏内で戦わなければ万に一つも勝ち目はない――それが彼女の言い分である。結局はこの主張が認められ、天体観測所のアンテナからSETI用のシグナルを宇宙に向かって発信、ティマリウスを誘き寄せて地上決戦に持ち込む運びとなった。
つまり、ティマリウスは島をめがけて降りてくるのだ。
「……怒ってる? 島を巻き込んじゃうこと」
何を言うかと思えば。
さっきからキャリルの顔が浮かないことに、興一はもちろん気づいていた。てっきり戦いを明日に控えて硬くなっているのだと思っていたが、まさか今更そんなことに負い目を感じていたとは。
「あのなあ」
興一はぼりぼりと後ろ髪を掻いて、
「ホールムームで棗田が話してたこと、おまえも聞いたろ。あの天体観測所はもともと電波を飛ばす予定だったんだ。どっちみち島は巻き込まれてたし、おまえとシグナがいなかったら何の準備もできずに逃げるはめになってたんだぜ。むしろ礼を言いたいくらいだ。だいたいだな、」
星をいくつも滅ぼしてきたような奴が相手なら、地球のどこが戦場になったって大した違いはないだろう。
そう言いかけてとっさに口をつぐみ、
「――気に病むくらいだったら、しっかり島を守ってくれよ。決まっちまったもんをウダウダ悩んでもしょうがねえだろ」
「うん……そうだね。そうするよ」
暖かな夏の宵闇に紛れて、キャリルが口元を綻ばせた。後ろめたさによって凝り固まっていた気分がほぐれたのだと、すぐ横で見ている興一には察しがついた。
これでいいのだと思う。
驚かされることが多すぎて忘れそうになってしまうが、キャリルと出会ってからはまだ半月も経っていない。母星の繁栄から滅亡に至るまでを聞かされた今でも、彼女については知っていることよりも知らないことのほうが遥かに多いに違いない。
だとしても――
その半月足らずの間に見せてくれた表情が偽りであったとも思えない。キャリルが太陽のように眩しく、南風のように爽やかなヤツだということを、興一は今もまったく疑っていない。
神妙な面持ちなんてこいつには似合わない。
少なくとも自分の中では、そういうことになっている。
「――コーイチが正しいや。決まっちゃったことは変えられない。だから、ボクは変えられるもののために戦うんだ」
「変えられるもの?」
キャリルは調子を取り戻したようだった。澄んだ瞳を輝かせ、見えないものを見つめるような目つきで彼女は屈託なく笑う。
「未来だよ」
ふたりを照らす、満天の星空。
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